76話 アリシアの罪
大聖堂の扉が開く。
一人、中に残っていたメルヴァイナが出てくる。
その後ろにいつの間に合流したのか、ライナスがいる。さらにその後ろには神官長。
「あの彼女がアリシアね。弁解しておくと、彼女はもっと前に死んでいたわ。ここに運び込まれた遺体というのが彼女よ」
「……」
メルヴァイナの言葉をどこか上の空で聞いていた。
聞こえてはいたし、意味もちゃんとわかっている。
彼女はもう、死んでいる。それは納得できる。
さっきのアリシアは、わたしの知っているアリシアではなかった。
彼女とは知り合って間もなく、友達とも呼べないかもしれない。
でも、悲しいし、寂しいし、アリシアをあんなにしたやつを許せない。
それなのに、涙は出なかった。
「あの女の自業自得だろう。これから、領主の屋敷に行く。ついて来い」
何かに構うことなく、ライナスが言い放つ。
わたし達の意見は聞くことなく、ライナスはそのまま、再び、大聖堂の中へと入って行く。
理由の説明もない。
メルヴァイナもそれ以上は何も言わない。神官長も黙って立っているだけだ。
こうして意地を張っていても何の意味もない。
「わかりました。行きます」
わたしはもう一度、大聖堂の中へと足を踏み入れた。
彼女の遺体には布が被せられていた。
大聖堂に全員が入り、扉が閉まった瞬間、転移魔法が発動した。
着いた場所は、ゼールス卿の屋敷だ。
神官長も一緒にいる。
転移魔法を使っても、彼は驚く素振りもない。
神官長も魔王国側なのだろう。
この部屋は何度か入ったことがある。ゼールス卿の屋敷の応接室だった。
そこではティムが一人、待っていた。
「やっと、来たのか」
ティムは特に何とも思っていないような、感情の入っていない口調だった。
数分後、応接室にゼールス卿が一人で入ってくる。これまでは絶対に誰かを連れてきていた。だが、今は一人だ。
誰も彼を呼びに行っていなかったが、偶然、来た訳ではないだろう。
ゼールス卿は悲しんだり、嘆いたりしている様子はなく、これまでと変わりない。
彼はわたし達を一瞥し、無言のまま、一人用のソファに座る。
「娘は死んだのだと伺いました。娘の不在を黙っていたことは謝罪致します。ただ、この件については、私共で処理します。できましたら、内密にお願い致します」
開口一番、ゼールス卿が言ったのはそんなことだった。
余りにも冷たすぎると思う。
「アリシアさんをあんなにしたのは誰なんですか?」
わたしはできるだけ落ち着いた声で問いかけた。
「まだ、わかっておりません。ただ、そのような者と関わった娘にも責任があります。娘は許されないことをしでかしました」
わたしの問いにゼールス卿は答えた。
「操られていただけではないですか?」
「そうかもしれません。ですが、貴女の誘拐は違います。魔獣襲撃の折には、手引きした疑いもあります。身内だからと、庇い立てできる案件ではありません」
「わたしの誘拐?」
「ええ。勇者を魔王の元へ行かせない為に、貴女を誘拐させ、勇者を誘い出し、別の者と交代させる計画でした。全て、娘が企てたことです」
ゼールス卿はとんでもないことを言い出した。
誘拐された後、アリシアはわたしを心配して警備隊の詰め所まで来てくれた。
そんなことを言われても困る。整理がつかない。
アリシアは明るくて、優しくて……
本当に、アリシアが……?
