72話 アリシアの行方
「それはあなた達が持っていなさい」
メルヴァイナが神官達に言う。それ、とはもちろん、ドラゴンの像だ。
わたし達は教会を出ようと、歩を進めようとすると、
「ま、待ってください!」
ミアが祭壇の横に立って、何かを訴えるような目を向けている。
「ミア?」
呼びかけると、目を伏せてしまう。
「そ、その、間違っているかもしれないんですが……」
「ミア」
「アリシア様の、気配がしました……それに――」
ミアが手を差し出す。その手に何かを載せているように見える。
ミアに近づくと、彼女の手には、長くて赤い髪の毛があった。
「匿われていたのは、アリシアさん……?」
アリシアがこの村にいたとすれば、アリシアは……
その先は考えたくない。でも、考えてしまう。
アリシアは殺されている……
「メイ、そうと決まったわけではありません」
わたしが何を考えているか察しているのだろう。コーディが優しく声を掛けてくる。
「そうよ。何も知らないのに落ち込んでも意味がないわ」
イネスの口調も、いつもより優しい気がする。
確かに、殺されていると決まったわけではない。
連れ去られた可能性もある。
それに、アリシアに会ったばかりのわたしより、幼馴染の彼らの方が辛い。
アリシアは見つかっていないし、事件に巻き込まれた可能性が高い。
わたしが落ち込んでも、泣いても、アリシアは見つからない。
「コーディ、イネス、ミア、それに、グレン。わたしはアリシアさんを捜します」
「捜すのはいいわ。でも、今日はもう終わりよ。町に戻るわよ」
メルヴァイナは有無を言わせない。
そもそも、次に手がかりを得られるとすれば、町にいる神官だ。
なので、反対意見が出ることもない。
二人の神官が乗ってきた馬を回収し、転移魔法で、セイフォードへと戻った。
夕食を取った後、イネス、ミアと共に、コーディとグレンの部屋を訪ねた。
「アリシアに何があったのかしら? 旅立った後に」
イネスが呟くように言う。
「ゼールス卿が何かを企んでいて、それに気づいたアリシアさんは追われて、教会に匿われたというようなことはありませんか?」
あまり時間がない。できれば核心を突いて、早く何とかしないといけない。
「確かにそのようにも考えられます。しかし、ゼールス卿はアリシア嬢に愛情を注いでおります。領地運営も堅実で、けして、後ろ暗いことをされる方ではないと……」
コーディはゼールス卿のことは否定したいようだが、揺らいでいる。
わたしはゼールス卿のことは何も知らない。ちゃんと話したこともない。
「何かを知ったなら、まず、父親であるゼールス卿に助けを求めればいいだろう。それをしていない。どんなにいい人間でも足を踏み外すこともある」
グレンがはっきりと言う。
「まあね……」
イネスは複雑そうな表情だ。彼女も父親と色々あったに違いない。
「ただ、教会の動きが気になります。教会なら他の領地へ逃がすこともできたはずです。あの村である理由がありません。また、神官が証拠を抹消しようとした理由がわかりません。セイフォードの神官であれば、相手の身分が高くとも告発することは可能です。そうしなかった理由があるはずです」
コーディの言うことももっともだと思う。
「教会にも何かあるということですか?」
「その可能性もあります。教会に気を許してはなりません」
「それは同意見よ。裏で何をしているかわからないわ」
彼らが教会を信用していないということはよくわかった。グレンの大聖堂での態度もそうだ。
かく言うわたしもあまり信用していない。
教会が善なのか悪なのか、どちらでもないのか、判断できない。それに、ゼールス卿も。
ゼールス卿も教会もどちらも警戒しないといけないということだろう。
後、もう一つ、ずっと気になっていること。
「アリシアさんを追っていた刺客があの”黒い剛腕の女”?」
と口走っていた。
「状況的にはそうね……刺客にしては可笑しな恰好だけれど、実力は確かなようだし」
「アリシアさんを見つけられなかったから、隣の村に捜しに来たんでしょうか?」
そう考えれば、アリシアは無事ということになる。
「希望は持たない方がいいわ」
イネスにバッサリ言われてしまう。
「そもそも、関係性がわからないのよ。教会もゼールス卿も”黒い剛腕の女”もアリシアも。明日はその辺りを探っていった方がいいんじゃないかしら? 思い込みで判断すると見誤るわ」
確かに、議論したところで答えはわからない。
少しでも、気を紛らせたかったようなものだ。
後たった一日でどうにかなるのかという焦りもある。
すぐ後、グレンから部屋を追い出されたのだった。




