59話 屋敷へ
朝食をのんびり優雅に食べた後、ゼールス卿の屋敷へと向かう。
宿は中心部に近い豪華な宿だった。こんな贅沢はしなくていいのに、と思う。しかも、わたしは一人部屋だ。
宿の玄関にはコーディとグレンが待っていた。グレンがいるということは、コーディがうまく説得してくれたのだろう。その顔には不満がありありと滲んでいたが。
そして、わたしの横にはリーナとティムがいる。
昨夜、出掛けるなら、彼らを連れて行くようにとメルヴァイナから言われたためだ。護衛として、である。
彼らは、貴族令嬢のドレスほどではないが、それなりの服を着ている。
リーナは青と紫のグラデーションの美しいワンピース。ティムは白いシャツに刺繍の施された長めの上衣、ティムにすれば上品な印象だ。
二人ともよく似合っているが、王国で見るデザインではない。魔王国のものだ。
わたしが着ていた高校の制服もそうだから、その辺りは気にしなくていいのかもしれない。
わたしは、といえば、今は高校の制服は着ていない。
わたしもメルヴァイナが用意した服を着ているので、魔王国仕様である。
緑色の光沢のある生地のワンピースだ。アシンメトリーの凝ったデザインだった。
というわけで、屋敷へ向かうのは、わたしを含めて五人。
会話を続ける自信がない。
メルヴァイナとライナスは別行動。イネスとミアも止めておくと別行動。
「早くしろ」
グレンは既に外に出ようとしている。
「行きましょうか」
コーディがわたしに手を差し出してくる。エスコートしてくれるのだろう。
わたしはその手を取った。
「とてもよく似合っています」
爽やかな笑顔で褒めてくれる。習慣的な社交辞令ということはわかっているが、何も言ってくれないよりはいい。
コーディの緑の瞳が目に入る。いつ見ても、きれいな瞳の色だ。
今日のワンピースは彼の瞳の色に合わせたようだ。
そういえば、アリシアはわたしがコーディを好きだと誤解していた。
外には既に馬車が待機している。
屋敷までは馬車で向かうのだ。
距離があるからということの他に、馬車で乗り付ける方が見栄えがよく、それなりに扱ってもらえるからであるらしい。
馬車は箱型で、ゼールス伯爵家の馬車よりはシンプルだが、多分、一般的な平民が乗るような馬車ではないだろう。
そんな馬車に乗り込む。前方にグレンとティム、後方にわたしを挟んでコーディとリーナ。
何を話していいかわからない。話していいのかもわからない。
なので、馬車の走る音だけがよく聞こえる。
この雰囲気は久しぶりである。
そんなにうるさくするものではないのかもしれないし、必要もないのかもしれない。
それでも、元の世界の学校で、一人孤独に過ごしているような、どうにも居たたまれない気になってくる。
「あの……これから会う方は、どのような方なのでしょうか?」
そんなわたしにかわいい声が届く。わたしの袖を軽く摘まんで、リーナは不安そうな表情を浮かべている。
「リーナ……えっと、これから会うのは、アリシアさんといって、とても優しくて、綺麗な女性なの。だから、大丈夫。メル姉がいなくても、わたし達だけで十分よ」
「はい」
「メイはアリシア嬢ととても仲がいいのですね」
コーディが話に入ってくる。
「そうなんです。羨ましいですか?」
「そうですね」
「アリシアさん、美人だから」
「メイ、あなたも美しいです」
コーディはさらっとそんなことを言ってくる。わたしに美しいなんて言う人は初めてだ。
社交辞令に決まっているので、何とも言えない気持ちになってくる。
素直には受け取れない。
「あ、ありがとうございます」
かすれた声が出た。
ますます居たたまれなくなってきたところで、馬車が停車した。到着を御者が知らせてくる。
着いたら着いたで、不安なことはある。
約束もなしに、屋敷に入れてもらえるのか。
グレンとコーディがいるので、何とかなりそうな気はするのだが。
この屋敷を出て、随分と経った気がする。感覚的には1年ぶりのような気さえする。
馬車を降りると、すぐに屋敷内へと通される。
止められるかと思っていた。
どうも既にわたし達の訪問が連絡されていたように思う。
玄関ホールは以前、魔獣が窓を突き破って、襲ってきた場所だ。
玄関ホールの窓ガラスも修理され、全く、痕跡はなくなっている。
案内されたのは、ここに初めてコーディと訪れた時と同じ応接室だ。
応接室で待っていると、やってきたのはアリシアではなかった。
現れたのは、ゼールス卿だ。
彼が向かいに腰を掛ける。
記憶のままのゼールス卿だった。
「始めに、ご無事で何よりでございます。アリシアに会いに来られたとのことなのですが、生憎と、アリシアは体調を崩しております。申し訳ございませんが、お引き取り願えませんか」
ゼールス卿は一方的に話す。
要は、アリシアとは会わせられないということだ。
もしかして、アリシアがグレンを好きだということが知られ、反対されて、会わせてもらえないとか?
本当に体調が悪い可能性もないわけではない。
「かなり悪い状態なのでしょうか?」
コーディがわたしの聞きたいことを聞いてくれた。
「いいえ、医者の話では、休んでいれば良くなるとのこと、ご安心ください。ご心配をお掛けして申し訳ないくらいでございます」
風邪か何かだろうか。怪我ではないので、治癒魔法は意味がない。
アリシアに会えないのは残念だが、仕方ない。
本当にちょっと体調が悪いだけなら、また、明日以降に出直そう。
わたし達はゼールス卿の屋敷を後にした。