「貴女には申し訳ないことをしました。これ限り、この件には関わらず、娘のことは忘れてくださいますよう」
気持ちの持って行き場がない。
忘れろと言われて、忘れられるわけがない。
わたしの誘拐を企てたのが、本当にアリシアなら、きっと、グレンを死なせたくなかったからだ。
グレンが勇者に選ばれなければ、勇者なんてなければ、こんなことにはならなかったと思う。
アリシアの黒いドレスはやっぱり、喪服だ。派手好きのグレンに合わせた華やかな喪服だった。
彼女は、グレンが死んだと思ったのだろう。魔王の生贄になって。
当人のグレンや幼馴染のコーディやイネスがどう思っているのかはわからない。アリシアを知っているミアも。
彼らを見ることはできなかった。
「ゼールス様、我々も魔獣襲撃の件の調査に協力しましょう。今後、同じような被害を出すわけにはいきますまい」
「ご助力を賜りましょう、ケスティー殿」
すでに、ゼールス卿は神官長と話をしていた。
神官長との話を切り上げたゼールス卿は、
「では、お戻りの馬車をご用意致します。それとも、王都まで戻られるのでしたら、そちらの手配も致しますが?」
と、わたし達を帰らせたいようだ。
「どちらも不要だ。このまま、失礼する」
ライナスが勝手に言う。
ライナスに促され、屋敷を出た。
転移魔法で転移した場所は、大聖堂の中の入口付近。
大聖堂内にはわたし達以外、誰もいない。
アリシアの遺体も置かれたままになっている。
こんな時、どうすればいいのかわからない。
グレンやコーディやイネスやミアになんて声を掛けていいかもわからない。
わたし自身が混乱したままだ。
私の誘拐は本当にアリシアが?
そもそも、あのゼールス卿は本物?
ドラゴンの像は誰が?
村人を殺したのは、アリシア?
でも、そうだとしても、多分、その時点ですでにアリシアは死んでいた……
絶対に黒幕がいるはずだ。
彼女にはもう、何も聞けない。
わたしには、もう、知りようがないことだ。
「皆様、宿に戻られて、休まれては如何でしょう? お疲れでしょうから。後のことはお任せください。わかっていらっしゃると思いますが、くれぐれもご内密に」
神官長がわたし達に言う。
わたし達にできることはないと言われているようだ。
「そうね。さあ、あなた達、先に戻っていてね。私達は明日のことで、彼に頼みたいことがあるのよ。それが終わってすぐに戻るわ」
メルヴァイナがグレンとコーディを無理やり反転させ、その背を押し、扉の方へと向かわせる。
「イネス、ミア、あなた達もよ」
彼らは何も言わず、メルヴァイナの言葉に従った。
わたしも大聖堂から出ようとしたが、止められた。
「メイ、あなたは少し残って。癒しの聖女でしょ」
「はい……」
わたしに残れということは、魔王国関連なんだろう。
四人が出ていき、扉がバタンと閉まる。
「することはわかっているな」
ライナスが神官長に言い放つ。
「本日中に、遺体を調べさせていただきます。明日には、お身内だけでの簡単な葬儀の後、すぐに埋葬する予定です」
「明日の朝、ここに結果を聞きに来る。そのまま、転移する」
「かしこまりました」
「あの、アリシアさんにお別れだけさせてもらえませんか」
「どうぞ」
わたしはアリシアの遺体の傍にしゃがみ込んだ。
神官長もついて来てくれた。余計なことをしないかの監視かもしれないが。
手を組んで、彼女が静かに眠れるように祈った。
この世界での死者を送る方法は知らないけど、わたしの自己満足かもしれないけど。
例え、わたしの誘拐を企てたのだとしても、わたしは彼女を責めることはできない。
立ち上がり、メルヴァイナ達の元へと戻る。
「魔王様」
神官長が呼ぶ。
王国の神官長はわたしの前で膝を着いた。
「以前のご無礼をお許しくださいませ。魔王様こそ、我らの神でございます」
今は、これくらいで驚きはしない。
「止めてください。ここは魔王国ではありません」
「かしこまりました」
顔を上げた神官長は老人ではなく、白髪の青年だった。声もさっきまでと違い、若い。
案の定、彼は人間じゃない。
そんなこと、今はどうだっていい。
「宿に戻ります」
わたしは脇目も振らず、大聖堂を出た。




