82話 魔王城のゴーレム 三
新たな敵でも来たのだろうか?
それなら、壁を破壊しなくてもいいように思う。
「ほんとうに、困るわぁ」
呑気な声が聞こえてきた。
誰の声かすぐにわかった。
穴の中から現れたのは、メルヴァイナだ。
「あなた達、無事だった?」
メルヴァイナは一人、すたすたとわたしの前まで歩いてくる。
「メル姉」
「ごめんなさいね。転移魔法が妨害されたみたいなのよぉ」
メルヴァイナは大したことはないというように、軽い口調だ。
わたしは死ぬかと思ったんだけど……
わたしは引き攣った笑みを浮かべていたと思う。
前にも思ったけど、この温度差はなんとかしてほしい。
「ナンですカ。アナタには用がアリマセン。場の空気の読めないバカな方。学習し直してはイカガデショウ。ワタシが教えて差し上げマスよ」
メルヴァイナは無言でゴーレムに近づいた。
次の瞬間、メルヴァイナのハイキックが炸裂し、ゴーレムの首を吹き飛ばした。
ゴーレムの首は部屋の壁にめり込んでいる。
カッコいいメルヴァイナについ、見惚れていたが、あんなのは、もう、人間技じゃない。
人間じゃないから、当たり前といえば、当たり前だが、もう、隠すつもりがないのだろうか。
わたしがあんなことをすれば、わたしの足が大変なことになっていたと思う。
「失礼ね。何よ、これ」
メルヴァイナも知らないらしい。
そもそも、メルヴァイナはどういうつもりなんだろう?
裏切ったのか、何も知らないのか。
まぁ、メルヴァイナの行動は裏切っている人が取る行動とは思えない。
「メルヴァイナ、本当に、いい加減にしてくれないか」
呆れたようなライナスの声が聞こえてきた。
ライナスがこの部屋に入ってくる。リーナとティムも一緒にいる。
「仕方ないでしょう? こんなところに飛ばされて」
メルヴァイナがムスッとした顔をライナスに向ける。
転移魔法が妨害されたというのは、本当のことなのかもしれない。
「イキナリ、何をされるのデショウ。アナタの方が失礼デショウ」
あのゴーレムの声がした。
首を失った状態で、どこから声が出ているのか。もともと、口はなかったけど。
「まだ、動けるの? しつこいわね。何なのよ。もう! 魔法は失敗するし」
メルヴァイナは不機嫌そうだ。
どちらかと言えば、魔法を妨害されたことの方が、気に入らないらしい。
わたしはとりあえず、口を挟まず、静観しておく。
「あなたは邪魔デスので、黙っていてイタダケマスカ」
「粉々にされたいのかしらぁ?」
「それは、困りマス。ワタシは、案内役デスので」
「それなら、あなたが黙ればいいのよぉ」
「それは、デキマセン。これはワタシのアイデンティティ、デス」
メルヴァイナとゴーレムの不毛なやり取りを聞かされていた。
が、ゴーレムが案内役とは、どういうことなんだろう?
気になるが、口を挟むのは、躊躇する。
「メルヴァイナ、満足したか? 早くここから出たいんだが?」
ライナスが威圧的に睨む。
あれと同レベルかと小さくライナスが呟く。
「こんなのと、一緒にしないでよ。私は――」
ヴァンパイアだとでも言いたかったのか、メルヴァイナは口を噤んだ。
「わかったわよ。私も早く出たいわ」
誤魔化すように、一転してライナスに同調した。
「フム、賢明なご判断デス。くれぐれも、イキナリ、攻撃したりはしないでイタダキタイ。デハ、改めまして、コチラの案内をイタシマス、ワタシは、バニィと申しマス」
いや、戦うんじゃないの!?
絶対にそういう流れだと思う。
なぜ、名乗ってくるの!?
それに、わたし達の覚悟を無にしないでほしい。
もう、あのゴーレム、メルヴァイナに粉々にされたらどうだろう?
「アア、イケマセン」
ゴーレムは壁の方に向かって、人間のように、早足で歩いていく。滑らかな動きだ。
ゴーレムは自分の首がめり込んだ壁に着くと、その首を壁から取り出した。
その首を首があった部分に叩き込んだ。岩と岩が打ち合うような、大きな音が響いた。
「お待たせイタシマシタ。コチラから出たいのでアレバ、上層の玉座の間まで行かれマスように。魔王サマとお会いクダサイ」
やっぱり、わたしが魔王ではないのだろうか。
どういうつもりなのかさっぱりわからない。
ただ、ここから出られないのは、困る。それなら、玉座の間に行くしかない。
何が待っているのか? 非常に気になる。
真剣な雰囲気は吹き飛んでしまっている。
「コチラはまだ、地階でゴザイマス。1階まではワタシがご案内イタシマス。ドウゾ、ついて来てクダサイ」
ゴーレムは先ほどとは違い、ゆったりとした足取りで、メルヴァイナが開けた穴に向かっていく。
やっぱり、戦いにはならないらしい。
「何しているの? あなた達。行くわよ」
メルヴァイナがわたし達に呼びかける。
そんなに、すぐに、納得していいのだろうか? しかも、得体の知れないゴーレムについて来いと言われて、ついて行っていいのか?
「え? あの、本当に、ついて行くんですか?」
「しょうがないじゃない。変なことをするようなら、粉々にすればいいわ」
「……まあ、そうかもしれませんが……」
「あなた達もぼーっとしてないで、行くわよ」
メルヴァイナは唖然として声もないのだろうと思われる四人に向けて言う。
「はい。ただ、あの硬いものの頭を生身で落とすというのは……」
コーディは訝し気にメルヴァイナを見ている。
それははっきり言って、もっともだ。
「ひびでも入ってたんじゃないの?」
メルヴァイナは意に介さず、答える。
「確かに、その前に魔法で熱した後、冷やしたから、脆くなっていたのかもしれません。きっと、魔法が効いていたんです」
なぜか、わたしがフォローする。
「そうですか」
一応、コーディは納得したような気がする。たぶん。
わたし達は、ゴーレムについて行くことにした。




