50話 村での一日
「おはよう、あなた達。よく眠れた?」
朝、何事もないように、メルヴァイナが声を掛けてくる。
幸いにも、夜の間、何も起こらなかった。
「いい気なものだな」
グレンが不満げに呟く。
僕達にとっても、村人にとっても、村が襲われるかもしれないと不安なのだ。
村の門は閉ざされたまま、村人達は仕事にも行けない。
せめて、今日一日だけはと、村長が説得し、村人全員が門の外には出ず、閉じ籠っている状態だ。
心穏やかでいられるわけがない。
「気を張りすぎてもいい事はないわよぉ」
メルヴァイナは、んーと言いながら、腕を上げて伸びをする。
「メルヴァイナ、君はもう少し、気を張ってくれ。これ以上、余計なことは言わないでほしい」
ライナスがうんざりしたように注意している。
明るい場所で彼らを見るのは初めてだ。
ライナスの瞳は美しい金色。メルヴァイナの瞳は赤に近い。
そのような瞳の色は初めて見る。
僕の緑も珍しい方だが、それでも、周りには他にもいた。
「問題ないことしか言っていないわよ? それより、もう人探しはしなくてよくなったんだから、暇でしょ? 年上として、あの子達の剣の相手でもしてあげれば?」
「君がすればいいんじゃないか? 元々、君の相手をするという条件だっただろう」
「それは、話し相手よ。私が挫折したことなんて、知ってるでしょう。いじわる。私に剣術は無理よ」
「ある程度ならできるだろう?」
「私の方が力は強いのに、ドレイトン先生に全然勝てないのよ。私には向いていないわ。私には魔法とか、体術の方が向いているのよ」
彼らの師に会えれば、強くなれるかもしれないと思ったが、ライナスに頼んでみるのも悪くはないかもしれない。
彼らは僕達にすぐには危害を加えないと思える。
「僕からもお願いいたします。ライナス様、手合わせだけでもお願いできませんか?」
「”様”はいらない。少しぐらいなら、付き合ってやろう」
ライナスは意外にもあっさりと承諾してくれた。
彼らの実力がどれほどのものなのか知りたいということもあった。
昨日の夜、僕とグレンは、ライナス、メルヴァイナと共に町に行くことを決めた。
イネスやミアにはまだ言えていないが、仕方がない。
今朝はまだ、姿を見ていないので、部屋にいるのだろう。
もしも、彼らが僕達を害そうとしたときに対処が可能なのか?
かなり難しいことは既にわかっている。
ただ、少しでも情報があるに越したことはない。
「二人で掛かって来るといい」
ライナスが剣を抜く。
「頑張ってね。あの子は中々だったわよ。剣術ではないけど、見事にライナスに勝利したわ」
近くの木に凭れ掛かりながら、メルヴァイナが手をひらひらさせる。
「それ以上は、黙れ!」
ライナスは殺気立った目でメルヴァイナを睨みつけていた。
よほど、負けたことが悔しかったのかもしれない。
凄まれてもメルヴァイナは涼しい顔で気にした様子はない。
「失礼した。来るといい」
気を取り直したライナスがもう一度、剣を構える。
「グレン」
やる気だと伝えるためにグレンに声を掛け、剣を抜いた。
「わかった。やってやる」
グレンもまた、剣を抜く。
と同時に、ライナスに向かって駆けた。
僕も同調し、同じように駆ける。
最初は僕達から仕掛けた。ほぼ同時のはずだが、ライナスは僕とグレンの剣を剣で受け、弾く。
ライナスの剣を受けると、手が痺れるほど重い。それでも、彼が本気だとは思えない。
僕とグレン、二人相手でも、余裕が見れる。
これは、ライナスが僕達に稽古をつけるような手合わせだ。
結局、僕達ではライナスに歯が立たなかった。
最初に感じたように、実際に相手をしても、ライナスは強い。
「これぐらいにしておこう」
ある程度してから、ライナスが僕達に言った。
ライナスの声に集中が切れる。
見ると、木に凭れていたはずのメルヴァイナはいない。その姿を探すと、いつの間に出てきていたのか、イネスとミアが見えた。
メルヴァイナは、というと、イネスとミアと話をしている。
余計なことは言わないでほしいと言ったライナスの気持ちが痛いほどわかる。
僕は彼女達の元へと向かった。
元々、イネスとミアには話がある。
「イネス、ミア。彼女と何を話していたんだ?」
「昨日のことを聞いていただけよ。その黒い剛腕の女だったかしら。その女のこととか」
そう言うイネスの表情を凝視してしまう。勿論、メルヴァイナに何か吹き込まれていないか探るためだ。
「コーディ様。はい、イネス様の言う通りです」
普段通りのミアだった。特に今置かれている状況に恐怖しているということもない。
「彼らと随分、親しそうだけれど? 彼女に惚れているとか言わないでしょうね?」
「言うわけないだろう。それより、今後のことで言っておきたいことがある。時間をもらえないか?」
「いいわよ。どうせ、村から出られない」
「じゃあ、その後でいいから、約束通り、私の相手をしてよぉ」
メルヴァイナが僕の腕に抱きついてきた。
気配もなく近づくのは止めてほしい。
誤解を受けるから、すぐに離れてほしい。
既にミアが目を白黒させている。
「揶揄うのは止めてください」
メルヴァイナにぴしゃりと言う。
「はいはい。じゃあ、後でね」
メルヴァイナは僕の腕から離れ、軽やかな足取りで、ライナスの元へと向かっていった。




