85話 罠
広間から出るときに、窓の外を見る。
1階から階段を上り、今は2階だと思われたが、もっと上にいるように思う。
空間認識がおかしくなりそうな構造だ。
広間を出ると、また、窓のない通路。
そこを進むと、階段がある。
階段を上りきると、また、扉がある。
きっと、中には何かが待ち受けているのだろう。
案の定、中に入ると、扉が独りでに閉まる。
この部屋には窓はなく、天井が高い。何より、壁や天井が全て黒い。ただ、明かりらしきものは見当たらないが、互いの姿は確認できる。
現れたのは、大きな黒いドラゴンだった。
神の遣いのはずのドラゴン。
神話や伝承にあるドラゴンはあのように黒くはない。
神話や伝承によりドラゴンの色は多少、異なるが、共通点は全て金色の瞳だと言うことだ。
目の前のドラゴンは瞳も黒い。
「ドラゴンなの!?」
珍しく興奮ぎみにイネスが言う。
僕としては、あのドラゴンは偽物だと思う。
「そんなわけないだろ」
グレンも僕と同じ意見のようだ。
「あら、ドラゴンに興味があるの?」
こんな時に、メルヴァイナが呑気に聞いてくる。
「ええ、できれば、飼いたいわ」
イネスまで、呑気に答えている。
「そう。でも、あれは無理ね。別のにした方がいいわ」
そうこうしている間にも、ドラゴンは、口を大きく開け、魔法を放とうとしているように見える。
魔法はかなり強力そうだ。
もし、放たれたとしたら、全滅するのではないかと思うほど。
「あれは邪魔なだけね」
メルヴァイナはそう言うと、光の玉をドラゴンに向かって飛ばす。
光の玉はドラゴンに当たると、爆ぜるように光が広がり、ドラゴンをあっという間に消滅させた。
「もう、飽きてきたわ。玉座の間はまだなのかしら」
メルヴァイナに危機感などはまるでないらしい。
確かにあれほど、強いのであれば、そうなるのも無理はないかもしれない。
魔王にすら、勝てるのではないかと思ってしまう。
黒い部屋を出ると、やはり、通路があり、その先に階段。
これが続くのかと思うと、うんざりしてくる。
メルヴァイナのことは言えない。
階段の先には、また、扉。
それでも、大人しく部屋に入るしかない。
入った部屋は、豪華な部屋だった。サロンに近いように思う。
大きな窓が目に入る。外の景色は相変わらずだ。
黒に近い深い赤色のカーペットが敷き詰められており、天井には、先ほどと同じ黒いシャンデリア。
中央にはテーブルセットがあり、なぜか、果物が盛られている。
シャンデリアはあるが、先ほどより薄暗い。
また、何かが現れるに違いないと思っていたのだが、現れる兆しがない。
「あら、気が利いてるじゃない」
一切の躊躇なく、メルヴァイナは宝石のように輝く一口大の赤い果実を口に放り込む。
先ほど、同じようにパンを食べているので、人のことは全く言えないのだが。
「メルヴァイナ、そんなものを食べるな」
ライナスは呆れたように注意する。
「でも、さっきもパンを食べましたし、食べても大丈夫だと思いますよ」
あれ程の強さを見ても、メイは彼らに委縮したりしない。
「そういう問題じゃない」
ライナスがあからさまにため息を吐く。
彼らのやり取りはこれまでと何も変わらない。
僕が委縮してしまっている。
第一、メイの傍にいなければ、護れない。
僕も赤い果実を口に入れる。
「コーディ、あなたなら、ライナスと同じように、止めるかと思ったけど。毒が入っていたら、どうするつもり?」
メルヴァイナが僕をじっと見てくる。
「真っ先に食べたあなたに言われたくはありません」
「ふふっ。まぁ、そうね。あなた達も――」
メルヴァイナの言葉が途切れた。
何か違和感があった。痛みのような。
視界が霞んで、傾いでいく。
そうして、床に打ち付けられた。
それによる痛みは感じない。
体は一切、動かない。
ぼんやりとした視界に嫌でも映り込む。
切り取られたメイとメルヴァイナの頭部、それに、バラバラになった肢体が転がっていた。
あぁ――




