63話 ランドルを訪ねて
あの隊長のランドルさんはいるだろうか?
こんなことでまた、会いに行くことになるとは思わなかった。
前回会った二回もわたしの誘拐事件と魔獣騒ぎだ。
誘拐されたときは、アリシアが心配して来てくれた。
まだ、アリシアが誘拐されたと決まったわけではない。
とはいえ、自分で出て行ったとしても心配だ。
まず、訪れたのは前に来ている街の入口近くにある詰め所。詰め所はここだけではないらしい。
詰め所に入ると、
「聖女様!?」
野太い大声が聞こえた。声の主は見覚えのない警備隊の一人だった。厳つい風貌の三十代くらいの男だ。ランドルの三割増しくらい厳つい。
「俺もあの時、あの場にいたんですよ!」
男は笑顔だが、中々、迫力がある。
彼はそう言うが、あの時は全く余裕なんてなかったので、顔を覚えているはずもない。
「それで、何か用か? いや、ですか? 何でも言ってくれ。聖女様には助けられたからな」
「あの、隊長のランドルさんはいらっしゃいますか?」
「すまねぇ、いや、すみません。隊長はここにはいません。本部にいると思います。それとも、隊長の家の場所が知りたいの、ですか? 隊長から聞いてますよ」
そういえば、いつでも訪ねていいというようなことを言われていた気がする。
「あ、では、教えてください」
「よし!」
と、なぜか嬉しそうに彼は、隊長の家の場所を説明してくれる。紙に書いてくれるのではなかった。
わたし以外にも聞いてもらっていてよかった。忘れてしまいそうだ。
個人情報だからだろうか、紙が高価だからだろうか。
この国で個人情報とかうるさいのかは不明だ。
紙は職業紹介所でもあったので、製造はされているようだ。多少、ごわごわしているが、植物からできている紙だった。
何にしても、しっかり説明してくれた後で、紙に書いてくださいとはいいにくい。
「それと、この町で一ヵ月前ぐらいにわたしの他に誘拐事件とかはなかったでしょうか? 誘拐事件以外に、他の事件とか、不審な人物の目撃とか、何か変わったことはありませんでしたか?」
「特に変わったことはないです。あっても、喧嘩に、盗みで、いつも通りです。あれから、魔獣も出ないですから」
「そうですか……あの、それと、赤い髪の女性を見ませんでしたか?」
さすがにアリシアの名を出すわけにはいかないというのは、わたしでもわかる。
赤い髪の女性というのも、直接的すぎたかもしれない。
ゼールス卿は隠しているようだし、アリシアにとってもよくない噂になってしまう恐れがある。
「いや、見なかった、です」
彼は特に疑問に思うことなく、答えた。
情報はなさそうなので、彼に見送られ、馬車で宿へと戻る。
その馬車の中で、
「あの、夜にランドルさんの家を訪ねたいと思っています」
「そう言うと思っていたわ」
イネスはしょうがないと言いたげだ。でも、反対するわけでもない。
今、家に行ったところで、ランドルはいない。
警備隊本部に行ってもよかったが、ランドル一人と話した方がいい気がする。
夜のノーラン邸前にわたしはいる。
元の世界のわたしの家とほぼ同じくらいの家で、ゼールス邸と比べると、比べるまでもないほど小さな家だ。
庭を入れると、わたしの家の敷地の方が広いくらいだが、ここは、街の中心から近い。
実は、宿から割と近かったので、ここまでは徒歩だ。
夜に訪ねるのは、ちょっと迷惑かと思ったが、仕方ないと思う。
大勢で押しかけるのも気が引けたので、来ているのは、わたしとコーディとイネスと、後、なぜか、ライナスが来ることになった。理由は色々あった。
ライナスがわたし達の保護者のように思えてくる。というより、それはほぼ事実だ。
夜に出歩くのは、治安的にもどうかと思うが、ライナスがいるなら、そこは心配ないだろう。味方だと心強い。
ちょっと緊張している。
ノッカーに手を伸ばし、コンコンとノックする。
家から出てきたのは女性だった。ランドルと同年代くらいなので、ランドルの妻だと思う。
彼女は訝し気にわたし達を見ている。
「夜遅くにすみません。あの、ランドルさんはいらっしゃいますか? わたしは前にランドルさんにお世話になったメイ・コームラと申します」
「メイ・コームラ……もしかして、あなたが聖女様?」
「あ、えーと、その、聖女というのは、できれば、止めてほしいです」
「ごめんなさいね。夫にそう聞いたものだから。一度、会ってみたかったのよ」
彼女は、警戒を解いてくれたらしい。歓迎するように、笑顔を向けてくれている。
一緒に来てくれた三人も簡単に自己紹介する。
「よろしく。ランドルの妻のソフィア・ノーランよ。さあ、どうぞ、入って」
玄関のすぐ傍の部屋に案内された。
おそらく、応接室だろう。元の世界のわたしの家にはそんな部屋はなかった。そこは、警備隊の隊長の家だから、訪ねてくる人も多いのかもしれない。
「夫を助けてくれて、本当にありがとう」
「いえ、気にしないでください」
彼女がわたしの母と似た笑みを見せた。どことなく、全てが母に似ている気がする。懐かしくなってくる。家族に会いたくなってくる。
「夫はついさっき、帰ったところなの。すぐに呼んでくるから、待っていてね」
ソフィアが部屋を出ていき、わたし達はソファに腰掛け、静かに待っていた。
やがて、ランドルが部屋に入ってくる。彼は警備隊の隊服ではなく、普段着を着ていた。
ソフィアがお茶も用意してくれ、彼女は部屋を出ていった。
「聖女様、元気そうでよかった」
「いえ、だから、聖女は止めてください」
「ははは。じゃあ、嬢ちゃん」
「それも、本当は止めてほしいですけど」
「ははは。嬢ちゃん、勇者様と旅立ったと聞いて、心配してたんだ」
やっぱり、呼び方は変わらないらしい。聖女よりは若干、ましだ。
「わたしは大丈夫です」
「そっちの二人と一緒にいるんだな。兄ちゃん達、あの時は助かった。そっちの青い髪の兄ちゃんは初めてだな」
「それで、聞きたいことがあって、来ました」
「なんだ、俺の家に置いてほしいって話じゃないのか」
「それは間に合ってます」
わたしは詰め所で聞いたことを彼にも聞いた。赤い髪の女性を見たかということは聞いていない。彼はアリシアに会っている。
彼の答えは、詰め所で聞いたことと変わらない。
「あの、ゼールス卿からは何か聞いていないんですか?」
ランドルの家に来る前にどう聞くか、相談していたのだ。アリシアのことは直接は聞かず、こう聞けば、何かあれば、話に出してくれるかもしれないと思ったからだ。
「いや、何も。俺達が領主様に会うことはない。ただ、町の外のことは聞いた。村が魔獣の襲撃を受けたとかいう話だ。だから、警戒するように、ってな」
魔獣の襲撃かはともかく、それは知っている。
結局、アリシアの手がかりはなさそうだ。
まあ、簡単に見つかるなら、既にゼールス卿が手を打っているだろう。
顔には出さなかったと思うが、すっかり気落ちしていた。




