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魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ③
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55話 わたしの罪

ああー、憂鬱。


わたしはベッドに突っ伏していた。

いつもの豪華なベッドではない。すっかりその大きくて豪華なベッドの方が標準になっていた。

豪快に突っ伏すと少し痛かったので、後悔した。

ここはもう、魔王国ではない。王国に戻ってきたのだ。

今いるのは、ある町の宿の一室。町の名前は聞くのを忘れていた。

ライナスとメルヴァイナは勇者達を探しに行き、わたしとリーナとティムはお留守番である。町からは出ないように、また、宿から出るときは必ず、リーナかティムと一緒にいるように言われている。

わたしには、むしろ、ライナスとメルヴァイナの方が大丈夫かと思う。

人間じゃないのがばれないようにしてほしい。本当に!

そういう意味では、わたしも行った方がよかったのではないだろうか。

わたしは異世界人だが、少なくとも、彼らよりは王国に長くいたのだ。

しかも、元人間だ。元人間……うぅ、悲しくなる……

ばれたから消すとか言われたら、どうしよう……

それに、わたしの憂鬱の原因はそれだけではない。

勇者達には嘘を吐いて、魔王国へ来てもらわなければならない。

もう、いっそ、わたしが魔王だと言った方が……

やっぱり、言えない、それは。

想像しただけで、ベッドの上で転げまわってしまう。

そもそも、笑われないまでも、確実に冗談だと思われるだろう。

しかも、万が一、本当だと思われても、勇者の旅に魔王が同行していたことになる。

彼らに責められるのは辛い。

ああ、どうしたって、辛い……

こういう時は、おいしい物を食べて、寝るのが一番だ。


夜遅くにライナスとメルヴァイナが戻ってきた。

一室に五人、部屋がさらに狭く感じる。

ライナスとメルヴァイナは既に勇者達四人と会ったのだという。

「彼らは元気そうでした?」

「ええ、元気そうでしたよ。それと、メイさま。メイさまはもうお聞きですか? 近くの村で村人が全滅したことなのですが」

「え、全滅? 知りませんけど、何があったんですか?」

「そこまではわからないのですが、私達も見てきました。全員、殺されていました」

「魔獣ですか? わたしが王国にいたときにも、町が襲撃されました」

「さすがにそこまではわかりません。そういうこともあって、軍が到着するまで村に留まってほしいと頼まれました」

わたしは少し違和感を感じた。

危険だから、村に留まるように言ってくれることはあるかもしれない。

でも、頼まれたって?

「ん? メル姉、どうしてそういう展開になったんですか!?」

「えーと、人間じゃないことは気付かれていませんよ。それは安心してください。そうなれば、怖がって、頼んできたりしないでしょう」

「それはそうですけど。どうして、頼まれたんですか?」

「実は、”黒い剛腕の女”に勇者パーティの二人と村の人間が襲われているところに立ち会ったんです。ライナスが割り込んで、その女は逃げて行きました」

「……え? え?」

「真っ黒のドレスを着た女が、勇者パーティの男二人を圧倒していたのです。さすがに、私やライナスほどではありませんでしたが、ライナスが腕を切り落としても、悲鳴も上げなかったのです」

