83話 魔王城地階から
釈然としないが、僕達はゴーレムについて行く。
石造りの通路を進む。進むにつれ、自動的に明かりが灯っていく。
明かりは、火の魔法によってではないように思う。魔法だと思うが、見たことのない魔法だ。
以前、こちら側に来た時よりは余裕がある。
ただ、待ち受けているのは、再び、あの魔王だ。
無事に帰してもらえる保障もない。
前を歩くメイの姿が見えている。
さらにその前にはこちらから逃げてきたという四人がいる。
彼ら四人を信じていいのか?
僕達がこの魔王の元へ来たのは、必ず、メイを無事に王国へと帰す為だ。
メイと再会した日のバイレードでの夜、僕は誓った。グレン、イネス、ミアと共に。
再び、危険な魔王の元へ行くことを、メイが覆すことはないだろう。
僕も捕らわれている人達を見捨てることはできないだろう。
ただ、不安は、彼女が騙されている可能性もあるということだ。
ライナスやメルヴァイナが本当は魔王側の可能性もあると僕達は考えていた。
彼らは強い。僕達よりもずっと。
魔王でなくとも、戦闘になれば、僕達は、むしろ、足手纏いのように思う。
もちろん、魔王と一戦交えることは回避したい。
だが、あの魔王相手にそんなことが通用するのか?
あの魔王が大人しく、彼らを逃がしてくれたのか?
わざわざ、僕達に協力を求めてきた。
彼らがメイを唆しているとも考えられる。
僕達を王国へ帰したことが、想定外だったのではないか?
だから、メイを使って、僕達を連れ戻そうとしている可能性もある。
僕達にそれほどの価値があるのかは甚だ疑問だが。
単に一度奪った物を手元から離したことに腹を立てているだけなのかもしれない。
魔王の考えなど、分かるはずもない。
僕達の目的は、ただ一つ。
必ず、メイを護る。
次こそは、前回のような失態は犯さない。
この命で代わりになれるなら、全てを差し出す。
できないなどと、情けないことは言わない。
たとえ、弱くとも、やり遂げるしかない。
もう、あんな想いはしたくない。
「コーディ」
僕を呼ぶメイの声がすぐ横で聞こえた。
「あまりにも険しい顔をしてました。わたしのことを……その……」
メイが言い淀む。
僕がメイのことをどう思っているのか、彼女自身にも知られているのか!?
続く言葉は何なのか?
弱すぎて、全く、頼りにならない、そんな風に彼女に言われると事実なのだとしても、泣きそうだ。
そう、あの案内役だという石の人形が言ったことは事実なのだ。
僕は弱い。煽てられて、図に乗っていただけだ。
「わたしのことを怒っていますか?」
彼女は僕が考えているようなことを言いたいわけではなかったことに安堵した。
「いいえ。そんなことはありません。むしろ、あなたを巻き込んでしまったのは、僕です。それに……あなたをこちらに置き去りにしてしまいました。僕はあなたに恨まれて当然です」
「それは、違います! そんな風に思っていませんから。それに、わたしが勝手について来たんです。今回のことは、完全に想定外でした。すぐに王国へ帰れる予定だったんです」
「気にしていませんよ。魔王に雪辱を果たすチャンスができたのです。それに、今は捕まっている方を助け出すことを優先しましょう」
「そう、ですね」
メイは複雑そうな表情を浮かべている。
僕達が魔王に勝てる可能性は万に一つもない。
今となっては、捕まっている人達の救出も厳しいかもしれない。
だが、メイが悲観しているようには見えない。
この状況を嘆いても何もならない。
どんな状況でも、することは決めている。
魔王と会えるのなら、交渉できるかもしれない。少なくとも、言葉は通じた。
「あの性格の悪いゴーレム、本当に案内してくれるんでしょうか。 何を信じていいのか……」
メイがぽつりと言う。何を信じていいかというのは、ライナスやメルヴァイナ達も含まれているのかもしれない。
「あれはゴーレムと言うのですか?」
「わたしの国では、あのようなのをゴーレムと言うんです。実在はしませんでしたけど。誰かが作った人形ですが、製作者が操っているのか、自我があるのかはわかりません」
「あれも魔法で作られているのですね。僕の知らない魔法ばかりです」
「わたしも色々な魔法を使ってみたいです。本当に、わたしは治癒魔法しか使えなくて、属性魔法すら使えないんですけど。魔力はちゃんとあるみたいなのに」
「治癒魔法を使えることの方がすごいことです。僕も魔法は補助としてしか見ていませんでしたが、もっと魔法を学ぶのも興味が出てきました」
「楽しそうにしているところ、悪いんだけど、もう1階に着くそうよぉ」
メルヴァイナがニヤニヤと僕を見てくる。
「え? もう? まだ、5分くらいしか経っていないと思います」
メイが言うように、ゴーレムに会った部屋から多少、階段を上った程度で、それくらいの時間しか経過していない。
「そうねぇ。まぁ、ここは魔王城だから」
メルヴァイナは説明になっていない回答をしている。
「案内される必要があったんですか?」
「まぁ、いいじゃない。仕事を奪っては、かわいそうよ」
ここまで、特に分岐点はなかった。迷いようがなさそうだ。
あのゴーレムは、1階に着いた途端に、襲ってくることもあるかもしれない。
警戒しておかなければ。
おそらく、目の前の階段を上った先が1階だろう。
階段を上った先は、窓のない一室だった。本当に1階なのかはわからない。
階段の上った先が部屋というのは珍しいと思う。フォレストレイ家の屋敷にも地下があったが、部屋には続いていない。
部屋には、閉じた扉が一つある。
「名残惜しくなどはアリマセンが、ワタシはここまでデス。扉を出て、お進みクダサイ。上層の玉座の間マデ。必ず、魔王サマとお会いクダサイ」
「玉座の間まではどうやって行くの? 案内板でもあるの?」
メイが気丈にゴーレムに尋ねる。
「そこまで親切にする必要はアリマセンデショウ。お進みクダサイ」
「最後に、あれ、粉々にしていいかしらぁ?」
メルヴァイナがそう言いながら、じりじりとゴーレムににじり寄る。
「止めてください」「止めろ」
僕とメイとライナスの声が重なった。
「聞き分けのないバカな方、いい加減になさってクダサイ。スグに出て行ってクダサイ」
「メル姉、行きましょう」
「えー。いやよぉ。粉々にしたいわぁ」
「だめです。あんなのをまともに相手にしないでください」
メイがメルヴァイナの手を引く。メイにはメルヴァイナを怖がるような素振りは一切ない。信じているかは別として。




