7話 街の中
何にも考えずに寝てしまった翌朝、朝食を食べ終えた後、することがなくダラダラしていた時にコーディが訪ねてきた。
「昨日は失礼致しました」
わたしがドアを開けるなり、コーディにそう言われた。
「わたしこそ、失礼しました」
「それに、一人での食事にさせてしまい、申し訳なく思っております」
「本当にそんなことはかまいません。気にしないでください」
という一連のやり取りの後、わたしはとりあえず、コーディを部屋に引っ張り込んだ。
ドアを閉め、そのドアの前に立つ。
「昨日、アリシアさんに会ったんです。勇者とか魔王って、どういうことですか」
わたしはコーディに問い質す。今後を左右する重要なことだ。
コーディはさして驚く風でもない。
「アリシア嬢からお聞きしたのですね。勇者に選ばれたのは、グレン。僕の友人です。僕は勇者と共に魔王の元へ赴かなくてはなりません」
「魔王を倒しに? たったの3人でですか?」
コーディは困ったように苦笑する。
「正確には4人です。勇者グレンとイネスと僕と従者のミアです」
「何か勝算があるんですか? 勇者には特別な力があるとか」
「そうですね。特別な力があるかもしれません――なかったとしても、魔王に一矢報いて見せましょう」
コーディの様子はどこか違和感があった。
「魔王はどういう存在なんでしょうか」
「魔王はこの国に不幸をもたらす存在です。その存在は邪悪にして、魔物を生み出す悪逆の支配者。その魔王からこの国を護ることが勇者の使命なのです」
正直言って、ぴんとこない。物語の中のことのような気がする。現実味がない。
魔王か――
コーディが嘘を言っているようには見えない。
それならば、魔王は存在しているのだろう。
そんなものにたったの4人で立ち向かうのは恐ろしくないのだろうか。
それとも、名誉だから?
違う。怖くないわけがない。だから、コーディはわたしに関わらないように言ったに違いない。
これ以上、聞くわけにいかない。
「大丈夫です。この国の平穏は僕達が守ります。安心して暮らせるように」
わたしは頷くことしかできなかった。
「それより、僕達はもうすぐ、街に出ます。挨拶に伺わなければならないところがありますので。その後、あなたのこれからの滞在先を探しましょう」
「はい。行きます。お願いします」
「では、しばらくして、迎えに参ります。ご準備を」
コーディが部屋を出ていくと、外出の準備に取り掛かった。
といっても、一瞬で終わったが。
鏡の前でちょっと髪と服を整えただけだ。特に、持ち物もない。持っていくようなものを何も持っていないので当然のことだ。
コーディが迎えに来て、屋敷の前に横付けされた立派な馬車に乗り込む。
前に乗った簡素な馬車とは違い、ちゃんと屋根がある。というより、ほとんど小さめの部屋のようだった。
馬車には先客が3人いた。
2人は勇者グレンとイネス。
わたしが乗り込んでも、グレンとイネスはわたしをちらっと見ただけで、すぐに目を反らした。
もう一人は、可愛い少女だった。
しかも、犬耳。ワンコの獣人だ。本物の獣人なんて、初めて見た。
益々ここが異世界なのだと感じる。
馬車の中は、静まり返り、居心地最悪だった。それとは裏腹にシートはクッションが利いていて中々快適だった。
あの犬耳に触ってみたいとか思いながら、過ごしていた。
やがて、馬車が止まり、馬車のドアが外から開けられた。
馬車を下りると、またもや、立派な建物の前だった。邸宅ではなく、大聖堂とでもいうのか、何等かの宗教施設だ。
出迎えてくれている人達は、お揃いの白いローブに身を包んでいる。