男二人ということはグレンとコーディだろう。

あの二人は人間では結構強かったと思う。町の警備隊にも引けを取っていなかった。

人間じゃない視点で考えていることに悲しくなってくる。

「その女性は人間ではなかったんですか? もしかして、魔王国の?」

「魔王国は関係ないと思いますよ。私達は何も聞いておりません。人間にあんなに強い女がいるんだと感心したくらいですから。そういうことがありまして、頼まれたんですよ」

「村に留まるのは長くて3日だ。その後、勇者パーティの四人をこの町まで連れてくる」

ライナスはうんざりしたような表情を見せていた。

「ライナス、その”黒い剛腕の女”と村人全滅については放っておくんですか?」

「それは私達の仕事ではない。この国の軍が片付けるだろう」

確かにそうだろう。

でも、いいのかな……

わたしは確実に役に立たないけど。

正直言って、こんな弱い魔王は嫌だ。

治癒魔法しか使えない魔王に価値はあるのか……

わたしも攻撃魔法が使いたい……

でも、今は、コーディに、イネスに、ミアに、一応、グレンにも会いたい。

「わかりました。もう、村に戻るんですか?」

「ああ。私達が言ったことは守るように。いいな?」

「はい」

「それと、私とメルヴァイナの方があの勇者より強いということになっている。勇者に依頼するときは気を付けろ」

「わかりました」

「それでは、メイさま。ああ、そう言えば、グレンとコーディでしたっけ? あの二人、かわいいですね。コーディには好きな子がいるみたいで残念。グレンって子はもらっちゃおうかしら」

