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魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ③
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76話 アリシアの罪

大聖堂の扉が開く。

一人、中に残っていたメルヴァイナが出てくる。

その後ろにいつの間に合流したのか、ライナスがいる。さらにその後ろには神官長。

「あの彼女がアリシアね。弁解しておくと、彼女はもっと前に死んでいたわ。ここに運び込まれた遺体というのが彼女よ」

「……」

メルヴァイナの言葉をどこか上の空で聞いていた。

聞こえてはいたし、意味もちゃんとわかっている。

彼女はもう、死んでいる。それは納得できる。

さっきのアリシアは、わたしの知っているアリシアではなかった。

彼女とは知り合って間もなく、友達とも呼べないかもしれない。

でも、悲しいし、寂しいし、アリシアをあんなにしたやつを許せない。

それなのに、涙は出なかった。

「あの女の自業自得だろう。これから、領主の屋敷に行く。ついて来い」

何かに構うことなく、ライナスが言い放つ。

わたし達の意見は聞くことなく、ライナスはそのまま、再び、大聖堂の中へと入って行く。

理由の説明もない。

メルヴァイナもそれ以上は何も言わない。神官長も黙って立っているだけだ。

こうして意地を張っていても何の意味もない。

「わかりました。行きます」

わたしはもう一度、大聖堂の中へと足を踏み入れた。

彼女の遺体には布が被せられていた。

大聖堂に全員が入り、扉が閉まった瞬間、転移魔法が発動した。

着いた場所は、ゼールス卿の屋敷だ。

神官長も一緒にいる。

転移魔法を使っても、彼は驚く素振りもない。

神官長も魔王国側なのだろう。

この部屋は何度か入ったことがある。ゼールス卿の屋敷の応接室だった。

そこではティムが一人、待っていた。

「やっと、来たのか」

ティムは特に何とも思っていないような、感情の入っていない口調だった。

数分後、応接室にゼールス卿が一人で入ってくる。これまでは絶対に誰かを連れてきていた。だが、今は一人だ。

誰も彼を呼びに行っていなかったが、偶然、来た訳ではないだろう。

ゼールス卿は悲しんだり、嘆いたりしている様子はなく、これまでと変わりない。

彼はわたし達を一瞥し、無言のまま、一人用のソファに座る。

「娘は死んだのだと伺いました。娘の不在を黙っていたことは謝罪致します。ただ、この件については、私共で処理します。できましたら、内密にお願い致します」

開口一番、ゼールス卿が言ったのはそんなことだった。

余りにも冷たすぎると思う。

「アリシアさんをあんなにしたのは誰なんですか?」

わたしはできるだけ落ち着いた声で問いかけた。

「まだ、わかっておりません。ただ、そのような者と関わった娘にも責任があります。娘は許されないことをしでかしました」

わたしの問いにゼールス卿は答えた。

「操られていただけではないですか?」

「そうかもしれません。ですが、貴女の誘拐は違います。魔獣襲撃の折には、手引きした疑いもあります。身内だからと、庇い立てできる案件ではありません」

「わたしの誘拐?」

「ええ。勇者を魔王の元へ行かせない為に、貴女を誘拐させ、勇者を誘い出し、別の者と交代させる計画でした。全て、娘が企てたことです」

ゼールス卿はとんでもないことを言い出した。

誘拐された後、アリシアはわたしを心配して警備隊の詰め所まで来てくれた。

そんなことを言われても困る。整理がつかない。

アリシアは明るくて、優しくて……

本当に、アリシアが……?