中央の一人だけは、白髪の高齢男性で、ローブも金糸の刺繍の施された豪華なものだった。
彼がこの宗教施設の代表なのだろう。
わたしはこういうところの権力者にはいいイメージがない。これは前に読んだ本の影響に他ならない。実際には、すごくいい人なのかもしれない。
「私は、こちらで長を任されておりますアイゼア・ケスティーと申します」
偉ぶらず、朗らかに挨拶を述べる彼の印象としては、人のいいおじいさんという感じだった。
逆にこういう人物の方が曲者なのかもしれないが。
むしろ偉ぶっているのは、グレンだった。
この世界の神を祀っているのだと思うが、全く神など信じていないかのように敬う気が全くない。
「いつまで、ここに居させる気だ」
とまで言う始末だ。
「申し訳ございません。すぐにご案内致します。どうぞ、こちらへ」
終始、腰の低い人物だった。
建物内に入ると、圧倒された。
広い空間に高い天井。降り注ぐ光は、それは幻想的だった。
コーディからは、ここでミアと共に、待っているように言われたので、見学することにした。
前には、立派な祭壇がある。さすがにそこに近づいていいかはわからなかったので、少し遠くから眺める。
そこに神を象ったような像はないが、両脇には、女神と思しき像がある。
わたしが見入っていると、
「メイ様」
可愛い声で名前を呼ばれた。
あの獣人の少女ミアだった。
あまりの可愛さにニヤけてしまいそうになる。
「メイ様もこの旅に加わるのでしょうか」
「わたしはこの街までよ」
「そうですか――その方がいいと思います」
「わたしのことは呼び捨てでいいわよ。メイと呼んで。ミア」
「はい、メイ」
「ミアは犬人なの?」
そういうと、ミアは頬を膨らせた。
「ボクは立派なワーウルフなんだから! 力だって、人間より強いの!」
「ご、ごめんね。うん、立派なワーウルフよ」
ミアは満足そうに笑う。
「ミアも魔王討伐に行くのよね」
「もちろん。とっても、名誉なことよ。ボクの家族も幸せになれる」
「家族と離れて、寂しくないの? わたしも一人になっちゃったから」
「寂しいけど、お金、いっぱいもらえるの。だから、幸せ」
「そっか」
ミアはにぱっと笑う。
「ねぇ、ミア、お願いがあるんだけど、耳を触らせてもらえない?」
わたしはずっと狙っていたことをお願いしてみた。
「えっ? かまわないよ、そんなこと」
ミアは快諾してくれると、頭を突き出してくれた。
わたしはそっとその耳に触れた。ぴくぴくっと耳が震える。
耳を優しく撫でた。柔らかい毛並みが気持ちいい。
以前、飼っていた犬を思い出す。
ミアは気持ちよさそうに目をとろんとさせ、しっぽが左右にゆさゆさ揺れている。
ミアには悪いが、完全にワンコだ。
わたしはミアの毛並みを堪能していた。
本当に癒される。
もう少し、堪能したいと思っているところに、グレンを先頭にコーディとイネスが戻ってきた。
コーディと目が合う。
「グレン、イネス、僕はメイと行くところがあるので、先に戻ってほしい」
「好きにしろ」
グレンが興味なさげに答える。
「行きましょう、メイ」
「コーディ様、ボクもお供してもよろしいでしょうか?」
「かまわないよ、ミア」
わたしはコーディ、ミアと共にこの大聖堂を出た。
そのまま馬車には乗らず、敷地を抜け、通りを歩いた。
進むにつれ、人が増え、賑やかになってくる。
わたしは物珍しさにどうしてもキョロキョロとしてしまう。
「コーディは何度かこの街に来たことがあるんですか?」
「初めてですよ。ほとんど、王都で過ごしておりました」
「あの、迷ったりしてないですよね」
わたしが聞くと、コーディは難しい顔をして、考えるような仕草をする。
ええ!?