「もう、メル姉」

「ふふ、おやすみなさい、メイさま。リーナとティムはしっかりメイさまを護ってね。任せたわよ」

二人は部屋を出て行った。

「明日はどうするんだ? どうせ、することなんかないだろうがな」

ティムが面倒そうに聞いてくる。

「朝、剣術の稽古をして、後は部屋に籠ってる」

「そうか。じゃあな」

ティムが部屋を出ていく。

「メイ様、おやすみなさい」

リーナも小さな声でそう言うと、ティムについて出て行った。


翌日は、ティムに言った通りに過ごした。

偶にはこんな日があってもいいと自分に言い訳して、だらだらと過ごしていた。

案の定、ライナスとメルヴァイナはこの日、戻ってはこなかった。

彼らが戻ったのは、その翌日、夕方近くだった。

ベッドの上でごろごろしているときに、ライナスとメルヴァイナがわたしの部屋を訪ねてきた。

わたしは飛び起き、ドアを開けた。

「メル姉! ライナス! 連れてきたんですか!?」

「はい、メイさま。もちろんです」

「私達が呼ぶまで、ここで待っていろ。しっかり役目を果たせ」

「はい、がんばります」


待っているように言われたが、居ても立っても居られず、余分に取っていた部屋に向かった。

転移魔法はこの部屋へと繋げてある。

耳を澄ませると、聞き覚えのある声が中から聞こえた。

間違いなく、彼らだ。

別れてから、もう一か月以上経つ。

宰相の言う通り、彼らは無事だった。ちゃんと王国に戻れた。もう生贄にならなくていい。

なのに、もう一度、彼らを魔王国へ連れて行かないといけない。

魔王国は地獄ではないし、酷いところでもない。わたしは魔王国の方が正直、快適だった。

そう考えられることは救いだった。

それよりも、何より、彼らにちゃんと会いたい。

ドアに縋り付き、悪いとは思いながらも、聞き耳を立ててしまう。

わたしの名前が聞こえた気がした。

わたしは何度もドアをノックしていた。

急にドアが開けられ、わたしは部屋の中に倒れこんでしまった。

床に転げることを覚悟したが、そうならなかった。

誰かがわたしを受け止めた。

顔を上げて、その人物の顔を見た。

たったの一か月かもしれないが、とても懐かしいように感じる。

「コーディ!!」と彼の名前を呼んだ。

彼は変わっていない。

穏やかな笑顔をわたしに向けてくれていた。

ただ、彼の後ろには、三人いるはずだ。

わたしは彼の体越しに覗く。

イネスに、ミアに、グレン。彼らも全く変わっていない。

彼らは、じっとこっちを見ている。

ふいに、コーディに抱き締められたままという状況が恥ずかしくなってくる。

彼の迂闊さまでそのままだ。

嫌ではないし、彼がわたしを本当の妹のように大切にしてくれているのはわかっている。

少し体を動かすと、コーディはすぐに放してくれた。

コーディは単に倒れそうなわたしを助けてくれたにすぎない。

そうでなければ、体を床に打ち付けてかなり痛い思いをしたはずだ。

コーディにお礼を言おうとしたが、コーディを押しのけたイネスが見えた。

ミアが涙を浮かべて、わたしに抱き着いてくる。

ただ、うれしかった。

彼らが無事で、また、会えて。別れる前と同じように接してくれて。

わたしが魔王だということも忘れそうになるくらいに。

「メイ、どうしてここにいるんだ」

グレンの一言で、現実に引き戻された。

わたしはただ、再会を喜んでいるだけではいけない。

彼らに言わなくてはいけない。

彼らを騙すようなことを。

事実、嘘を吐いて、彼らを魔王国に連れていかないといけない。

話そうとしたところで、ドアが勢いよく開き、ビクッとなる。

メルヴァイナの声が聞こえた。

一応、待っていなかったことへの軽い注意はされるが、メルヴァイナにもライナスにも怒っている様子はない。

わたしはこれから話すのだと宣言した。

これで逃げられない。もう話すしかない。

わたしは魔王の元で軟禁されていて、逃げ出してきたと彼らに話した。

できるだけ嘘を言っていないはずだ。言い訳だけど。

もう、わたしの良心が痛んで仕方ない。罪悪感に本当に押しつぶされそうだ。

わたしは、さらに、残っている人の救出の協力をお願いした。

これは完全に嘘だ。救出を待っている人なんていない。

ドレイトン先生も今更、戻りたいとは願っていないような口ぶりだった。

きっと、コーディなら協力してくれるだろう。

彼は全く関係のない村人を助け、見ず知らずのわたしを助けてくれた。

あの時と同じ、わたしは最低なことをしているのだ。

嘘だと知ったら、わたしが魔王だと知ったら、彼らはわたしを軽蔑するだろう。

王国では魔王は悪の象徴だ。悪い印象しかない。

グレンには、戻るのは馬鹿だと言われてしまうが、正論だと思う。

無謀すぎる。偽物の魔王でも歯が立たないのだ。本物の魔王の方が弱いのは今はおいておく。

わたしとしては、それで、じゃあ、止めようと言われても困ってしまう。

わたしはさらに頼んだ。

わたしは何をしているんだろう……

彼らが断ってくるなら、それならそれでいいんじゃないか?

それなのに、

「僕が共に行きます。僅かでもできることがあるのでしたら、協力します」

コーディは協力してくれると言う。

申し訳なくて仕方ない。

イネスやミアも来てくれると言うのだ。

そして、グレンも。

わたしは彼らに危険が及ばないようにしないといけない。

わたしが魔王だというなら、それを利用して。

この話はこれで終わりだ。

この話を続ければ、わたしがもたない。

それで、わたしはずっと剣術の訓練をしていたのだと言った。

ドレイトン先生のことも調子に乗って少し話してしまった。

彼は剣術については、やっぱりすごいと思う。

イネスが褒めてくれるのは心地いい。

「明日、準備のために、セイフォードに向かうつもりです」

アリシアのいるこの辺りでは一番大きな町だ。

「今日はこの宿に部屋を取っています。貴族なのに、ここで申し訳ありませんが」

「そんなこと、気にしなくていいわ。もう、貴族だとは思っていないから」

イネスはあっさり受け入れてくれる。

「俺はもう休む」

グレンがぶっきらぼうに言ってくる。

グレンは意外にも、文句を言ったりしなかった。一番何か言ってくると思っていた。

心境の変化でもあったのだろうか。

全くないはずはないかもしれない。

わたしが協力を頼まなければ、この後、彼らはどうするつもりだったのだろう。

王都に帰って、これまで通り、過ごすのだろうか。

コーディは騎士になるという夢を叶えるつもりかもしれない。

イネスも騎士を目指すのかもしれない。かなり辛い道程になるだろう。

グレンはよくわからない。騎士学校に行っていたぐらいだから、コーディと同じく、騎士になりそうだ。

ミアは、家族の元に戻るだろう。

わたしのせいで、それは少し遅くなってしまう。

セイフォードに行った後、魔王国へ行き、その後の話になる。

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