57話 コーディとの約束
コーディと共に、お肉料理の店に入る。
店の中は割と混んでいて、1つだけ空いていたテーブルに着く。
「これで、約束は守れました。守れないかもしれないと諦めていましたから」
「……そうですね。僕もこのような機会は来ないと思っておりました」
「わたし達二人だけで食事を取るのは、このセイフォードに向かう途中以来ですね。かなり前のことのように思います。まだ、二ヵ月も経っていないなんて信じられないくらいです。ここに着いて、すぐに別れるのだと思っていましたし」
コーディにもすっかり慣れたものである。
彼には悪いけど、最初は苦手だった。あの時は二人きりだと、緊張してトイレに行きたくなった。彼は本当に優しくて、いい人なのだと、それはちゃんとわかっている。
「……本当に、申し訳ありませんでした」
彼が急に謝ってくる。
「え?」
彼の謝罪の意味がわからない。
「この町で別れていれば、あなたが怖い思いをすることはありませんでした。全て、僕の責任です。謝罪で償えるものでないことは分かっております。また、あの門の向こうへ行くのなら、僕は僕の命に賭けてもあなたを護ります」
意味はわかったが、そんなことを言われても困る。
心苦しい。
彼は何も悪くない。
「ついて行くことを決めたのはわたし自身です」
むしろ、わたし自身が一番悪い気がする。
何せ、わたしは魔王なのだ。誰もわたしを魔王なんて思わないだろうけど。
「いいえ、悪いのは僕です。グレンのことは、責めないでいただきたいのです」
「? グレンを? グレンは悪い人ではないと思います。友達にはなれないかもしれませんが」
グレンより、わたしの方が悪者かもしれない。
「グレンも責めるつもりなんてありません。わたしは大丈夫です。こうして、無事です。それに、今は、グレンが向こうで騒ぎを起こしていないかの方が心配です」
コーディが笑い声を零す。
「確かにその通りです」
「それでいいんですか?」
「グレンなら、もう大丈夫でしょう。ここに来るまでに、色々とありましたから」
「そういえば、小さな村に滞在していたと聞きました。慣れたということですか?」
「そうかもしれません。大雨に降られ、服が濡れてしまい、村の方の服を貸していただいておりましたし、野営も致しましたので」
「ええ!? グレンが!? 大人しく、それを着たんですか!? 信じられない」
思わず、割と大きな声が出てしまった。
そのグレンを見たかったかもしれない。
「そこまで、驚かなくても……」
ちょっと、コーディが呆れていた。
「ごめんなさい、つい。想像できなくて」
「僕も実は、違和感がありました」
共犯者のように、わたし達は笑みを浮かべていた。
注文していた料理が到着し、テーブルに並べられる。
今回のものは、前のように焼いた肉が盛られているというものではなかった。
この店の一番のおすすめ料理、何かを肉でくるんであるものが3つ、お皿に載っている。
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる、というものだ。
我慢できずに、早速、手を付ける。元の世界で料理の写真を取ろうと思って、忘れて食べてしまったことが何度もあったことを思い出す。
この国では、食べる前に、いただきますを言ったり、お祈りしたりする習慣はないらしい。
それでも、食べ終われば、おいしかったとか、何か一言添える。
1つを割ると、中から、肉汁が出てきて、野菜と肉を混ぜ合わせたものが詰まっている。
見た目は不格好でも、おいしい。おすすめのお店なだけある。
料理を堪能していると、
「メイ、食事中に、申し訳ありません」
コーディがナイフとフォークを置き、真剣な目をわたしに向けている。
「いえ、大丈夫です」
何か重要なことでもあるのかと、わたしもナイフとフォークを置く。
「メイ、魔王の元に捕らえられている方々を助けた後は、どうされるのでしょうか? その、もし、よろしければ、僕達と王都に来ませんか」
「わたしは、王都には行きません。故郷に戻りたいと思っています。別れるのは、寂しいですが」
「……そう……なのですね……」
コーディが視線を落とす。
コーディも寂しいと思ってくれているのだろう。
「コーディはこれから、王都で騎士を目指すんですか?」
せっかくの食事、暗い雰囲気は嫌だ。
「僕の実力は全然足りないのだと思い知らされました。騎士を目指すつもりですが、より実力をつけたいと思っております」
「それなら、わたしの先生に習うのもいいんじゃないですか。先生は本当に強いんです」
ちょっと、失礼だったかと思うが、ドレイトン先生はコーディよりずっと年上だし、経験が違うのは当たり前だ。
「イネスに話されていた方でしょうか?」
イネスも騎士を目指すというなら、いっそ、魔王国に誘ってみればどうだろう?
魔王国では女騎士もいる。女性だけでなく、人間ではない騎士もいるが。
王国で騎士になることに意味があるというのなら、無理は言わない。
魔王国に留まってくれたら、心強いなとは思う。
「そうです。その人です」
「立派な方なのでしょう。僕などより、ずっと」
彼は自分を卑下するように言う。口調も表情も心なしか暗い。
剣術はすごいが、女好きのどうしようもない人だ。
コーディはドレイトン先生のことを何も知らない。わたしもあまり知っているとは言えないが、人より力の強い種族が多くいる魔王国で技術を磨いてきた。彼が強いのは当たり前だ。皆が女好きのどうしようもない人だといい、彼自身もそういうけど、本当は”どうしようもない人”ではない。女好きは否定しない。
コーディの努力は知っているし、実際、彼は強いと思う。相手が悪すぎただけだ。
といっても、いくら努力しても、駄目な場合もあるのは事実だ。わたしも剣術の訓練はしているが、程度が知れている。
そんなわたしでも、挫折したメルヴァイナにあっけなく負けたのはちょっとショックだった。
話題を間違えた。彼にこんな話をするべきじゃなかった。
雰囲気がさらに暗くなった気がする。
わたしは明るい雰囲気でおいしく食事がしたい。
「先生は五十代で、ずっと剣術の腕を磨いてきた人です。ライナスやメル姉の先生でもあるんです」
「その方に習ってみるのも、いいかもしれません。もしかすると、その方は、フィンレー・テレンス・ドレイトン様ですか?」
多分、持ち直しただろうコーディが興味深げに聞いてくる。
「そうです。グレンの伯父さんです」
「本当に、ご健在なのですね。ですが、軟禁されているのでしょうから、早く王国に連れ戻さなくてはなりません」
「あっ、は、はい。そう、早く助けなくては」
墓穴を掘った気分だった。
余計なことを言わなければよかった。また、嘘を吐く羽目になった。
「あの、明日、アリシアさんに会いに行きたいと思っているんです。入れてもらえるかはわかりませんが」
「それでしたら、僕も行きましょう」
「本当ですか!? ぜひ、お願いします。それで、もう一つ、お願いがあるのですが、グレンも誘ってもらえませんか?」
「グレンですか?」
「アリシアさんがグレンに会いたいと思うので。連れて行こうかと」
「なるほど。わかりました。グレンには僕から話しておきます」
「ありがとうございます。では、食事の続きを」
わたしはナイフとフォークを持ち、再び、食べ始めた。
ちょっと冷めてしまったが、十分おいしかった。満足だ。
お店を出ると、既に三人が木の下で待っていた。




