61話 セイフォードの一日 二
裏庭で待っていたのはライナス一人。
ティムはいない。連絡はしっかり伝えてほしい。
「どうせ、何もしていなかったのだろう」
ライナスが木剣を押し付けてくる。
剣術の稽古だ。相手はライナス。
ドレイトン先生からは毎日するようにと言われている……が、ここ数日、さぼっていた。
ライナスの指摘は正しい。
わたしのことは何とも思っていないだろう。けど、ドレイトン先生のことは尊敬していた。
だから、わたしの為ではなく、ドレイトン先生の為だ。
「お前達は何をしに来た?」
ライナスがわたしの後ろに向かって言い放つ。
「あ、あの、ライナスさん!」
ミアがずいっとライナスに迫る。何を言い出すのだろうと思っていると、
「ボク達にも教えてください!」
ミアの大声が響いた。
ミアは剣術なんて、全くしたことがない気がする。
ついてきた手前、仕方なくそう言ったに違いない。
彼らはライナスやメルヴァイナと距離を取っていると思う。
それは正解だとも思う。関われば、碌なことがない。
「いいだろう」
ライナスは快諾した。どうして、お前達に、とか言うかと思っていた。
ライナスはミアに基礎を教えていた。
その間、後のわたし達は、素振りだ。まあ、これはいつものことだ。
ライナスはしっかりとミアに教えているようだ。
彼は結構、面倒見がいい。リーナやティムのことも大切にしている。
関わらない方がいいかもしれないが、悪い人でもない。人間ではないが。
ライナスは全員と手合わせし、最後にわたしとイネスとコーディとグレンで、ライナス一人を相手にした。
結果は、予想通り、ライナス一人に完敗した。
動きが人間技じゃない。人間ではないが。
ほぼ素人のわたしならともかく、後の三人は騎士を目指していた。
あんなのに、普通の人間が勝てるわけない。
三人が落ち込んでないか、心配になる。
多少、悔しそうではあるが、わたしが言えることはない。
まさか、彼が人間ではないなんて、言えるわけがないし。
やっぱり、なんだか、色々、辛い。
全て話してしまえたら……
「メイ、明日も行う」
ライナスはそう言うと、宿の中に入っていった。
「本当に強いのね。あの男。グレンとコーディが負けるはずだわ」
イネスが既にライナスによって閉められた宿のドアを見ながら言う。
「あれは本当に人間なのか!?」
グレンが不貞腐れたように言う。
もちろん、わたしは苦笑いを浮かべるしかない。グレンの指摘は正しいから。
「メイは、あのライナスに勝ったのだと聞きました」
ふいに、コーディにそんなことを言われ、動揺した。
彼は事情を知らないのだから仕方ない。
触れてほしくないことなのは事実だった。
忘れ去りたいことだ。
こんなことを言い出したのも、そのことを知っていることも全て、メルヴァイナのせいだとすぐに想像がつく。
経緯など言えるわけがない。
かなり卑怯なことをしていた自覚がある。
正攻法では絶対に勝てなかったし、ライナスはそんなことわかっていただろう。
「あ、あれは剣術の勝負ではありませんでしたし! その、ちょっとしたゲームの話ですよ!」
「そうですか。ですが、ライナスは悔しそうにしていました」
「え? その話はライナスに聞いたんですか?」
ライナスがそんな話をするとは思えないし、メルヴァイナ以外が話すとも思えない。
あの話は封印するのが、共通認識だと思っていた。
「いえ、メルヴァイナが言っておりました。それをライナスが聞いていたのです」
「そ、そういうこと……」
やっぱり、ライナスが話したわけではなかったか。予想通り、口を滑らせたのか、わざとなのか、メルヴァイナのせいだ。
「本当にただのゲームの話なので、自慢できるようなことではないんです。それより、明日もアリシアさんを訪ねるつもりです。あの、時間があれば、一緒に来ていただけませんか?」
「わかりました。いつでも、お付き合いします」
「明日は一緒に行くわ」
コーディと、イネスにも、快い返事をもらった。
その夜。眠れない……
剣術の稽古をしたし、疲れていると思うが、眠れない。
なぜかというと、きっと、剣術の稽古の後、疲れて寝てしまったからだろう。
眠れないと一人呟きながら、ベッドをごろごろ転がる。
がばっと起き上がり、まだまだ長そうな夜に辟易してしまう。
そのまま、トイレに行き、部屋に戻る途中、声を掛けられた。
さすがに夜中に声を掛けられたら、体がビクッとなる。
幽霊にでも声を掛けられた気分だ。
振り返ると、コーディがいた。
かなりびっくりしてしまったのか、コーディは申し訳なさそうにしている。
「申し訳ありません。驚かせてしまいました」
「気にしないでください。誰もいないと思っていたので」
誰もいないと思って、変なことをしていなくてよかった。
「あの、少しだけ、話をしてもよろしいでしょうか?」
「はい。それなら、わたしの部屋に来てください」
「いえ、夜中に女性の部屋を訪れるわけには参りません」
「それくらい、気にしなくていいですよ。ちょうど、眠れなくて、退屈していたんです」
わたしは多少、強引にコーディを部屋に連れてきた。
「コーディも眠れなかったんですか?」
「いえ、グレンと少し話をしていて――」
グレンと話なんて、意外な気がするが、よく考えれば、この二人は幼馴染で仲もいい。
「あの――」
コーディが真剣そうな目を向けてくる。
「捕らわれた方々を救出した後、故郷に戻られると、お聞きしましたが――」
言葉を切る。コーディは一呼吸吐いて、
「僕も共に行ってよろしいでしょうか?」
わたしはどう答えていいか迷った。
どうして、コーディがこんなことを言うのだろう。
もしかすると、王都に戻りたくないということだろうか?
王都にはグレンやイネスを生贄にした人達がいるだろう。
王都には居づらいのかもしれない。
特にグレンとイネスは。
王国に戻った方が彼らにとっていいことだと思っていたが、違うのかもしれない。
それは、わたしの一方的な思い込みかもしれない。
「コーディは王都に戻りたくないんですか?」
「……わかりません。ただ、僕は誰も失いたくないだけです」
わたしの故郷へ、わたしの世界へ、コーディを連れていくことはできない。
ただ、魔王国なら……
魔王国へ誘ってみようかと、悪魔が囁く。
やっぱり、それはだめだ。
でも……
頭の中がぐるぐるする。
答えが出る気がしない。
「考えさせてください」
わたしはコーディにそれだけを言った。




