74話 アリシアの行方 三
大聖堂内部の一般に開放されていた部分は、今、わたし達しかいない。
そこで、ライナスとティムが合流するのを待っている。
その片隅で、メルヴァイナと二人だけになった。わたしが誘ったからだ。
「メル姉、闇魔法が関わっているんですよね?」
「そうですね。それは間違いありませんね。あのドラゴンの像のこともありますし」
「もしかして、あの像は闇傀儡なんですか?」
「いえ、あの像はただの像ですよ。ただ、黒い玉がありましたでしょう? もう、魔力はほぼ残っておりませんでしたが、あの玉に闇魔法が溜められておりました」
「あの神官に渡してしまって、危険ではないんですか?」
「魔力が足りませんので、あれを使うことはもう、できません。おそらく、精神干渉に使われたのでしょう。あの二人の神官もシリル・ウェッジという神官も」
「でも、精神干渉は難しいって言ってませんでしたか? 弱らせてからでないといけないと」
「ええ、弱らせればいいのです」
「そうですか……あの、アリシアさんがどこにいるか、わかりませんか?」
「申し訳ありませんが、そこまではわかりません。魔王国も万能ではありません。何でもわかるわけではありませんよ」
「まあ、そうですよね」
それ以上、話すことはない。言ってもしょうがない。
わたしはみんなの元に戻った。メルヴァイナもゆっくりとした足取りで戻ってくる。
誰も何も言わないと、静かだった。街の中にあるとは思えないくらい静かだ。
こんな状況でさえなければ、わたしはここが嫌いではない。
待っているだけの時間は遅く感じる。
闇魔法が関わっているのは確実。ここの神官も操られていただけかもしれないが、関りがある。
できるなら、神官全員を問い質したい気分だ。
わたしが何を思おうと、この場所は相変わらず、神聖さを失わない。
そんな大聖堂にコツコツとヒールの音が響く。規則正しく、無機質にさえ聞こえる。
上部への階段があるという右側にある扉の方から。神官の靴音には到底思えない。
光が降り注ぐ大聖堂に黒い喪服の女性の姿があった。
それがアリシアだったら、女神のように思えたかもしれない。
鮮やかな赤い髪に空色の瞳、明るい微笑みを浮かべたアリシアの幻を見たような気がした。
彼女であればいいという、わたしの希望だ。
でも、違う。
中央の通路を進んだ彼女は、わたし達に気付いたのか、立ち止まる。
顔は見えない。肌も一切見せていない。
全身が黒一色だ。その黒いドレスは上流階級の女性が着るようなもの。喪服にしては装飾が多く感じる。
「黒い剛腕の女」
メルヴァイナが呟く。
切り落とされたはずの腕はちゃんと付いている。再生能力があるか、治癒魔法が使えるか、彼女自身が闇魔法で作られたかだろう。
どうして、ここで現れるのか。
アリシアを狙う刺客なのだろうか。
彼女には聞かないといけないことがある。
彼女にも会いたかったことは事実だ。
「アリシアさんはどうしたのよ!?」
思わず、声を荒げてしまった。
それでも、彼女は何の反応もしない。マネキンのように佇んだままだ。
膠着状態の後、彼女が手を少しだけ上げる。
その手に真っ黒の剣が生えてきた。
攻撃してくる気だ。
さすがに剣を向けられて、対話ということはないだろう。
コーディとイネスとグレンが剣を抜くのが見えた。
話を聞く限り、彼らでは厳しいと思う。
メルヴァイナとリーナなら勝てるだろうけど、人間じゃないのがばれても困る。
わたしは確実に勝てない。
難しい状況だ。
再び、この街で戦うことになると思っていなかった。心が状況について行っていない気がする。
感じるのは、恐怖とは違うように思う。
剣さえ持っていなければ、彼女は、この大聖堂に祈りを捧げに来たように見える。どこか悲し気に見える。
おそらく、大聖堂の雰囲気に惑わされているだけだ。神聖な聖域のように感じるから。
彼女は刺客だ。
そうなら、彼女にとっては、お金を稼ぐ為の仕事だ。
彼女が襲ってくるなら、わたし達は迎え撃つしかない。
そうして、誰に雇われているのか問い詰めないといけない。
闇魔法なら、わたしの魔法でも有効かもしれないのだ。
彼女は何の脈絡もなく、突然、駆け出した。
機械のように人間味が感じられない。
彼女の顔は見えないが、人形が表情を変えず、迫ってくるイメージが重なる。
キィンと金属同士がぶつかるような音が響いた。
彼女が振り下ろした二本の剣をメルヴァイナがいつの間にか持っていた二本の燭台で止めていた。
「メイ、下がっていなさい」
メルヴァイナがわたしに言う。
わたしが入っていける雰囲気ではない。
魔法を使っても、むしろ、邪魔をしそうだ。
そこへ、すかさず、グレンが斬りかかる。
彼女は片方の剣でグレンの剣を逆に弾く。
「卑怯だとか言ってられないだろ! そんな相手じゃない!」
グレンはコーディとイネスに向かって、言っているのだろう。
その隙にメルヴァイナが片方の燭台を彼女の腕に叩きつける。
骨が砕けたような鈍い音がした。
彼女は全く声を発しない。
後ずさるとかそういう動作も一切ない。
まるで、痛みも恐怖も感じていないかのようだった。
おそらく、彼女の腕の骨は折れているだろう。
それでも、剣は離さないばかりか、折れた腕ごと剣を振るう。
メルヴァイナがそれを受け流す。
嫌な音がする。どす黒い血のようなものがまき散らされる。
不気味で、気持ち悪い。
ひぃとわたしの横にいたミアが小さな悲鳴を上げる。
彼女は止まらない。
攻撃を続けてくる。