「貴女には申し訳ないことをしました。これ限り、この件には関わらず、娘のことは忘れてくださいますよう」

気持ちの持って行き場がない。

忘れろと言われて、忘れられるわけがない。

わたしの誘拐を企てたのが、本当にアリシアなら、きっと、グレンを死なせたくなかったからだ。

グレンが勇者に選ばれなければ、勇者なんてなければ、こんなことにはならなかったと思う。

アリシアの黒いドレスはやっぱり、喪服だ。派手好きのグレンに合わせた華やかな喪服だった。

彼女は、グレンが死んだと思ったのだろう。魔王の生贄になって。

当人のグレンや幼馴染のコーディやイネスがどう思っているのかはわからない。アリシアを知っているミアも。

彼らを見ることはできなかった。

「ゼールス様、我々も魔獣襲撃の件の調査に協力しましょう。今後、同じような被害を出すわけにはいきますまい」

「ご助力を賜りましょう、ケスティー殿」

すでに、ゼールス卿は神官長と話をしていた。

神官長との話を切り上げたゼールス卿は、

「では、お戻りの馬車をご用意致します。それとも、王都まで戻られるのでしたら、そちらの手配も致しますが?」

と、わたし達を帰らせたいようだ。

「どちらも不要だ。このまま、失礼する」

ライナスが勝手に言う。

ライナスに促され、屋敷を出た。


転移魔法で転移した場所は、大聖堂の中の入口付近。

大聖堂内にはわたし達以外、誰もいない。

アリシアの遺体も置かれたままになっている。

こんな時、どうすればいいのかわからない。

グレンやコーディやイネスやミアになんて声を掛けていいかもわからない。

わたし自身が混乱したままだ。

私の誘拐は本当にアリシアが?

そもそも、あのゼールス卿は本物?

ドラゴンの像は誰が?

村人を殺したのは、アリシア?

でも、そうだとしても、多分、その時点ですでにアリシアは死んでいた……

絶対に黒幕がいるはずだ。

彼女にはもう、何も聞けない。

わたしには、もう、知りようがないことだ。

「皆様、宿に戻られて、休まれては如何でしょう? お疲れでしょうから。後のことはお任せください。わかっていらっしゃると思いますが、くれぐれもご内密に」

神官長がわたし達に言う。

わたし達にできることはないと言われているようだ。

「そうね。さあ、あなた達、先に戻っていてね。私達は明日のことで、彼に頼みたいことがあるのよ。それが終わってすぐに戻るわ」

メルヴァイナがグレンとコーディを無理やり反転させ、その背を押し、扉の方へと向かわせる。

「イネス、ミア、あなた達もよ」

彼らは何も言わず、メルヴァイナの言葉に従った。

わたしも大聖堂から出ようとしたが、止められた。

「メイ、あなたは少し残って。癒しの聖女でしょ」

「はい……」

わたしに残れということは、魔王国関連なんだろう。

四人が出ていき、扉がバタンと閉まる。

「することはわかっているな」

ライナスが神官長に言い放つ。

「本日中に、遺体を調べさせていただきます。明日には、お身内だけでの簡単な葬儀の後、すぐに埋葬する予定です」

「明日の朝、ここに結果を聞きに来る。そのまま、転移する」

「かしこまりました」

「あの、アリシアさんにお別れだけさせてもらえませんか」

「どうぞ」

わたしはアリシアの遺体の傍にしゃがみ込んだ。

神官長もついて来てくれた。余計なことをしないかの監視かもしれないが。

手を組んで、彼女が静かに眠れるように祈った。

この世界での死者を送る方法は知らないけど、わたしの自己満足かもしれないけど。

例え、わたしの誘拐を企てたのだとしても、わたしは彼女を責めることはできない。

立ち上がり、メルヴァイナ達の元へと戻る。

「魔王様」

神官長が呼ぶ。

王国の神官長はわたしの前で膝を着いた。

「以前のご無礼をお許しくださいませ。魔王様こそ、我らの神でございます」

今は、これくらいで驚きはしない。

「止めてください。ここは魔王国ではありません」

「かしこまりました」

顔を上げた神官長は老人ではなく、白髪の青年だった。声もさっきまでと違い、若い。

案の定、彼は人間じゃない。

そんなこと、今はどうだっていい。

「宿に戻ります」

わたしは脇目も振らず、大聖堂を出た。

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