75話 アリシアの行方 四
彼女に意思はあるのだろうか。
歪で、ひどく嫌な気分になる。
気味が悪い。
彼女を見ていたくない。でも、逃げるわけにいかない。
メルヴァイナとグレンとコーディとイネスが彼女に対峙する。
メルヴァイナは人間じゃないのがばれないように力を抑えてくれているようだ。
おそらく、その上で、グレンとコーディとイネスに危害が及ばないように立ち回っている。
でも、これ以上は、見ていて辛い。
彼女は敵だ。
それに強い。
グレンの言うように卑怯とか言っていると、普通の人間なら、殺されているだろう。
村人を殺したのも彼女かもしれない。
それでも、彼女を見ると、悲しくもなる。
彼女の服装が喪服のようだからかもしれない。
彼女を見ていたくない。
何もできないでいるわたしには邪魔をせず、突っ立っているしかない。
彼女の切り裂かれたヴェールから爛れて、黒ずんだ頬が見えた。
「もう終わりにして」
わたしの言葉に答えてくれたのか、メルヴァイナは燭台を投げ捨て、手刀で彼女の首を斬り落とした。
彼女の頭部が落ちる音だけが響いた。
血が噴き出すことはなかったが、どす黒い血が飛び散っていた。
後を追って、胴体がどさりと倒れた。
大聖堂は再び、しんと静まり返る。
彼女が起き上がることはなかった。
転がった頭部。ヴェールの裂け目からその顔が晒されていた。
顔全体が頬と同じように爛れて、黒ずんで、人相がはっきりしない。
鮮やかな赤い髪が一房零れている。
ここからではよく見えないが、見開かれていたその目は、きっと、きれいな空色だ。
アリシアさん……
ふらっと眩暈がした。
足に力が入らず、ぺたんと座り込んでしまった。
このまま、気を失ってしまいたい。
でも、意識までは失わない。
わたしの目には変わらない光景が見えている。悪夢ではなく、現実に。
とても静かで、動くものがない。まるで、時が止まってしまったようだ。
こういうときは、悪いときばかりのような気がする。
座り込んでいても、好転なんてしない。何も変わらない。
大聖堂の窓からは相変わらず、光が降り注いでいた。
大聖堂を出ると、眩しい太陽の光に目を細めた。
まだ、昼頃だ。
メルヴァイナに促され、わたし達は大聖堂を出たのだ。
大聖堂が閉まっていたからか、近くに人は少ない。
「あれはアリシアなの?」
イネスが低い小さな声で、誰にということなく問いかける。
リーナ以外、皆わかっているだろう。
もしかすると、リーナもわかっているかもしれない。会っていなくても、彼女もミアのように感覚が鋭い。
彼女がアリシアだ。
ミアに聞くまでもない。
でも、アリシアは人間のはずだ。魔王国とも関係がないはずだ。
グレン、コーディ、イネスの幼馴染で、グレンのことが好きだった。
明るくて、優しい人だ。
そんな彼女とは思われなかった。
操られていたと言った方がしっくりくる。
あれが、闇魔法の精神干渉だろうか。
そうだとしたら……
わたしの魔法で戻せたかもしれない……
精神は治癒魔法では治せないと言っていた。でも、闇魔法を消し去れたかもしれない。
もう、遅すぎる。
死者は生き返らない。
わたしはまた、死なせてしまった。
もしかしたら、少しでも何かが違えば、彼女達は死なずに済んだかもしれない。
全然、変わっていなかった。わたしは何も。
魔王と言われても、無能な魔王では意味がない。
アリシアをあんな姿にしたのは誰……?
絶対に許せない。
絶対に見つけ出して、殺してやる……
「メイ」
コーディがわたしを呼んだ。
わたしの顔は強張って、醜く歪んでいたかもしれない。
コーディの顔色も悪い気がする。
自分を責めているのだろうか。
また、助けられなかったと。
つらい。
もう、全てを放り出して、消え去りたい。
つらい。いやだ。
平和な世界に戻りたい。
全て、夢なら……
いやだ。いやだ。
「メイ、僕は無力です。何もできませんでした。辛いなら、僕にぶつけてかまいません。ですが、生きていってください。それが僕の願いです」
コーディを責めることなんてできるわけがない。
彼は何も悪くない。
彼らがいなければ、とっくに諦めていた。
まだ、やることがある。逃げ出すわけにはいかない。
わたしだけが、つらいわけじゃない。
「大丈夫です……生きていきます」
わたしはコーディに何とかそう答えた。




