71話 惨劇の村
「私達の他には、誰もいないし、何も見つからないわね」
全ての家を調べ終えて、戻ってきたメルヴァイナが言う。
まあ、何かあるなら、既に軍が調べているだろう。
”黒い剛腕の女”ももちろん、いない。
「諦めて、町に戻るか?」
ライナスがそんな言葉を投げかけてくる。
これ以上続けても意味がないとでも言いたげだ。
確かに、手がかりはもう、ない。
”黒い剛腕の女”も、どこかの森の中に潜んでいるのだとすれば、捜しようがない。
それは、事実で、何かいい方法がないのかと考えても、浮かばない。
ライナスの言葉に答えられずにいる。
まだ、夕方とも呼べない時間だ。時間なら、まだ、ある。
普通、物語だと、こういうところで何かが起こるものなのではないかと憤るが、起こらないものは起こらない。
村人のゾンビが襲ってくるとか。
そんなものが襲ってくるのは、たまったものじゃないけど。
ここまで何もないとどうしていいかわからない。もう、捜す当てもない。
わたしが黙っていても、ライナスは追及してこなかった。
手がかりがないとはいえ、諦められるものでもない。
「日没まで、時間がほしいです」
「好きにするといい。だが、出発が明後日の朝だということは絶対だ」
ライナスは厳しい口調で釘を刺してくる。
「……わかりました。では、それまでは、好きにさせてもらいます」
これ以上は、やっぱり、頼りきりというわけにいかない。
わたしが言い出したことだ。
わたしが逃げているわけにいかない。
「わたしも、少しだけ、見て来ます」
そう宣言し、目の前に見えている家に向かった。
「待ってください」
コーディがわたしに追いついて、わたしを引き留める。
「僕が付き添います」
わたしを行かせないつもりなのかと思ったが、違ったようだ。
彼がついて来てくれる。心細くはあったので、その言葉に甘えることにした。
ただ、こういう場合、普通、止めないだろうかと思ったりもした。
別に止めてほしかったわけではないけど。まあ、イネスを基準として考えているのかもしれない。
わたしは家の前まで来て、立ち止まった。
やっぱり、怖いものは怖い。
ドアは開いたままになっているので、入るだけだ。
人に任せっきりなんて、嫌だ。
今はまだ、昼間で明るい。家の中にも日の光が入っている。
わたしは覚悟を決めて、一歩、踏み込んだ。
家の中も荒れた様子はない。
入ってすぐがメインルームとなっている。左側には使い古したようなテーブルがあり、壁には、萎れた野菜のようなものが吊り下げられている。雑然として、生活感があり、少し前まで、人が住んでいたことがわかる。
勝手に入って悪い気にもなってくる。すぐにでも、家主が帰ってくるような気がする。
「戻りましょうか?」
コーディが声を掛けてくるが、わたしは首を横に振る。
メインルームには特におかしなところはない。このメインルームを見ている内は、コーディが何も言わなかったところを見ると、この家主が殺されたのは、右側の、おそらく寝室なのだろう。
わたしはその寝室と思われる部屋の前で、中を覗く。
中には大きめのベッドが1つ置いてある。
窓には日に焼けて色褪せたカーテンが引かれている。それでも、日の光で十分に明るい。
思い切って入ってみる。
すぐにベッドの下を覗いた。ベッドの下に何かが潜んでいるというホラーを読んだことがある。確かめずにはいられなかった。
もちろん、何も潜んでいない。
わたしは窓の傍まで近づいた。コーディも傍にいてくれる。
殺された場所がどこなのかはわかった。
部屋の奥の隅だ。
黒い染みが残っていた。
事件があったと知らなければ、ただの染みだ。
実際に見てみると、そこまで怖いとは感じなかった。
ベッドの上でないなら、少なくとも、起きてはいたのだろう。
異常事態に気付いて、家に籠って息を潜めていたのかもしれない。
逃げたり、戦ったりしなかったのだろうか。
相手が大人数でないなら、勝てる可能性もある。
この村は壁に囲まれている為、家々が密集し、隣の家とも近い。
声を上げて、助けを求めてもよかったんじゃないかと思う。デリアのいた村の村人達のように、立ち向かえばよかったのに。
でも、恐怖で動けなくなることがあるのは、わたしもわかっている。
それでも、わたしは、最期まで足掻きたい。単なる願望だけど、諦めたくない。
