8話 囚われの身
屋敷に戻ると、それぞれ、各部屋に散っていく。
自分の部屋に戻る途中、声を掛けられた。
「先ほどは大変申し訳ございません。せっかくの食事の席を台無しにしてしまいました。嫌な思いをさせてしまったかと思います」
コーディが心苦しそうに謝罪の言葉を述べる。
「いえ、本当にいいんです。全然気にしません。コーディのせいじゃありませんし」
「そう言っていただけると安堵します。本当に申し訳ありませんでした」
「あの料理もおいしかったので、本当に気にしません。コーディこそ、食べられなくて残念だったんじゃあ?」
「そうですね。迷惑を掛けてしまい、二度と行けそうにありませんし。本当に残念でした」
「ではまた、別のところに行きましょう」
「はい、ぜひ。謝罪の他に、もう一つ、あなたの仕事の件ですが、僕も選別のお手伝いをしましょうか?」
「お願いしたいです。何から何まですみません」
「では、僕は部屋におりますので、休まれてから、僕の部屋にいらしてください。あなたの部屋付きのメイドが存じております」
そう言われた通り、少し間をおいて、コーディの部屋を訪ねた。
テーブルに紹介された仕事が記載された紙を10枚広げる。
給料が一番高いものは、商家の手伝いだが、そんなものがわたしにできるのか疑問がある。
それでも、給料の高さは魅力だ。一刻も早くお金を貯めたい。
給料の安いもので給仕の仕事、宿屋の手伝いなど。これなら、できそうだ。
後は、中間をとって、公の機関での雑用。ただ、これには面接に加え、試験があるらしい。
わたしはそのことをコーディに話した。
途中、メイドの人がお茶を持って来てくれた。
「僕としては、こちらをお勧めします。あなたなら、できますよ」
コーディは一番給料の高い商家の手伝いを指差していた。
「うーん。わたしもこれがいいと思うんですけど、面接に受かるか不安です」
「こちらしか受けられないということはありません。挑戦してみてはいかがですか」
「確かにそうです。そうします!」
わたしは決意を固めた。
まさか、異世界で就職活動をすることになるとは思わなかった。
まだ高校生で大学に進学すると思っていた。就職活動なんて、まだまだ先の話だと思っていた。
これでいいのだろうかと、一抹の不安はあるが……
せっかくだから、冒険とかに出たかった。
ただ、戦闘力皆無なわたしではすぐに死にそうだ。
もう、決めたことだ。早い決断だったが、わたしは魔王討伐には行かない。
明日、もう一度、職業紹介所に行くことにして、その後は、コーディに生活のことなどを聞いた。
ただ、少し聞いたところで、気付いた。
コーディの生活は貴族の生活で参考にならないと。
デリアに少しは聞いていたが、もっと聞いておくべきだった。
翌日、屋敷の玄関ホールにわたしはいた。
「本当に一人で大丈夫ですか?」
コーディが心配そうに聞いてくる。
やっぱり子供だと思われていそうだ。
「職業紹介所に行くだけなので、一人で大丈夫です」
いくらなんでも、もう16歳なのだから、一人で外出くらいできる。
その上、馬車で送迎してもらえる。迷う余地もない。
「わかりました。では、こちらを」
コーディは革の袋を差し出してきた。
中を見ると、お金と思われるコインが入っていた。
しかも、金貨5枚、銀貨5枚、銅と思われるコイン5枚。金貨5枚というのはかなりの大金なのではないか。
こういうところでコーディの感覚は信用できない。
かなりずれてそうである。
「これは結構です」
わたしはそれをコーディに返した。
「しかし――」
と食い下がってくるコーディに
「職業紹介所にお金は必要ありませんので」
きっぱりと断った。
