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魔王の裁定  作者: 有野 仁
第1章
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5話 二人の道中

「そろそろ、休憩を取ります。馬を休ませないと」

彼は馬を止め、馬から降りると、また、わたしに手を差し出す。

わたしは彼の手を取って、馬から降りた。

こういうように親切にするのは、彼の習慣なんだろう。

わたしは優しい彼を傷つけているかもしれない。

彼は馬を労わる様に撫でている。

そんな様子をわたしは眺めていた。

もう一度、声を掛けてくれないだろうか。

わたしは彼の背中に視線を送った。

このままではこの道のりが辛すぎるし、わたし自身が居たたまれない。

でも、醜態を晒して、嫌な態度を取って、どうしていいかわからない。

それではだめだ。最低なままだ。

「あ、あの――」

彼が振り向く。

「あ、あ――」

きれいな顔がじっとわたしを見ている。

だめ……緊張して、トイレに行きたくなってきた……

う、うぅ~

ムリだよ~

また、漏らしたら、恥ずかしくて、死にそう。

「顔色が悪い。体調が悪いなら、もっと早く言ってほしい」

彼は慌てて、距離を詰めてきた。彼の顔が迫る。

「ち、違うんです」

消え入りそうな声を絞り出した。

「いや、しかし、どう見ても、体調が悪いように見えます。無理をしないで」

体が熱くなって、手が汗で濡れてくる。

「来ないで~ もれそうなの~」

わたしは彼を押し返し、そのまま、逃げたのだった。

なんかもう、多分、呆れられたと思う。

わたしをどんなふうに思っているのだろう……

どうしようもない子供だとか。

彼の元に戻るのが色々、辛い。

結局は、戻らないと、こんなところで置き去りにされたら、それも困る。

というわけで、結局、戻った。

彼は複雑そうな表情で出迎えてくれた。

置き去りにされていなくてよかったけど……居たたまれない……

でも、ちゃんと言わないといけない。

「本当にごめんなさい。迷惑ばかり掛けて。それに、昨日は、服まで汚してしまって。本当にすみませんでした」

無我夢中で謝った。

「そんなこと、気にしなくていい。僕が勝手にしたことだから」

わたしは首をぶんぶん横に振った。

「いいえ。嫌な思いをさせて、すみません。それに、助けてもらって、ありがとうございます」

やっと、言えた。

わたしの気持ちは少し晴れた気がした。

逆に、彼の表情が曇った気がする。

「僕といるのは辛いのでしょうか? 僕が嫌いなのではありませんか? あなたに対して、多分に馴れ馴れしかったと反省しております。それに、女性に大変失礼なことを……」

「そんなこと全然、思っていません。本当に感謝しています。あっ、でも、まあ、多少、距離はほしいです」

「そ、そうですか……あなたと共にいた女性にも、少し、拒絶されましたので……」

彼が寂しそうに言う。

「違うんです。あなたが嫌いなわけじゃありません。デリアも。ただ、その――」

わたしには、どうしても、あまりの美形に不信感がある。

特に親切にされると、裏があると思ってしまう。

何か嫌なことをされたわけではないし、彼がそんなことをするとも思えない。

きっと本とかの影響のような気がする。

わたしが遠くから見ているならいいが、すぐ近くで、わたしを見ないでほしい。

そんなこと、正直に言えない。

でも、何か言わないといけない。

色々考えていたら、デリアのことが浮かんだ。

デリアにも拒絶されてたんだと思うと、可笑しくなってきた。

つい、彼の前で吹き出してしまった。

「僕は真面目に聞いているのですけど」

と彼が抗議の声を上げる。

「ごめんなさい。わたし、あなたに醜態ばかり見せて、でも、あなたがデリアに拒絶されてたって、なんだか可笑しくなって」

「確かに、昨日の顔はひどかったですが」

「あっ! ひどい! そんなこというなんて、失礼だから」

「冗談です。見ていませんでした」

彼は笑顔を見せた。愛想笑いではない素の表情に思えて、好感が持てた。

「そうでした! わたしは、メイ・コウムラ。メイと呼んでください」

「わかりました、メイ。僕は、コーディ・フィニアス・フォレストレイです。コーディと」

「はい。コーディ。改めて、よろしくお願いします」


コーディとは割と仲良くなれてよかったと思う。

街までの道のりが幾ばくかましになる。

それでなくても、自分で歩かなくてもいいとはいえ、馬に乗ると、地面と距離があるので、落ち着かない。

しかも、馬に揺られて、お尻が痛くなる。どうしようもなかったが。

道中、目下の悩みは、この後、どうするかだ。

コーディにもこれ以上の迷惑は掛けられない。

ただ、わたしにはお金がない。

確か、バッグに10円玉が転がっていたと思うが、この世界に日本のようなお寺があるとは思えないから、通貨は全然違うだろう。

そもそも、10円だけでは何もできない。

お店でも、開こうかな。ハンバーガーとかいいな。

ああ、でも、開業資金がいるんだった。

その為に、資金を貯めると……何年掛かるの?

というより、それでは、店の開業が目的みたいになっている。

わたしの目的は、生きて、元の世界に戻ること! 絶対に忘れてはいけない!

