56話 セイフォードの思い出
翌日、転移魔法で、セイフォードの近くまで転移した。
わたしは使えないので、ライナスの転移魔法で。
王国で転移魔法なんてないはずなので、いいのかなと思いはしたが、すでに一度使っているので、聞かれなければ、わたしから言うことはやめようと思う。
治癒魔法より珍しい魔法とでも思っておいてもらえればいい。
「準備も何も、この魔法で魔王の元へはあっという間じゃないのか」
転移先、すでにセイフォードの町が見えている街道でグレンが言う。
「言ったでしょう。制約があるって。確かに向こうまではすぐに行けるわ。そこから目的の場所までは自分の足で行く必要があるのよ」
それには、メルヴァイナが答える。
「出発は今日から5日後の朝だ。それまで休息を取るといい。準備は全て、私達が行う」
ライナスが反論を許さないというように、言い放つ。
本当は準備なんかない。
セイフォードにはわたしが行きたいと頼んだ。
次に来られるかはわからないのだ。
それに、コーディとの約束を果たしていないことを思い出した。
お昼に食事に行ったとき、グレンと揉めて、コーディは食べられなかったから、別のところに食べに行こうと言っていたのだ。
コーディには短剣も返そうと思っている。
そういえば、彼はこの国の第6王子だ。きっと。
短剣は彼の父親である国王が贈ったものではないかと思う。
わたしも名前だけとはいえ、王なのだが……
よく緑眼の王子を生贄にしたものである。彼が王位を継承することはないということなのだろう。
多分、コーディはその話をされたくないだろうから、しない。
後は、アリシアに会えるのであれば、会いたい。
グレンも連れて行こう。
今日から実質、休みだ。
あれこれとすることを考えていれば、町への入口に着いていた。
重厚な門を通り、街の大通りを進む。
立派な門や防御壁は魔獣騒ぎの時には役に立たなかった。
それでも、街はすっかり日常を取り戻している。魔獣が暴れた形跡は見えない。
大通りは人通りが多く、賑やかだ。馬車も多く行き来している。
わたし達は町の中心にある大聖堂を目指した。
大きな町だけあって、歩くと結構な距離がある。見えている大聖堂は、一見、近そうに見えるが中々着かない。
ようやく、大聖堂の前の広場へと辿り着いた。
懐かしいというより、思い出したくない場所である。
「癒しの聖女様!」
ふいにそう呼ぶ声がわたしの耳に入った。
うん、すっかり忘れていた。そんなふうに呼ばれていたことを。
恥ずかしいから、本当に止めてほしい。
しかも、わたしはそんな立派なものではない。
そもそもわたしはそれとは真逆のような、魔王である。
聖女と呼ばれる魔王って、どうなんだろう。
後で絶対にメルヴァイナ辺りに揶揄われそうだ。
わたしからすれば、リーナの方が聖女という気がする。
治癒魔法は使えるし、優しい。白い服を着て、ヴェールなんて被っていれば完璧である。
本当は魔王四天王の一人であるが。(わたしが勝手に言っている。)
今はわたしが何か被りたい。
本当に”聖女”なんて、呼ばないでよー!
心の中で叫んだ。
わたしに呼びかけたのは、白髪の老婦人だった。
見たことのある人だ。
戦いの後、再度訪れた大聖堂の中で会った人だった。
「こんにちは。息子さんはお元気ですか?」
「ええ、もちろんです。聖女様、本当にありがとうございました」
申し訳なくなってくるぐらい、彼女はわたしに感謝してくれた。
感謝されるだけ、救えなかった人達への罪悪感が湧く。
広場に並んだ死体が思い出される。
魔王の力でも死者は戻らない。
広場には未だに死体が寝かされているように思ってしまう。
実際にはそんなことはない。既に埋葬されているはずだ。
ふと、わたしを庇って人攫いに殺された女性の姿が頭に浮かぶ。
「メイ」
コーディの優しい声がわたしの名前を呼んだ。
暗い顔をしてしまっていたのかもしれない。
「大丈夫です。少しでも、多くの人が助かってよかったですし」
「そう、ですか。僕でよろしければ、悩みでも何でもお聞きします」
「それなら、これから、食事に行きましょう。前に約束していましたので。今度こそ、邪魔されずに」
「はい、そうですね。行きましょう」
「メイ、それはいいけど、私達は別行動をするわね。2時くらいにまた、ここで合流するわ。遠くには行かないでね。町の外にも出てはだめよ」
メルヴァイナがそう言うと、ライナスを連れてそそくさと歩いて行ってしまった。
もしかして、気を使ってくれたのだろうか。
わたしが彼らと一緒に過ごせるように。
彼らを魔王城に連れて行った後、彼らとはまた、別れがある。
その時はすぐに来る。後、一週間もしない内だ。
でも、今は、そんな別れのことを考えても仕方ない。
「じゃあ、行きましょう!」
「メイ、行く場所は決まっているのかしら?」
イネスは相変わらずの単調な口調だが、乗り気なように感じる。
「それは、まだ、これから、です」
「それなら、ボク、おいしい店を前に聞いておいたので、そこに行きませんか?」
ミアがピョコっと、イネスの後ろから出てきた。目をキラキラさせて、期待の眼差しを向けてくる。
そんな目で見つめられると、嫌とは絶対に言えない。
特に絶対に行きたい店があるわけではないので、反対する理由もない。
「もちろん、行くわ」
それ以外に答えはない。
「グレンはどうするのよ? 来るなら、前のようなことは止めて」
イネスは無愛想な口調をグレンにぶつけている。
「行く」
グレンは吐き捨てるようにそれだけを言うが、それ以上は言わない。
やっぱり、随分、変わったと思う。
この一ヵ月、彼らはどうしていたんだろう。
村にいたということだから、高級な宿もない。
もう、慣れたということだろうか。それとも、我慢することを知ったのだろうか。
「じゃあ、今度こそ、行きましょう。ミア、そのお店って、どこにあるの?」
「ボクが案内します!」
ミアが胸を張る。
ミアが向かう先は、職業紹介所のある方とは違う方向で、大通りから外れる。
それでも、馬車一台くらいなら通れる道幅があり、人が行き交い、雰囲気も明るい。
進んでいくと、小さな広場があり、その中心には葉を茂らせた木が植わっている。
ミアはその木の下で立ち止まる。
どこからともなくおいしそうな匂いが漂ってくる。
途端にお腹が減ってくる。
「ええーと、そのボクが聞いたおいしい店は二店あるんです。お肉料理とお魚料理があります。どちらがよろしいでしょうか? お店はあっちとそっちです」
「メイが決めて」
イネスがそう言ってくる。
そう言ってくれるなら、遠慮はしない。
「わたしはお肉がいいです」
「わかりました。では、メイとコーディ様はお肉料理の店に行ってください。ボク達は、お魚料理の店に行きます」
「魚がいいなら、わたしも魚でいいわよ、ミア」
「だ、大丈夫。メイは肉の方に行って」
「気にしなくていいのよ、ミア。せっかくだから、皆で食べよう」
「あ、う、その……」
ミアは顔を背け、何が言いたいのかよくわからないことを言う。
「本当は両方食べたいところだけれど、せめて、メイとコーディには肉料理の感想を聞かせてほしいのよ」
イネスは、先ほどと変わらず、不愛想な口調だ。
誤解されそうに思うけど、彼女は優しくて、いい人だ。笑顔なら、より綺麗だろう。
「わかりました。それなら。コーディ、行きましょう」
「はい、メイ」
コーディの返事を聞くと、空腹なわたしはお肉料理の店に早歩きで向かった。