コーディも旅に出るなら、こういう感覚も磨いた方がいいのではないかと心配した。
わたしは一人、馬車に乗り込む。
コーディにばかり頼れない。コーディ達が旅立ってしまえば、わたしは独りだ。
だから、今日は一人で行くと決めた。
異世界に来て、別ればかり。
デリアやあの村の人達。もうすぐ、コーディやミアやイネスとも。
意識すると、寂しくなってくる。
独りに慣れないといけない。
職業紹介所に着くと、担当の女性に商家の手伝いの仕事の面接を受けたいということを伝えた。
面接の日時は明日か明後日にはゼールス邸に連絡してもらえることになった。
思ったより早く終わり、しばらく、周辺を歩くことにした。
賑やかで人通りが多い。この雰囲気なら寂しさも和らぐ気がした。
途中、服を売っている店が並んでいる通りを見つけた。
お金がないので、見るだけだったが、こういうのは、元の世界を思い出す。
「すみません」
横から声を掛けられた。
声を掛けられることがあるなんて思ってもいなかったわたしは少しだけ驚いた。
「友人が倒れたので、手伝ってもらえませんか?」
そう言う女性に迫られ、
「わかりました。わたしでよければ」
わたしの返事を聞くや否や、女性はわたしの手を引き、脇道へ入っていく。
人気がなくなり、建物の影により今の時間は日照が悪い。
その時、急に後ろから羽交い絞めにされた。
「えっ!」
布で口を押えられ、声も出せなくなった。
しまったと思っても、もう遅い。
足掻いても強い力で締めあげられ、びくともしない。
また、人攫い!?
どうして、こんなことに――
だんだんと眠たくなってくる。
こんなことなら、コーディに一緒に来てもらえばよかった……
もう、意識を保っていられない。
寝てはだめ……
わたしは簡素なベッドの上で目を覚ました。
さっきの出来事を思い出す。
わたしはまた、攫われたのだと認識する。
狭い部屋にはわたし一人。もちろん窓はない。物置のようなスペースだ。
どれだけ時間が経過したかも定かじゃない。
声を掛けてきた女性がグルだったか、同じように捕まったのかもわからない。
ベッドがあるだけ、前より親切――そんなわけない――
「本当にあんな女でいいのか?」
そんな男の声が聞こえてきた。
「”勇者様”が釣れなければ、始末するだけだろ」
なんだか物騒なことがドアの向こうから聞こえてくる。
どうも単なる人攫いではない。
あいつらの目的はグレンだ。昨日、一緒にいるところを見られていたに違いない。
でも、どうして魔王を倒してくれるはずの勇者を狙うのか。
それとも、あのグレンのことだから、誰かに恨まれていたのだろうか。
その可能性が高い。
というより、そうとしか思えない。
わたしはグレンを呼び出す取引材料にされる。
それでグレンが現れなければ、わたしは殺される。
グレンが現れても、殺されそうだ。
絶対絶命じゃない!!
わたしは心の中で絶叫した。
普通に考えて、グレンが取引に応じるとは思えない。
コーディが知ったら、どういう行動をするかわからない。
時間が経っているとしたら、戻らないわたしを心配してくれているだろうか。
誘拐だと知らされていないなら、単に自ら姿を消したと思われているかもしれない。今日は一人で行くことに固持したから。
割と冷静でいられるのは、既に一度、経験しているからだろう。
こんなことに慣れたくないが。
前回と違うのは、行きつく先が売られるのではなく、死だということだ。
状況は悪い。
わたしはとりあえず、まだ意識のないふりをする。
誰かに恨まれている勇者って、どうなの!
大体、そもそも、全く勇者らしくないのよ!
勇者なら、尊敬されなさいよ!
顔はともかく、あの中身はなんなの!
