51話 村での一日 二
「それで? 今後のことというのは何かしら?」
話が聞こえないくらいまでメルヴァイナが離れてからイネスから声が掛かった。
僕とグレンで、ライナスとメルヴァイナの強さ、それに、そんな彼らが僕達を探していたこと、そして、共に来るように言われていることを話した。
ライナスが強いということは、僕達との手合わせを見ていたのである程度はわかるだろう。
「あの二人、一体何なのよ」
イネスがぽつりと漏らす。
「俺達にわかるわけがないだろう!」
グレンが不機嫌そうに怒鳴る。
怒鳴りたい気持ちはよくわかる。僕達ではどうしようもないのだ。
村を救うにも力がない。ライナスやメルヴァイナの対処もできない。
もう、袋小路に入ってしまったようなものだ。
「あの二人と行くつもりなの?」
「ああ、僕もグレンもそのつもりだ」
「わかったわ。行くわ。ミアはどうなの?」
イネスはあっさりと決断した。もう少し、考えてもいいのではないかと思うほど、あっさりしていた。
「ボクも行きます」
そう答えはするが、ミアはさすがに不安げだ。
彼らは強制的に連れていくことはないように言ってはいたが、どこまで信用できるか。
しかも、彼らはそれをしようと思えば、簡単にできそうだ。
まるで罪人であるかのように、何かに追われるような感覚が絶えずある。
生き残った生贄は罪深いのだろうか。
ミアにまで、罪のようなものを背負わせているのではないかと思うと、居たたまれない。
この辺りで起きている異変は、全て、僕達のせいではないかとも思えてくる。
「グレン、コーディ、難しく考えてはだめよ。考えてもどうしようもないのだから。そんな難しい顔をしていれば、余計にミアも不安になるでしょう。もうこれからのことは決めたのだから。いらないことは考えないことよ」
イネスは僕とグレンを真摯に見据えてくる。
「すまない。考えないようにする」
イネスにそう言われてしまえば、素直に謝罪するしかない。
「それと、メルヴァイナが言っていたこと、あれは大丈夫なの? 約束とか言っていたけれど、どういう意味? 聞いていないのだけれど?」
イネスは鋭い視線のまま、淡々と言ってくる。
「軍が来るまで、最長で3日間はこの村に留まってもらうよう僕が頼んだ。その条件として、彼女の話し相手になるという約束なんだ」
「問題ないの?」
「……おそらく」
「そこは、あなた達で頑張って。この村の為でもあるから」
約束の件では、突き放された。
イネスとは幼馴染みではあるが、ここまで話すことはなかった。
イネスは変わったと思う。騎士学校を卒業し、勇者として旅に出てから。メイと会って、失ってから。それはいい方向に。
僕は自信を失って、自分を恥じて、思い悩んで、悪い方向にしか行かない。
四人全員でライナス、メルヴァイナと共に町へ行くと決断した後、僕とグレンは気は進まないが、約束通り、メルヴァイナの部屋を訪れた。
「来てくれて、うれしいわぁ」
メルヴァイナに笑顔で迎え入れられた。手を引っ張られ、ほぼ強引にである。彼女の力は逃れられないほど、強い。
部屋の中に、ライナスはいなかった。部屋には三人だけだ。
「さあ、座って。飲み物も用意しているのよ。おいしいから、飲んでみて」
メルヴァイナはそういうと、ベッドに腰掛ける。
部屋にはベッドの他に椅子が二脚と小さなテーブルが置かれている。
そのテーブルの上には、3つのグラスがある。そのグラスには、見たことのない鮮やかな緑色の液体が注いであった。
飲んで問題ない物なのか判断に困る。
それをメルヴァイナは特に躊躇いもなく、グラスに口をつける。
「どうかした? その椅子に座っていいのよ。飲み物もどうぞ」
そう言われ、椅子に座った。
僕はグレンより先に恐る恐る飲み物を飲んでみた。すっきりとした味わいで悪くない。特にどうにかなるわけでもなさそうだ。
「あなた達はこれからどうするつもりなの? 魔王の元から生きて戻ってきて、この国は迎えてくれるの?」