わたしが不安になると、
「道は聞いておりますし、地図も頭に入っていますので、問題ありません」
そう、いけしゃあしゃあと言う。
「いじわる」
わたしは思わず呟いていた。
コーディは楽しそうに笑っていた。
ちょっと腹が立ったけど、別にいい。彼が楽しそうなら。
「コーディ様とメイは、夫婦なのですか?」
ミアが急にそんなことを言ってきた。
「え!?」
わたしとコーディの声が重なった。
「だって、ボクの両親みたいにとっても仲良しだから」
「違うわよ。わたし達はそんなのじゃないから。ただの他人だから」
わたしは慌てて、打ち消した。
「それより、あちらが目的の場所ですよ」
コーディが8階建ての建物を指し示す。
「あそこは何なのですか?」
「職業紹介所です。メイは読み書きはできますね」
「えっと――」
そういえば、できるのだろうか。
話すことはもちろん問題ない。まるで、母国語のように話せるし、考えるときも、この世界の言語だ。
ただ、日本語もわかる。別の言語だと、理解している。急にバイリンガルになったような、そんな感じだ。
むしろ、日本語の方が第2言語のようになっている。
これまで、街の中でも、わたしはこの世界の文字を読めている。看板の文字が読める。
わたしが今考えていることが頭の中で文字にできる。
「できると思います」
「それでしたら、きっといい仕事が見つかると思います。できれば、住み込みで働けるような仕事が見つかればいいのですが」
「コーディはこの職業紹介所を利用したことが?」
「いいえ。わたしは王国聖騎士を志しておりましたので、騎士学校に入っていたのです。貴族とはいえ、僕は三男なので、家を継ぐことはできませんから。ただ、騎士にはならず、このように旅に出ることになりましたが」
「それはすごいですね」
「そうでもありません。グレンやイネスも同じで、騎士学校にてグレンは主席、イネスは三席でした」
「あのグレンが?」
「グレンはとても優秀ですよ。座学の他、剣術や魔法も」
わたしは聞き捨てならないことを聞いた。
魔法?
ま、魔法って、あの!
そんなのがあるなら、わたしも使ってみたい。
「魔法! 魔法があるんですか!?」
わたしは噛みつかんばかりの勢いでコーディに迫った。
「知りませんか?」
「はい、全然。使ったこともありません。わたしも使えますか?」
「それはわかりません。全く使えない方もおります。どの程度かは個々に違います。この後、こちらで測定してもらえるでしょう」
「わかりました」
もしかしたら、強力な魔法が使えるかもしれない。
使えるなら、わたしも勇者パーティに入って、死なない程度に活躍できるかもしれない。
「では、まずは、この職業紹介所に登録しなくてはなりません。僕が身元引受人になりますので、ご安心ください。詳しくは担当の方にお聞きしましょう」
わたし達が訪ねると別室に案内された。
どうも、コーディがお膳立てしてくれていたらしい。
担当の女性が丁寧に説明してくれ、書類に記載していく。
名前は、メイ・コームラと記載した。この方が発音がし易い。
その後、待っていた魔力測定だ。
テーブルの上に小ぶりな金属の箱のようなものが置かれた。
説明によると、簡易的なもので、魔力のありなしと相性、ある程度の強弱がわかるらしい。
わたしは呼吸を整え、恐る恐るそれに手を置く。
それは、わたしが手を置いた後も一向に変化がない。
「残念ながら、あなたに魔法は使えません」
担当の女性は事務的にそう告げた。
……
「あの、全く、使えないんですか? ほんの少しでも?」
「申し訳ありませんが」
女性は首を左右に振る。
普通、こういう場合、驚異的な魔力とかがあって、すごい活躍をするものじゃないんだろうか。
わたしに勇者パーティは無理だ。
剣も魔法も使えない。ついていっても、役立たず以外の何者でもない。魔王討伐なんてありえない。
これはもう、プランBしかない。
ここでお金を貯めて、王都へ行く。それしかない。
わたしはあからさまに落胆した顔をしていたのだろう。
「気にすることはありません。魔法が使えない方は大勢おります」
コーディに慰められる。