わたしは心の中でそう誓った。


その日の夕方近く、大きめの街に着いた。

街の入口で馬を預け、街を歩いた。

目的の街ではないが、出発した村と比べると、ずいぶんと立派な街だ。

ヨーロッパの古い町並みを見ているようだった。

観光客の気分で、きょろきょろと美しい町並みを見ていた。

「今日はここで宿を取ります。明日の昼には到着できるでしょう」

隣を歩くコーディの言葉で我に返った。

「あ、あの、非常に言いにくいんですけど、わたし、お金がありません……」

「気にしなくていいですよ。僕に任せてください」

「さすがにそこまで頼るわけには……わたしは野宿でいいです」

「そういうわけにはいきません。とても危険ですから、絶対にしてはなりません。そんなことをされますと、僕が心配で眠れませんから、僕の為にも、お任せ下さい」

「わかりました。お願いします」

そんなことで駄々を捏ねても仕様がないので、観念して、また、頼ることにした。

コーディに連れていかれた宿にわたしは恐縮した。

かなり高そうな宿だった。

セレブが泊まるような格式のある一流のホテルといったところだ。

こういう世界でわたしが想像していた宿といったら、狭い部屋に簡素なベッドがぽんっと置いてあるだけの古くてぼろい感じの宿だった。

コーディって、何者なんだろう?

元々、服装や雰囲気が一般的な庶民とは違うと思っていた。

かなりのお金持ちなのは間違いないだろう。

しかも、その一流の宿にわたしは一人で一部屋まるまる宛がわれた。

部屋に入ってみると、部屋は広く、かなり豪華だった。カーペットが敷かれ、しかも、絵画まで飾られていたりする。ゆったりとしたソファは、そこでも十分眠れそうだった。

もう一つ部屋があり、そこは寝室になっていて、装飾を施したダブルベッドが置かれている。

大きなベッドに思わずダイブしたくなってくる。

でも、庶民のわたしには、もったいないという方が先に来る。こんなに贅沢はしなくていい。

コーディと同室でもよかった。わたしはソファで寝ればいい。

といっても、コーディの場合、わたしにベッドを譲りそうな気がする。

部屋でそんなことを考えていると、ドアがノックされ、コーディの声が聞こえた。

わたしがドアを開けると、

「食事に参りましょうか」

流麗な仕草でコーディが手を差し出してきた。

食事は高級なフレンチのフルコースといったところだ。

ナイフやフォーク、スプーンの位置もフレンチのそれと同じだった。

テーブルマナーを仕込んでいてくれた母に感謝した。

目の前の男に呆れられなくて済む。

まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

食事はとてもおいしかった。

できるだけ、コーディのことは視界に入れないように、わたしは優雅に食事をいただいた。

雰囲気に呑まれているだけなのは重々承知しているが、まるでお金持ちのご令嬢にでもなったかのようだった。


お腹はいっぱいで、このまま眠ってしまいたかったが、まだ、しなければならないことがある。

明日には、目的の街に着いてしまう。

この世界のことをもっと情報収集しなければならない。街に着いてどうするか決めなければならない。

わたしはコーディの部屋を訪ねた。

「こんな夜中に異性の部屋を訪ねるものではありませんよ」

軽く窘められたが、部屋に招き入れてくれた。

部屋はわたしの部屋とほとんど同じ造りだった。

「……」

わたしはどう切り出そうかと迷っていた。

街に着いての第一歩は間違えてはいけない気がする。わたしにとって、重要な選択になるのではないかと思う。

「こちらにどうぞ」

立ったままでいたわたしに、コーディがソファに座るように促してくれる。

「どうして一人で街に向かっているんですか?」

先に気になっていたことを聞いてみた。

コーディは、少し困ったような顔をした。触れられたくなかった話題だったようだ。

「ごめんなさい。もう聞きません」

「次の街で仲間と合流することになっています。ただ、あなたは僕達と関わるべきではありません。申し訳ありませんが、これ以上のことを言うことはできません」

コーディは真剣な眼差しを向けていた。

「わたしに謝ることありません。聞くべきではありませんでした。もうすぐお別れだから」

わたしはいきなり話題を間違えた。これじゃあ、本当に話したいことを切り出せそうにない。

コーディは全て察していたのか、コーディの方から提案があった。

ひょっとしたら、顔に出ていたのかもしれない。不安な気持ちが。

「街には、1、2週間滞在する予定です。その間、あなたの支援をしましょう。街に着いたので終わりというような無責任なことをするつもりはありません」

「でも、もう十分、色々、してもらいました。だから、無責任なんて思いません――」

本当のことを言えば、すごくうれしい提案だ。支援してほしい。でも、さすがにそこまで甘えていいものかという気持ちもある。

「気にしなくて大丈夫ですよ。滞在中、特に用件もありませんので。それに、宿泊場所や食事もお困りでしょう」

「それはそうなんですけど……」

「頼ってもらうのは僕にとって、うれしいことです。今日は移動ばかりで疲れたことでしょうから、部屋に戻ってお休みください」

支援してくれるのは決定事項というように言われ、自室に戻るように促された。

めちゃくちゃ気を使われている気がする。

それ以上、反論しても意味はなさそうなので、素直に自室に戻った。

それからすぐに確かに疲れがあったのか寝てしまった。

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