その間、わたしは怒りをグレンにぶつける。そうでもしないと、やってられない。
その時、鍵を開ける音とその後、ドアが少し開く音がした。
目を閉じていて見えないが、入ってきた感じはしないので、確認しただけだろう。
「まだ寝てやがる。もう夜だぞ。死んでないよな」
「さあな。どうでもいい。明日、”勇者様”が来るかどうかだ」
「あんな女の為に来ると思うか?」
「さあな」
男の笑い声が聞こえる。
もう、夜か……
襲われたときは昼前だったので、かなり寝ていたことになる。
それからは、眠れず、寝ているふりをし、聞き耳を立てていた。
だが、有益な情報はなかった。
わかったのは、ドアの向こうにいるのが二人だけだということだ。
深夜に近づいているのか、片方ずつ、交代で休むという話が聞こえてきた。
男達の会話はなくなった。
たまに悪態をつく独り言が聞こえてくるのみだった。
多少、うつらうつらしてきた頃、男の呻き声で目が冴えた。
ドアの向こうから複数の足音がしている。
何が起こっているのか。
寝たふりをしたまま、様子を窺っていた。
しばらくして、ドアが開けられ、誰かが入ってくる。
「ここに居る!」
入ってきたと思われる男が声を上げる。
「君! 大丈夫か!」
その男に軽く揺すられ、仕方なく、今、目を覚ました体で目を開けた。
直後、
「無事だったか!?」
ドアから別の体格のいい男が入ってくる。40代ぐらいに見える。
二人の男は揃いの服を着ていて、しっかりしたブレストプレートを付けている。兵士に見えなくもない。
後から入ってきた男と目が合う。
「嬢ちゃん、怪我はないか?」
そう声を掛けてきた男にわたしは訝し気な視線を送る。
「隊長! 隊長の顔が怖いから、怖がっているじゃあありませんか」
もう一人の20代ぐらいの青年が言う。
「なんだ! その言い草は。俺は隊長だぞ」
「悪者にしか見えませんよ」
そんな青年を軽く睨んでから、男がわたしに向き直る。
「そう睨まないでくれよ、嬢ちゃん。俺達はこの街の警備隊だ。もう大丈夫だ。助けに来た」
わたしはベッドから身を起こした。
「どうして、わたしのことが? わたしが捕まっているって」
「ああ、ある女性から通報があったんだ。女の子が連れ去られたと」
きっと通りでわたしに声を掛けてきた女性だ。
「それよりここを出ような。歩けないなら、俺がおぶってやる」
男は背を向けてしゃがむ。おぶされと言うように。
「いえ、結構です。歩けます」
さすがにそれは断固拒否する。
ベッドから立ち上がり、2、3歩、歩いてみせる。
「わかったわかった。ついてきてくれ」
男に続いて、部屋を出ると、二人の男が縛られて倒れていた。
一人は身長2メートルはあるんじゃないかと思うほどの大男。おそらくわたしを羽交い絞めにした男だ。
その周りには、警備隊と思われる男達が六人いる。
部屋の外でも、何人か警備隊の男とすれ違った。
結構、大人数で助けに来てくれたらしい。しかも、こんな深夜に。
訝しんでいたせいで、お礼もちゃんと言えていない。
賑やかだった大通りは、街頭が灯っており歩くには困らないが、静まり返っている。
「すまないが、家に帰る前に少し話を聞かせてほしい」
「わかりました」
「素直でいい子だな、嬢ちゃん」
「助けていただいて、ありがとうございました。それと、わたしはもう、16歳です」
わたしはあんまりな子ども扱いにむっとしていた。
「16か。俺の娘と同い年だ。まだまだ子供だな」
「隊長! それでは娘さんから嫌われているでしょう?」
一緒にきていた青年からそんな風に言われている。わたしも同感だ。
「君の家はこの近くかい?」
青年からそう問われた。
「いいえ。わたしはこの街の住人ではありません」
「ご両親は?」
「……遠くに」
「では、保護者は?」
コーディの名前を出せば、彼に迷惑を掛けるだろう。
「……特には。わたしは今、この街で住み込みの仕事を探しています」
「そ、そんなに苦労しているのか、嬢ちゃん!」
警備隊隊長は泣きださんばかりの勢いで慟哭した。
「辛いなら、うちに来ていいぞ。一人ぐらい増えたって、どうってことねぇ」