登録はスムーズに完了した。
すぐに10もの仕事を紹介してもらえた。
今日のところは持ち帰って、検討することにした。
ミアはその間、ずっと大人しく待っていた。
「せっかくですから、食事でもしていきましょうか。僕はあまりこういうところで食事をすることがありませんので」
「いいんですか!?」
お腹が空いていたので、とてもうれしい。食べて、魔法のことは忘れよう。
「もちろんです。ミアも」
ミアは満面の笑みで、しっぽを高速で振っている。
わかりやすい。すごく可愛い。
職業紹介所を出ると、そこには、立派な馬車が止まっていた。それは正に来るときに乗ってきた馬車だった。
馬車のドアが開けられ、金髪と銀髪の二人が下りてくる。
この場所には明らかに浮いている。行き交う人達が訝しげに視線を投げていく。
先に戻ったと思っていたグレンとイネスの二人だった。
「コーディ、帰るぞ」
グレンが苛立たし気に言う。
ああ、食事が……
「すまないが、これから、二人と食事に行くことになっているんだ」
コーディがきっぱりと言ってくれた。
グレンは顔を顰めた。
「こんな場所で食事? 平民と? 俺たちは貴族だ。平民が食べるものが食えるか!?」
「もう二人と約束をしているから。先に戻っていてほしい」
コーディはグレンに言うと、わたしとミアに向き直る。
「行きましょうか。職業紹介所の方にお勧めの場所をお聞きしております」
グレンを見ると、案の定、険しい表情でわたしとミアを睨んでいた。
きれいな顔が台無しだなと思いながら、わたしはとりあえず、気にしないことにして、コーディと歩き出した。
着いた先は、庶民的で安そうな食堂とでもいうようなところだった。
高校の学食に近い雰囲気だ。
昼食の時間は過ぎているので、比較的、空いていて、すぐに座ることができた。
お勧めのところだし、おいしいに違いない。
問題があるとすれば――
コーディ、わたし、ミアと並んで座っており、その向かい、しかめっ面のグレンと無表情のイネスがいる。
雰囲気が悪い。しかも、周りの席の人達からはちらちら見られている気がする。
浮きまくっているから当然だ。
グレンの服装はこの場所に似つかわしくない。明らかに上流階級と見て取れる。
ほとんど冗談にしか思えない。誰も仮装している人がいない中、一人仮装しているようなものだ。
コーディとイネスも高級そうな服ではあるが、まだ許せるレベルだった。
なぜ、付いてきたんだろう。
不機嫌が態度の節々に表れている。
「グレン、無理して付き合ってくれなくてもかまわないよ。食事の後はすぐに戻るつもりだから」
「無理などしていない。お前こそ、本当にこんな汚い場所で食事を取るのか!? 腹痛になったらどうする!?」
「他の人達も食べているから、大丈夫だよ」
「平民と俺たち貴族は違う」
「同じ人だよ。グレン」
言い争いに発展しかねないグレンとコーディにひやひやしていると、
「あなたたち、うるさいわよ」
今まで、沈黙を守っていたイネスが口を挟んだ。
グレンとコーディはそれで黙った。
料理が運ばれてきたのはその直後だった。
お勧めだという料理をコーディが五人分注文していたのだ。
文字だけのメニューを見たがどんな料理かわからず、コーディに丸投げしていた。
焼き上げられたお肉の匂いが鼻腔をくすぐる。
皿からこぼれそうにやや豪快に盛り付けられているが、もう、見るからにおいしそうだ。
じゃあ、いただきます。
わたしは一切れ頬張った。
やっぱり、おいしい。
後の四人を見てみると、なんと、誰も口を付けていない。
ミアは、食べたそうに料理を見て、向かいの二人を見てを繰り返している。
後の三人は、料理を難しい顔で見ていた。
「食べないんですか?」
わたしが小さな声でコーディに声を掛ける。
「すみません。このような料理は初めてでしたので」
確かに貴族はこんなに豪快な料理は食べないかもしれない。
何の肉でどこの部位か、わたしもよくわからない。胃とか内臓のような部位も見える。
コーディは一切れをフォークで差し、口に入れようとする。
それをグレンはフォークごと、コーディから奪い、さらに、コーディの皿をテーブルから叩き落した。
