54話 誓い
メイの話を聞こうというところで、ドアが勢いよく開けられた。
メルヴァイナが踊り込んでくる。その後ろにはライナスもいる。
「メイ、もぅ、だめでしょう」
「ごめんなさい、メル姉。つい……」
「私はいいけど」
「これから、経緯とお願いについて、話すつもりです」
「そう。じゃあ、頼むわね」
メイは僕達に視線を戻す。深く息を吸って、吐く。
「わたしは魔王の元で軟禁されていました。あっ、怪我は大丈夫でした。自分で治せます。そこで、同じく軟禁されていたメル姉とライナスに会ったんです。それと、後二人、別の部屋にいます。皆、治癒術師です」
メイは淡々と語る。
「一か月くらいそこにいました。それから、色々あって、何とか、五人で逃げ出せたんです。こっちには少し前に辿り着きました。なので、今、ここにいるんです。簡単に話すとそんなところです。本当はもっと色々あったんですけど、本当に長くなるのでその辺りは止めておきます」
「魔王は追ってきていないの?」
イネスが当然の疑問を投げかける。
「はい、そのはずです。メル姉とライナスは探知能力にも長けているので、その気配はないと聞きました。それに、魔王は容易にはこっちに来られないのではないかと思います」
メルヴァイナとライナスが軽く頷いている。
「それならいいのだけれど……」
「黒いドレスの女のことを気にしているのか? あれは魔王とは関係ないだろう」
ライナスはつまらなそうに言う。
「そう、かしら」
イネスは腑に落ちない様子だ。
「それで、続きを言え」
グレンは不機嫌そうにメイを促す。
「はい。わたし達は逃げ出せたんですが、まだ、向こうに残っている人達がいるんです。その人達を助けに行くつもりなんですが、協力してもらえないかと思って。他に頼める人がいないので」
「折角、逃げ出せたのに、また、戻るつもりか? 馬鹿じゃないのか?」
僕が言えないことをグレンが言う。
「それは……そうかもしれません。返す言葉はありません。それでも、約束したので……」
メイの表情は浮かない。
「止めておけ。お前に何ができる? わざわざ戻って、捕まれば、全くの無意味だ。捕まるだけなら、まだいいがな」
グレンの声が嫌に響く。
メイには安全なところにいてほしい。
危険なところへ行かないでほしい。
メイを失ってしまうのが怖い。
僕自身が死ぬことよりも、彼女が死んでしまうことの方がずっと辛い。
もう二度と会えなくなるなんて、考えたくない。
考えるだけで、胸が苦しくなってくるようだ。
彼女が生きてさえいてくれればいい。
そう思うにもかかわらず、僕はその言葉を飲み込んだのだ。
止めてほしいと言えなかった。
それは彼女の意思に反することだろう。
僕もきっと、そうするはずだ。見捨てられるはずがない。
見捨てれば、きっと、自分を許せない。
「……わかっています。それでも……抜け道も知っています。成功する可能性は高いと思います。だから、手伝ってください。こんなことを頼んで、悪いと思っています。でも……」
メイが辛そうな表情で懇願する。
僅かでも、僕が彼女の役に立てるなら……
僕がもっと強ければ、自信を持って、メイを護れた……
力のないことがもどかしい。
僕はメイといることを選ぶ。傍にいて、盾になってでも、必ず、護る。
「僕が共に行きます。僅かでもできることがあるのでしたら、協力します」
「コーディ……」
メイが僕を見つめてくる。思わず、目を逸らしてしまった。
「協力するわ。魔王の鼻を明かしたいしね。惨めに敗けたままは嫌だわ」
イネスは普段と変わらない淡々とした口調ながら、その熱情は伝わる。
「ボクも! ボクも行きます!」
ミアが意気揚々と言う。
「グレンはどうするの?」
「行けばいいんだろ」
嫌味を含んだイネスの言葉に、グレンは嫌そうな表情を貼り付けている。
「嫌々来なくていいのよ?」
「行くと言っているだろう」
彼らも来てくれると聞いて、正直、うれしいと思った。彼らのことも大事だ。彼らのことも失いたくない。
それでも、また、彼らと、メイと共にいられる。
不安はあるが、うれしいことも事実だった。
これが、魔王の元に向かうのではなく、ただの旅ならば、どんなにいいことだろう。
「ありがとうございます。無理を聞いてもらって。わたし、ずっと、剣術も訓練していたんです。いつか、イネスより強くなるかもしれません。わたしもだれかを護れるようになりたいから」
メイが先ほどとは違い、少し誇らしげに言っている。
「そうなのね。感心したわ。いずれ、倒してみなさい。相手になるわ」
「はい。まだまだなのはよくわかっているので、頑張ります。護られているだけなのは嫌だから」
メイが勢い込んで言う。
「ええ。それはよくわかるわ。一緒にがんばりましょう」
「もちろんです。それと、向こうで会った人に剣術を教わっていて、その人はまだ向こうにいるんです。その先生がすごく強くて、金髪碧眼の渋くてカッコイイ人でした」
「その先生にも会ってみたいわ」
「向こうで会えれば、紹介します」
メイと話しているイネスがちらっと僕を見た。
僕のことを気にしてくれているのだろう。
確かに、別の男の話を、しかも、その男が強くて格好いいと話されるのは面白くはない。
だが、先ほどよりもずっと、朗らかな様子のメイに、視線を奪われる。
彼女の笑顔をずっと見ていたいと思う。
例え、その、結婚などできなくても、できることなら、傍にいたい。
メイを護れるように強くなりたい。否、なってみせる。
彼女を絶対に失わせないと誓った。




