64話 ランドルを訪ねて 二
宿へ戻ろうとソファから立ち上がる。
「町を出るなら、くれぐれも注意しろよ。嬢ちゃん一人になることがないようにな。いつ魔獣が襲ってくるかわからねえ。今となっては、町も安全とは限らねぇけどな」
「それはわかっています。ありがとうございました」
ランドルに別れの挨拶をして、早く帰ろうというとき、
「村を襲ったのは、魔獣ではないだろう? 魔獣には思えなかったが。剣で斬られたような跡だった。それぐらい、把握しているはずではないのか?」
沈黙していたライナスが言う。
それは、初耳の話だ。
「は!? まさか、その村に行ったのか!?」
ランドルは酷く驚いていた。
「襲撃後の村を通った」
「……本当に魔獣じゃねぇのか? 人の仕業だと?」
ランドルはライナスの腕を掴んで、
「村人全員だぞ。百人はいたはずだ。俺はそんな報告、受けてない。確かなのか!? 本当に人がやったのか!?」
ライナスは即座にランドルの手を振り解く。
「魔獣の痕跡は見たところ、なかった。絶対とは言わないがな」
「じゃあ、村は盗賊に襲われたんですか?」
二人の話に口を挟んでいた。
もしかすると、アリシアの失踪に関係あるんじゃないか。
彼らに攫われた可能性はないんだろうか?
攫われた経験なら二度ある。一度は、人身売買目的の人攫いだった。
盗賊なら、そういうこともやっている恐れがあるかもしれない。
「さあな。ただ、大勢に襲われたとは思えなかった」
少人数で村を全滅させたということだと、よっぽど、村に恨みでもあったのかもしれない。
というより、そんなことが普通の人間にできるものだろうか。
物騒な話だけど、ライナスやメルヴァイナなら一人でも簡単にできそうだが、普通の人間では想像がつかない。
それと、村人全滅の話と同時に聞いた”黒い剛腕の女”。
何、それ? と思ったので、よく覚えている。
「ライナス、”黒い剛腕の女”とは、無関係なんですか?」
「そんなことは知らない。興味もない」
とライナスは素っ気ない。
「嬢ちゃん、その女は一体なんだ?」
「わたしもよくわかりません。会ったこともないので。ライナスとコーディは会っています」
「日焼けした怪力の大女でもいたのか? その女が関わってるって?」
ランドルが訝し気な目つきでライナスとコーディを交互に見た。
「喪服のような黒いドレスを身に纏った華奢な女性です。ただ、僕より遥かに強い。力で敵いませんでした。関わっているかどうかはわかりません」
それには、コーディが答える。
「なんだ、兄ちゃん、その女に負けたのか? だがな、女一人で村を全滅させるってぇのは、無理があるだろ」
「それは……常識で考えれば、そうでしょう。ただ、酷く危険を感じました」
「まあ、そう、気落ちするなよ、兄ちゃん。そういうこともあるさ」
「その女と会ったのは全滅した村の隣の村の近辺よ。最初に聞いたときは村の生き残りかとも思ったのだけれど、それにしては様子が妙に思えるわ」
コーディを励まそうとするランドルの言葉は無視するように、イネスが淡々とした口調で、補足する。
軍に任せて放っておくという話だったはずだけど、ライナスがどういうつもりでこの話を出したのか?
意味がないとは思えない。どうでもよければ、ライナスなら無視を決め込むはずだ。
頭の片隅にはずっとあった。本当に放っておいていいのかと。
わたし一人では、もちろん、どうしようもないし、治癒魔法で生き返らせることはできない。
「それはわかった。すまねぇが、俺にはどうしようもできない。俺はこの町の警備隊として雇われてる。町を離れることはできねぇんだ。それこそ、軍や領主様の兵に任せるしかねぇ」
それはそうだろう。仕事を放り出すのはよくないと思う。
それに、町以外のことに詳しいとは思えない。聞く限りでは、村の全滅のことにしても、大まかなことを聞いているだけみたいだ。
ランドルは”黒い剛腕の女”のことも知らない。
確か、ライナスがその人の腕を切り落としたと聞いた。
これは、ちょっと、ランドルには聞かせられない話だ。
ちょっと強い女性に絡まれただけと、言えなくもない。
わたしからすれば、かなり、無理のある考えだ。
どう考えても魔王国が関わっているのでは、と思わなくもない。メルヴァイナは否定していたが、人間ではないのかもしれない。
それより、今は既に軍が対処しているそれらよりも、アリシアだ。
一体、どこに行ってしまったんだろう……
グレンを追ったのだろうか? それなら、わたしのせいかもしれない。わたしは勇者パーティについて行った。アリシアもまた、ついて行こうとしたのかもしれない。
もし、アリシアがその全滅した村にいたとしたら……
途中で、魔獣に襲われたのだとしたら……
嫌な想像が溢れてくる。
「メイ、大丈夫?」
イネスがわたしを見つめていた。
「すみません。ちょっと、考え事をしていただけです」
「そう」
イネスはそれ以上、聞いてこない。
身なりのいい女性とか、お金持ちそうな女性とか、高貴そうな女性を見なかったかと口に出かかったが、飲み込んだ。
アリシアを指していると気付かれるかもしれない。
ランドルが悪い噂を流すとは思えないが、人に話すべきではないと思う。
それなら、アリシアのことを知らない、例えば、バイレードの町の人に聞いてみるとかした方がいい。
ランドルに泊っている宿を教え、今度こそ、別れの挨拶を言い、ランドルの家を出た。




