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魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ③
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56話 セイフォードの思い出

翌日、転移魔法で、セイフォードの近くまで転移した。

わたしは使えないので、ライナスの転移魔法で。

王国で転移魔法なんてないはずなので、いいのかなと思いはしたが、すでに一度使っているので、聞かれなければ、わたしから言うことはやめようと思う。

治癒魔法より珍しい魔法とでも思っておいてもらえればいい。

「準備も何も、この魔法で魔王の元へはあっという間じゃないのか」

転移先、すでにセイフォードの町が見えている街道でグレンが言う。

「言ったでしょう。制約があるって。確かに向こうまではすぐに行けるわ。そこから目的の場所までは自分の足で行く必要があるのよ」

それには、メルヴァイナが答える。

「出発は今日から5日後の朝だ。それまで休息を取るといい。準備は全て、私達が行う」

ライナスが反論を許さないというように、言い放つ。

本当は準備なんかない。

セイフォードにはわたしが行きたいと頼んだ。

次に来られるかはわからないのだ。

それに、コーディとの約束を果たしていないことを思い出した。

お昼に食事に行ったとき、グレンと揉めて、コーディは食べられなかったから、別のところに食べに行こうと言っていたのだ。

コーディには短剣も返そうと思っている。

そういえば、彼はこの国の第6王子だ。きっと。

短剣は彼の父親である国王が贈ったものではないかと思う。

わたしも名前だけとはいえ、王なのだが……

よく緑眼の王子を生贄にしたものである。彼が王位を継承することはないということなのだろう。

多分、コーディはその話をされたくないだろうから、しない。

後は、アリシアに会えるのであれば、会いたい。

グレンも連れて行こう。

今日から実質、休みだ。

あれこれとすることを考えていれば、町への入口に着いていた。

重厚な門を通り、街の大通りを進む。

立派な門や防御壁は魔獣騒ぎの時には役に立たなかった。

それでも、街はすっかり日常を取り戻している。魔獣が暴れた形跡は見えない。

大通りは人通りが多く、賑やかだ。馬車も多く行き来している。

わたし達は町の中心にある大聖堂を目指した。

大きな町だけあって、歩くと結構な距離がある。見えている大聖堂は、一見、近そうに見えるが中々着かない。

ようやく、大聖堂の前の広場へと辿り着いた。

懐かしいというより、思い出したくない場所である。

「癒しの聖女様!」

ふいにそう呼ぶ声がわたしの耳に入った。

うん、すっかり忘れていた。そんなふうに呼ばれていたことを。

恥ずかしいから、本当に止めてほしい。

しかも、わたしはそんな立派なものではない。

そもそもわたしはそれとは真逆のような、魔王である。

聖女と呼ばれる魔王って、どうなんだろう。

後で絶対にメルヴァイナ辺りに揶揄われそうだ。

わたしからすれば、リーナの方が聖女という気がする。

治癒魔法は使えるし、優しい。白い服を着て、ヴェールなんて被っていれば完璧である。

本当は魔王四天王の一人であるが。(わたしが勝手に言っている。)

今はわたしが何か被りたい。

本当に”聖女”なんて、呼ばないでよー!

心の中で叫んだ。

わたしに呼びかけたのは、白髪の老婦人だった。

見たことのある人だ。

戦いの後、再度訪れた大聖堂の中で会った人だった。

「こんにちは。息子さんはお元気ですか?」

「ええ、もちろんです。聖女様、本当にありがとうございました」

申し訳なくなってくるぐらい、彼女はわたしに感謝してくれた。

感謝されるだけ、救えなかった人達への罪悪感が湧く。

広場に並んだ死体が思い出される。

魔王の力でも死者は戻らない。

広場には未だに死体が寝かされているように思ってしまう。

実際にはそんなことはない。既に埋葬されているはずだ。

ふと、わたしを庇って人攫いに殺された女性の姿が頭に浮かぶ。

「メイ」

コーディの優しい声がわたしの名前を呼んだ。

暗い顔をしてしまっていたのかもしれない。

「大丈夫です。少しでも、多くの人が助かってよかったですし」

「そう、ですか。僕でよろしければ、悩みでも何でもお聞きします」

「それなら、これから、食事に行きましょう。前に約束していましたので。今度こそ、邪魔されずに」

「はい、そうですね。行きましょう」

「メイ、それはいいけど、私達は別行動をするわね。2時くらいにまた、ここで合流するわ。遠くには行かないでね。町の外にも出てはだめよ」

メルヴァイナがそう言うと、ライナスを連れてそそくさと歩いて行ってしまった。

もしかして、気を使ってくれたのだろうか。

わたしが彼らと一緒に過ごせるように。

彼らを魔王城に連れて行った後、彼らとはまた、別れがある。

その時はすぐに来る。後、一週間もしない内だ。

でも、今は、そんな別れのことを考えても仕方ない。

「じゃあ、行きましょう!」

「メイ、行く場所は決まっているのかしら?」

イネスは相変わらずの単調な口調だが、乗り気なように感じる。

「それは、まだ、これから、です」

「それなら、ボク、おいしい店を前に聞いておいたので、そこに行きませんか?」

ミアがピョコっと、イネスの後ろから出てきた。目をキラキラさせて、期待の眼差しを向けてくる。

そんな目で見つめられると、嫌とは絶対に言えない。

特に絶対に行きたい店があるわけではないので、反対する理由もない。

「もちろん、行くわ」

それ以外に答えはない。

「グレンはどうするのよ? 来るなら、前のようなことは止めて」

イネスは無愛想な口調をグレンにぶつけている。

「行く」

グレンは吐き捨てるようにそれだけを言うが、それ以上は言わない。

やっぱり、随分、変わったと思う。

この一ヵ月、彼らはどうしていたんだろう。

村にいたということだから、高級な宿もない。

もう、慣れたということだろうか。それとも、我慢することを知ったのだろうか。

「じゃあ、今度こそ、行きましょう。ミア、そのお店って、どこにあるの?」

「ボクが案内します!」

ミアが胸を張る。

ミアが向かう先は、職業紹介所のある方とは違う方向で、大通りから外れる。

それでも、馬車一台くらいなら通れる道幅があり、人が行き交い、雰囲気も明るい。

進んでいくと、小さな広場があり、その中心には葉を茂らせた木が植わっている。

ミアはその木の下で立ち止まる。

どこからともなくおいしそうな匂いが漂ってくる。

途端にお腹が減ってくる。

「ええーと、そのボクが聞いたおいしい店は二店あるんです。お肉料理とお魚料理があります。どちらがよろしいでしょうか? お店はあっちとそっちです」

「メイが決めて」

イネスがそう言ってくる。

そう言ってくれるなら、遠慮はしない。

「わたしはお肉がいいです」

「わかりました。では、メイとコーディ様はお肉料理の店に行ってください。ボク達は、お魚料理の店に行きます」

「魚がいいなら、わたしも魚でいいわよ、ミア」

「だ、大丈夫。メイは肉の方に行って」

「気にしなくていいのよ、ミア。せっかくだから、皆で食べよう」

「あ、う、その……」

ミアは顔を背け、何が言いたいのかよくわからないことを言う。

「本当は両方食べたいところだけれど、せめて、メイとコーディには肉料理の感想を聞かせてほしいのよ」

イネスは、先ほどと変わらず、不愛想な口調だ。

誤解されそうに思うけど、彼女は優しくて、いい人だ。笑顔なら、より綺麗だろう。

「わかりました。それなら。コーディ、行きましょう」

「はい、メイ」

コーディの返事を聞くと、空腹なわたしはお肉料理の店に早歩きで向かった。

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