「少し、黙っていてもらえませんか? 隊長」
「ほっておけるわけねぇだろ!」
「そんな大声を出せば、迷惑になります。安眠妨害だとクレームが来ますよ」
「ぐっ。その通りだ」
警備隊隊長はできるだけ声の大きさを絞り、掠れたような声で答えた。
「だが、嬢ちゃん。さっきのは本気だ。うちに来てかまわないぞ」
「あの、ありがとうございます。ですが、仕事の当てもありますので、大丈夫です」
「そうか。だが、いつでも、うちに来ていいからな。うちの場所は警備隊詰め所で聞いてくれればいい」
そうこうしているうちに、警備隊詰め所へと辿り着いたようだ。
街の入口近くにあり、大きくはないが、1棟まるまるが詰め所であるらしい。
その中の一室、割と小綺麗な部屋へと通された。来客用の応接室だと思われる。
「朝まで、こちらでお休みください。申し訳ありませんが、ここには、隊員用の仮眠室と収監室しかありませんので、この部屋が一番ましな部屋なのです」
青年に促され、3人掛けの椅子に座る。あの隊長とは、詰め所に入ってすぐに別れた。
「あの、あなたがよければ、今からでもかまいません」
「わかりました。では少しだけお待ちください」
青年が部屋を出ていくと、わたし一人。
わたしを送ってくれた馬車の御者の人は、大分待たせてしまっただろうか。
コーディ達に心配させてしまっただろうか。
また、迷惑を掛けただろう。
もう、ため息しか出てこない。
およそ10分ほど経って、部屋がノックされ、警備隊隊長と青年が入ってきた。
わたしの向かいに二人が座る。
「まず、自己紹介だ。俺は警備隊隊長のランドル・ノーラン。こいつは部下のトレヴァー・アンビル。嬢ちゃん、名前は?」
警備隊隊長ランドルは努めて明るい口調だ。
「メイ・コームラです」
「それで、嬢ちゃん、攫われた心当たりはあるか?」
名乗ったが、”嬢ちゃん”と呼ばれるのは変わらないらしい。
「えーっと……おそらく、勇者と一緒にいたのを見られたからだと思います」
「勇者? そういえば、この街に滞在中だったな。それとどうして関係が?」
「あの二人が話していたのを聞いたんです。わたしを使って、勇者を誘き出すって。でも、勇者とはほんどど関わりないから、わたしじゃあ、勇者を誘き出すことはできないと思いますが。きっと、勇者を恨んでいたんじゃあないでしょうか」
「恨んでいた?」
「それは、わたしの想像ですが……でも、あの二人が勇者を呼び出したがっていたのは事実です」
「なるほど。その理由はあいつらから詳しく聞くよ。他に何か気付いたことはあるか?」
「えっと……いえ、特には……」
「そうか、ありがとな、嬢ちゃん」
「わたしからもお聞きしたいのですが、勇者が狙われることってあるものなんですか?」
「さあなぁ。誰も勇者に手を出すことなんてないと思うんだが――なにせ、この国の安寧の為に、魔王の元に向かってくれるんだからな」
「そうですよね。わたしもそう思います」
「まあ、あいつらに吐かせるしかないな」
「後、現在の滞在先をお聞きしたいのですが」
代わって、青年トレヴァーが聞いてくる。
わたしは言うべきか迷ったが、嘘を言っても余計に面倒になりそうだと判断した。
「滞在先は、ゼールス卿のお屋敷です」
「ゼールス卿!? 領主様の!? 嬢ちゃんは領主様の関係者なのか!?」
「いえ! そういうわけではありません! ただ、勇者パーティの一人と知り合いで。あっ! その一人は勇者ではありません。勇者とは2日前に初めて会いました」
「そ、そうか」
「そうか、ではありません、隊長。仮にも、領主様のお屋敷の滞在者であるなら、できるだけ早く、早朝にはお知らせしなければなりません」
「ああ、そうだな。書状の準備を頼む」
「承知いたしました」
「嬢ちゃんはここで休んでいてくれ。戻るにしても、必ず、誰かに付き添わせるから、いいな?」
「わかりました」
二人が部屋を出ていき、一人取り残される。
わたしは3人掛けの椅子に横たわった。
部屋の明かりは点いたままで、こんな部屋で眠れないかと思ったが、横になっていると、うとうとしてくる。