寝室を出ようとして、ふと思った。
もし、家主が叫び声を上げたとしても、聞こえなくする方法はある。
さっき、メルヴァイナが使っていた。
音声を遮断するような魔法があるのだ。
それなら、いくら助けを求めても、誰も気づかない。異常にも気付かない。誰も来てくれない。
「コーディ、あの、魔法で叫び声を聞こえなくすることはできますか?」
「いえ、できません。別の音で、僕の場合は風の音でかき消すことはできるかもしれませんが」
コーディのいう方法だと、結局、大きな音を出すことになる。
要は、王国の魔法では完全に聞こえなくすることはできないということだ。
やっぱり、魔王国の住民の関与が疑わしい。
わたしとコーディは家を出て、皆の元へ戻った。
「それで、この後はどうするつもりだ?」
すぐに、ライナスはわたしへの気遣い皆無で、そう尋ねてくる。
「この村の周辺を捜してみます。隠れ住めるようなところがないか」
誰の反対もなく、村の外へと移動した。
村の外へは、転移魔法での移動だった。
村の門は、外から打ち付けられており、開かないようになっていた。
村は閉ざされ、このまま、放棄されてしまうのかもしれない。
そもそも、誰も住みたいと思わないだろう。
村の外から門を見ながら、近くにいたコーディに、
「何か、気付いたことはありましたか?」
そう、尋ねてみる。
「村は不自然な気がしました。何かに襲われたのだとすれば、もっと、痕跡があるはずです」
「そう、ですよね。わたしもそう思います」
「最近、この辺りでは通常、起こりえないことが起きています」
「大体、あの女、見たことのない魔法、魔法だと思うが、そんなものを使っていた。あれは、魔王の力じゃないのか!」
グレンがそんなことを言い出した。
「え!? それはどんなものなんですか!?」
そんなことは、わたし、一切聞いてない。聞かなかったわたしも悪い気がするが。
「あの女は最初、武器を持っていなかった。急に、黒い剣が両手から生えてきた」
グレンの言葉に、わたしはすぐに思い至る。
闇魔法だ。
明らかに、ただの人間の女性ではない。
そんな相手にただの人間が勝てるとは思えない。
そういうことなら、この村のことも、”黒い剛腕の女”が関わっている可能性がかなり高いと思う。
グレンが魔王の力と言ったが、あながち間違っていない。
彼らと対峙した闇傀儡も、同じ闇魔法だ。
”黒い剛腕の女”自体も闇傀儡の可能性がある。
まあ、彼らの前でそういうことは言えない。
ただ、そんなものとアリシアとが結びつかない。
全くの別件なんだろうか。
「おい!」
すっかり考え込んでいたわたしにグレンが不満そうな声を上げる。
「メイ、お前から話を振ったんだろうが!」
「ご、ごめんなさい。想像していて」
「それより、メイ、早く捜し始めないと、時間がないわよぉ」
メルヴァイナが割って入ってくる。
話はそれくらいにして、二手に分かれて、近くの森を捜すことにした。
さっき、町で分かれたメンバーで。それにわたし達にはメルヴァイナが加わる。
もう一つのグループと別れるとき、ライナスに二人を、イネスとグレンを護ってくれるように頼んでおいた。
隠れるとしたら、この辺りには森しかない。
結局、相手が何であれ、相手を見つけないことにはどうしようもない。
わたし達五人は森の中へと入って行った。
森の中は森の中で不気味だ。しかも、夕方で、森の中はすでに薄暗い。
どうしても、一人彷徨った森でのことを思い出す。
ただ、今は、周りを見ると、一人ではないとわかる。
「メル姉、少し、いいですか?」
メルヴァイナに意味ありげな視線を送る。要は周りに聞こえないようにしてほしいということだ。
メルヴァイナはにこっと笑う。
「もうかまいませんよ、メイさま」
「この話し声を周りに聞こえなくする魔法、これはどんな魔法なんですか?」
「これは、闇魔法です。視界遮断ができると言いましたけど、音声遮断も可能なのですよ。他にも、空間魔法で似たようなことができます」
「王国の人では、できませんよね?」
村の襲撃者がそんな魔法を使ったかはわからない。他の方法の可能性もある。
「そうですね。確かに、そのような魔法が使われているのでしたら、魔王国の者か、それに関係のある者の可能性があります」
メルヴァイナは素直に認める。