皿が落ちる大きな音がした。
わたしはあっけに取られていた。
わたしからは見えないが、床にはお肉が転がっているだろう。
「こんなものを食べるな! 残り物じゃないか! こんなものを食べさせるなんて、どうかしている!」
「グレン――」
「こんなものは人の食べるものじゃない! 食事なら、戻って用意させる」
グレンは荒々しい声を上げる。
そんな言い方ってない。
食べ物を粗末にするなんて、わたしには許せない。
わたしは立ち上がり、グレンを睨んだ。
「グレン、そんな言い方はないんじゃないですか! そんなに嫌なら、すぐに出ていけばいいでしょう!」
そう言ってから、わたしはやってしまったと思った。
余計に事を荒立てそうだ。でも、もう引っ込めることもできない。
「平民のくせに、お前こそ、俺にそんなことを言って、ただで済むと思っているのか! 呼び捨てにすることも不敬極まりない!」
「好きにしなさい! 怖くも何ともないわ! それより、このお店の人に謝罪しなさい!」
「なんだと!? 俺に向かって平民がそんな口を利いていいと思っているのか!」
「平民、平民というなら、ここは平民の領域でしょう? あなたが、出ていくべきよ!」
「グレン、ここを出よう」
コーディが割って入ってくる。
「あら、この料理、中々、おいしいわよ」
豪快な料理を優雅に食べているイネスの周りは別の時間が流れているようだった。
全員の視線がイネスに集まったことで、静かになった。
「グレン、行こう」
コーディがグレンに声を掛ける。
「メイ、ミア、僕とグレンは先に出ています。ゆっくり食事をお楽しみください。イネス、後は任せていいだろうか?」
「いいわ」
イネスはコーディに顔も向けず、そっけなくその一言だけを答えた。
「コーディ! 俺はこの平民に侮辱されたんだ! 許せるわけがないだろう!」
グレンがまた、喚き出す。
「グレン、僕達は貴族だ。貴族の威厳を示すべきだ。ここは僕達に相応しくないよ」
コーディがグレンを見据え、きっぱりと言い放つ。
コーディに促され、観念したグレンはコーディと共に店を出ていった。
「あなたたちも食べなさいよ。本当にグレンは仕様のないこと」
我関せずというように、イネスは食事を続けていた。
わたしは着席し、ミアと顔を見合わせると、食事を再開した。
落ちて散らばった料理を片付けてくれたお店の人にはわたしとミアで、たっぷり謝罪した。
「あの、イネスさん」
「呼び捨てでいいわ。面倒だから」
相変わらずの単調な口調でイネスが言う。
何が面倒なのかはよくわからないが、呼び捨ての許可をもらった。
「イネス、わたしはメイ・コームラです。人攫いに捕まっていたところをコーディに助けてもらったんです」
自己紹介したわたしをイネスがじっと見つめてきた。
「イネス・バーサ・デリン。デリン侯爵家二女。元騎士志望で、今は勇者の仲間」
「ボクはミア・グラフです。ワーウルフです。改めて、よろしくお願いします」
「よろしく、ミア」
わたしとミアは互いに向き合い、笑顔を交わした。
イネスは再び、視線を料理に移し、食事を続けている。
「イネス、騎士学校で三席だったとコーディから聞きました。騎士を目指すなんて、わたしも強ければ、そうしたいです」
「グレンは主席で、コーディは次席。ずっと三席で主席にはなれなかったわ。コーディはこの旅に志願しなければ、今頃、王国騎士団に入団していた。強制参加の私やグレンと違って。本当に馬鹿なのだから、コーディは――グレンも」
わたしとは目を合わせず、イネスが淡々と言う。
最初、イネスを冷徹に感じたが、ちょっと無表情でぶっきらぼうなだけで、冷たい人ではない。
「でも、すごいです。剣術とかできれば――わたしも剣術の訓練をしたいです。二度と捕まったりしないように、強くなりたいんです」
「そう。それはいいわね」
イネスは相変わらずの淡々とした口調でそれだけ答えた。
わたし達三人は、食事を終えると、馬車のあるところへ向かった。
馬車ではグレンとコーディが待っていた。
馬車の中では誰も何も言わず、息苦しくなりそうな静寂が支配していた。