58話 わたしの味方
大聖堂前の広場に戻ると、メルヴァイナとライナスはすぐに見つかった。二人は良くも悪くもよく目立つ。
そして、全然、人のことが言えなかったのも事実だった。
「聖女様!」「癒しの聖女様!」「聖女様!」
と、人が集まってくる。
わたしに注目しないでほしい。
魔王を聖女と呼ばないでほしい。
精神的なダメージが2倍になりそうだ。
街に入って、気付いたのは一人だけだったから、気にしていなかった。
それにわたしの顔を知っているのはあの場にいた一握りの人だ。
それも一ヵ月以上経っている。
ほとんど、忘れ去られていると思っていた。
「”癒しの聖女様”って有名なのですね。その辺りの人間に聞けば、すぐに教えてくれました」
メルヴァイナが近くで囁いてきた。
人が集まったのは、メルヴァイナのせいなのではないか……
わたしはただ、引き攣っているかもしれない笑みを浮かべていた。
この町の人達は、ずっと、このセイフォードにいてほしいとか、そういうことを言っている。
それに答えることは絶対にできない。
不意に手を握られた。
「メイ、行きましょう」
コーディの声が聞こえた。
「彼女は疲れています。申し訳ありませんが、通してください」
コーディが強い口調で言い放つ。
「おい、邪魔だ、退け」
グレンの怒鳴り声がする。
コーディに連れられ、走り出す。
「大変だったわね」
わたしの隣で走るイネスに声を掛けられた。
「ボク達が守るからね、メイ」
イネスとは逆側からはミアが。
わたしはなんだか、うれしくなった。
集まった人達の輪から脱出したわたし達は、細い路地に逃げ込んでいた。
後ろを見ても、もう、誰も追っては来ていない。
コーディが立ち止まる。
コーディとずっと手を繋いだままだった。迷子になりそうな子供の手を引いているように見えていそうで、恥ずかしくなる。
繋いだ手を離す。
「ありがとうございます。助かりました」
赤くなっているかもしれない顔を隠すために、頭を軽く下げていた。
「急に走らないでよぉ。疲れてしまうわぁ」
メルヴァイナがそう言いながら、ゆっくりとこの路地を進んでくる。
メルヴァイナは全然、走っても余裕で、それくらいで疲れるとも思えない。
先にこのセイフォードに来ていたリーナとティムとも合流していた。
メルヴァイナの後ろには、ライナスの他、リーナとティムもいる。
「紹介がまだだったわね。この子は、私の妹、リーナ・メレディスよ。それと、ティム・モリス」
メルヴァイナの紹介を受け、リーナがスカートの裾をつまみ、簡単な挨拶をする。
ティムは特に何もしない。そっぽを向いている。
「これをどうぞ」
リーナが小さなかわいい声で言い、わたしに布のようなものを差し出してくる。
それを受け取り、広げる。ショールのようなものだった。メルヴァイナの髪のような薄紫色で、繊細そうな刺繍が施されている。
「とりあえず、それでも被っておくといいわ」
メルヴァイナは何でもないように言うが、多分、かなり高価だ。使うのに躊躇われるくらい。
「私がやってあげるわ」
メルヴァイナがわたしの手から薄紫の布を取ると、わたしに被せる。
「ちょっとはましだと思うわ。じゃあ、行きましょうか。宿は取ってきたわ。昨日のところよりいい宿よ。あなた達の部屋も取ってあるわ。お金は気にしないでね。私達が依頼しているんだから」
メルヴァイナは一人、路地を出ようと歩き出す。
「聞きたいのだけれど、魔王に捕らわれていて、どうしてお金を持っているのかしら?」
イネスが疑問をぶつける。
「向こうでこちらのお金は使えないでしょう。それに、私はこれでも名家の出なのよ。治癒術師でもあるわ」
メルヴァイナは一切、困ることなく、すらすらと言ってのける。
しかも、言っていることに嘘はない。
メレディス家は魔王国の名家である。ヴァンパイアという種族内ではトップに君臨する。
「そう」
疑問は解けたのかよくわからないが、イネスはそれだけ言った。
「もういいなら、行くわよ。宿でゆっくりしたいわぁ」
わたしが疑問を挙げるなら、捕らわれていたという割に、元気すぎるということだ。
悪逆の魔王の下で捕らわれていたなら、もっと悲壮感があってもいい。
今のわたし達にはどこを探しても、悲壮感はない気がする。
「メイ、行くわよ。今度は私が手を繋いでいてあげるわね。リーナも」
メルヴァイナがわたしとリーナに手を差し出してくる。
わたしはわたしに差し出されたその手を払い、
「メル姉、子ども扱いしないでください。さっきもちょっと、恥ずかしかったくらいなのに」
と、文句を言った。
でも、まるで、姉と兄ができたみたいだ。
リーナとミアは妹がいい。
今は一人ではないのだと思う。
きっと、一人だったら、こんな未知の世界で耐えきれなかった。
まだ、この世界で頑張らなければならない。元の世界に戻るまで。