メルヴァイナは今までと違い、落ち着いた口調で問いかけてきた。
彼女がどういう意図でそのようなことを問うのか判断しかねる。
そんなことを考えていると、
「なぜ、俺達にそんなことを聞く?」
不機嫌なグレンが彼女に直接、尋ねた。
「そうね。あなた達が心配だからよ。それではだめ?」
フンッとグレンが鼻を鳴らす。
メルヴァイナは、はぐらかし、本当のことを言う気はないようにしか思えない。
「前例のない帰還した勇者にこの国はどう動くのかしら? あなた達は自分の家に戻って、これまでと同じように暮らせるのかしら?」
彼女の言うことはもっともなものだ。
「僕達には既に何の価値もないはずです。弱く、取るに足らない存在でしょう。そんな僕達をあなた方が探していた理由がわかりません」
「理由ねぇ。話してあげたいところだけど、それは私の役目ではないのよね」
「理由も言わず、ただ、共に来るようにと言うのですか? 僕には目的があります。必ず、やり遂げたいと思っています」
既に彼らと行くことは決めている。ただ、それを伝える前に、できるだけ情報を集めたい。
「あら、この国にでも復讐するの?」
「しません! そんなことではありません」
「そう。よければ、私も手伝うわよ。私、自分で言うのも何だけど、魔法はなかなかのものなのよ。治癒魔法も使えるわ」
メルヴァイナは得意気に胸を張る。
「治癒魔法……」
本当に彼女は治癒魔法が使えるのだろうか。
「ええ。ライナスも使えるけどね」
この国で数人しかいないと言われているにもかかわらず。
それが本当なら、僕は三人の治癒術師に会ったことになる。
僕が知らないだけで、実は治癒術師は結構いるものなのか。
「信用できないな。本当なら、やってみろ」
グレンがメルヴァイナを睨みつけている。その目は嘘を言うなと語っている。
「仕方ないわね」
メルヴァイナはそう言うと、どこにあったのか、いつの間にか持っていたナイフで、自分の手のひらを切った。
赤い血が零れる。手のひらはぱっくりと切れ、メルヴァイナは痛みに僅かに顔を歪める。
もう片方の手をその傷の上にかざす。
手のひらが淡く輝くと、傷はきれいに消え去っていた。
「ほら、信じてくれたわよね」
彼女は傷のあった手のひらを僕達の前に突き出す。
「こんなことまでしたんだから、さっき言っていた”目的”くらい教えてほしいわ」
彼女の傷が消えたことは確かだ。トリックとは思えない。彼女は本当に治癒術師なのだろう。
「……目的は……僕達の代わりに捕らえられたメイを助け出すことです」
僕は正直に彼女に言った。
「え?」
メルヴァイナは目をパチパチと瞬かせる。
「え? メイを?」
メルヴァイナはなぜそこまでと思うほど、困惑した様子で落ち着かない。
「何と言われようとも、僕の覚悟は揺らぎません。無茶だということはわかっています。それでも、何とかしたいのです」
「わ、わかったわ。ええ、目標や目的があるのはいいことよ」
メルヴァイナの目は若干、泳いでいた。
彼女の態度に疑問はあるが、きっと、弱い僕達がそんなことを考えるということを意外に思ったのだろう。
「そ、そうね、ああ、あなたが結婚したい相手って、誰なの? あの銀髪の子? それとも、獣人の子?」
いきなりどうしてそんな話になるのだろう。
話題を変えたいとしか思えない。事実、そうだと思う。
「もうよろしいでしょうか?」
僕は椅子から立ち上がる。
「ええ。相手をしてくれて、ありがとう」
彼女は引き留めたりはせず、そう言って、僕達を見送った。
メルヴァイナの部屋を出てこれた僕達を見たイネスに複雑な表情を向けられたのだった。
イネスとミアには、メルヴァイナとライナスが治癒術師だということは伝えておいた。
その日は村からは出られない。特にすることもない。
したことと言えば、剣術の鍛錬だけだ。
襲撃もなく、その日は暮れていった。