「それなら、やっぱり、人間じゃないということもあり得るんですね?」
メルヴァイナは小首を傾げ、困ったような顔をする。
「その通りです。ただ、魔王国から無断で出国することは難しいのです。完全に無理だとは言いませんが、ほぼ無理でしょう。出国者は厳重に管理されているのです。当てはまる者はおりませんでした。ですから、魔王国は関係ないと申し上げたのです」
「うーん。それなら一体、その人は?」
「遥か前に出国した者の子孫ということは考えられます」
「そうですか」
闇魔法が使えて、人間ではないかもしれない何かが関わっていると考える方がいいだろう。
こんなことをする理由もわからないままだ。
森の中を捜したが、何も見つからない。
森なんて、この森以外にもある。
日は大分、傾いている。もうじき、時間切れだ。
諦めて、合流場所である村の門へ向かった。
村を囲う壁は、濃く影を伸ばし、より近づき難い雰囲気を作っている。
「あれ? 誰かいるわぁ」
メルヴァイナが軽い口調で言う。
別れた四人が既に戻っているということにしては言い方がおかしい。
よく見ると、わたしにも動く人影が見えた。二人いるように見える。門付近ではなく、門から少し離れた壁にだ。
村を囲う壁に登ろうとしている。頼りなさそうな壁だと思ったが、近づくと、わたしの身長よりずっと高いし、人が体当たりしたくらいではびくともしない。
もしかして、火事場泥棒というのだろうか。
メルヴァイナがわたし達ににこっと笑顔を見せると、その二人の元へと駆け出した。
メルヴァイナが彼らの背後で立ち止まる。彼らはそれでもメルヴァイナに気付いていないように思う。
「ねぇ、あなた達、そこで何をしているのかしらぁ?」
そこまで離れていないため、メルヴァイナの声はわたし達にも聞こえている。
彼らが振り向いたように見える。わたしからはその顔までは陰で見えない。
彼らはメルヴァイナの問いに答えず、壁に登るのを止め、メルヴァイナに向き合う。
すぐにその二人が倒れた。
何があったかよくわからないが、その辺りはどうでもいい。
「メル姉」
わたしはメルヴァイナに駆け寄った。
「殺してないわよ。気を失わせただけ。ライナスみたいに腕を切り落としたりもしてないわ」
メルヴァイナが弁解してくる。
その足元に男二人が転がっている。
彼らは屈強な男というわけではなく、細身で、その辺りの普通の村人のように見える。服装も村人と同じようなものだ。
「その二人は、単なる泥棒ですか?」
「どうかしら?」
転がっている二人に視線を向ける。
正直、対処に困る。
「私に任せていただけませんでしょうか?」
リーナの可愛い声がした。
彼女に目を向けると、笑みを浮かべて、佇んでいた。
彼女の赤い瞳が怪しげに光った気がする。
「そうね。お願い、リーナ」
メルヴァイナが慈愛に満ちた目で、リーナを見つめる。
リーナは、気を失っている二人の男の腕を抱えるように持つと、難なく、ずるずると引き摺っていく。
「大丈夫よ。リーナがやさしーく、聞き出してくれるわぁ」
誰も異議を唱えなかった。
普通、気絶しているとはいえ、犯罪者かもしれない成人男性二人と儚げな少女を一緒にいさせるわけにいかない。
それが、裏リーナでなければ、確実に反対した。
リーナが優しく聞き出してくれるのだ。それ以上は何も聞いてはいけない。
何も知らないはずのコーディやミアでさえ、沈黙していた。
おそらく、メルヴァイナもリーナもわたし達に声を掛けるよりずっと前にあの二人の男の存在に気付いていたと思う。
そもそも、わたし達は何も気にせず、足音を忍ばせようともせず、普通に歩いていた。
それなのに、全く気付かれなかった。
メルヴァイナが何かしていたとしか思えない。
追及する気もないが。
わたし達が困ることもないのだ。
日が見えなくなりそうになった頃に、残りの四人が戻ってきた。
「残念だけど、何も見つからなかったわ」
イネスが淡々とした口調で言う。
わたしは、彼ら四人に、さっきの出来事を話した。
ライナスとイネスが何か言いたげだったが、口を閉ざした。
日が完全に沈み、徐々に暗くなっていく。
本来、この時間、あまり嫌いではないが、さすがに凄惨な事件のあった無人の村のすぐ傍というのは居心地が悪すぎる。
しかも、誰も何も話さない。明かりも灯さない。
居心地が悪すぎる。
アリシアの手がかりも全く掴めなかった。
検討違いだったのかもしれない。
最後に粘ったのも、アリシアを見捨てる、そんな罪悪感を軽減したかっただけだ。
自分の為だったって、わかっている。
何とも言えない空気を破ったのは、リーナだった。
魔法の明るい光源がリーナの姿を浮かび上がらせる。
「お待たせ致しました。面白いお話が聞けましたよ、皆様」
リーナは天使のような笑顔だ。
光に包まれた彼女は、一見、聖女のよう。
ただ、その足元には二人の男がひれ伏していた。
むしろ、彼らが無事でよかった。
天使のような聖女のようなリーナに説得されたのだと、思っておく。
「彼らは、セイフォードの神官だそうです」
「神官? 神官が盗み?」
わたしは思わず、聞き返した。
神官はそんなに貧しいのだろうか。
「神官で間違いございません。この村ではある方を匿っていたそうなのです。その証拠の抹消の為に訪れたとのことです。依頼したのは、同じく神官のシリル・ウェッジです」
「リーナ、その匿われていたのが誰かはわかった?」
「いいえ、お姉様、彼らは知りませんでした」
「そう。私達が見て回った時は、気になる物はなかったのだけど……」
「お姉様、彼らにそちらへ案内させましょうか?」
「ええ、そうしてもらえる?」
リーナとメルヴァイナの会話から、もう少し、ここにいることになりそうだ。
すっかり、辺りは真っ暗になっていた。
この村はその人を匿っていたから、こんなことになってしまったのか……
目の前の閉ざされた門を見つめていた。
再度、村の中へと戻ってきた。
今、村の中央にいる。魔法の光で、近くは明るいが、遠ざかるほどに、闇が深くなっていく。
ぼんやりと家々が闇の中に見える。
正直言って、怖い。昼間とは比べ物にならないくらい。
一人だったら、とてもではないが耐えられない。
寝静まっているだけ、とはとてもではないが思えない。
「案内してくださいますか?」
リーナが二人の神官に優しい口調で言う。
「は、はい。かしこまりました」
神官達は頭を下げ、素直にリーナの言葉に従う。
頭を下げる前、恐怖に顔を歪めた神官達を見てしまったが、見なかったことにした。
神官達の後に続く。
着いた先は、村の教会だった。
小さな村でも必ず、教会はある。ただ、教会内には誰も住んでいない。というのも、他に部屋がないからだ。
「ここは私達が見たけど、誰かが住んでいたような形跡はなかったと思うわ」
だから、メルヴァイナがそういうのも、もっともなことだ。
「地下室でもあるんですか?」
と聞いてみるが、
「いいえ、ございません」
という答えが返ってきた。
神官の一人が教会の扉を開ける。
中に光が差し込む。
案の定、他に部屋はない。
極めてシンプルな造りで、長椅子が並んでいて、前には祭壇のようなものがある。偶像の類はない。
「本当にここで匿っていたのか?」
ライナスが訝しげに言う。
「……は、はい、そう、伺っております」
神官自身も不安そうだ。自分の発言に自信が持てないような、そんな感じだ。
生活できないことはないと思う。
屋根もあるし、凍える寒さもないし、長椅子をベッドにできないことはない。
ただ、匿うという用途にしては、目立ちすぎる気がする。
神官達は祭壇へと向かう。
祭壇は直方体の箱のようなものに布が掛けられている。
その布は、ずれて、傾いたように掛かっていた。
「証拠というのはどちらでしょうか?」
リーナが天使の微笑みを神官に向ける。
「わ、私達も存じ上げませんが、この中にあるものを回収し、教会に火を放つようにと」
リーナはこんなに可愛いのに、神官達は怯え気味だ。
メルヴァイナがその布を外す。
祭壇は木製で、特に装飾はない。
神官達が祭壇の裏側の側面の板を外した。
わたしもちらっと覗いたが、何もないように思う。
すると、神官の一人が何かを取り出し、わたし達に見せてきた。
「こちらかと思われます。他には何もありませんでした」
神官達が見せてきたのは、ドラゴンを象った像だ。ドラゴンは黒くて丸い輝石か何かを掴んでいる。
前に、ドラゴンは神の使いと聞いていたのを思い出した。
ご神体のようなものかもしれない。
わたしはその像に気を取られ、魔王国の四人とミアがどんな表情をしていたか、見ていなかった。




