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魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ②
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46話 強敵

昼を過ぎ、夕方に近づく頃合いだった。

早馬が村に着いた。

訪ねてきたのは、一人の軍人だった。

村長に即時、会いたいと言う。

その場に居合わせた僕とイネスも村長と共に話を聞いたのだ。

その者の話では、隣の村が襲撃を受けたとのことだった。僕達が明日、立ち寄ろうとしていた村だ。

襲撃を受けたのはおそらく今日の早朝以前、生存者がおらず、何に襲われたのかも不明であるらしい。

村は全滅したのだとその軍人が告げた。

既に知らせは送り、この村や周辺の村に軍の派遣要請も行われているとのことだった。

問題はこの村に軍が駆けつけるまで時間が掛かってしまうことだ。

僕は、魔獣なのではないかと思った。以前の街での魔獣騒ぎが頭に浮かぶ。

この村もそうだが、この辺りの村は壁に囲まれている。村自体が襲撃されるということはほとんどない。

そもそも、この辺りは、魔王の近くとはいえ、魔獣が出ること自体が稀のはずなのだ。

街に現れたような魔獣が出れば、この小さな村は一溜まりもないだろう。

避難する場所もない。軍が到着するまで、村に立て籠もるしかない。

村長はその話を聞き、顔を蒼白にしている。

村人が知れば、パニックになりかねない。

何せ、隣の村の出来事で、他人事ではない。間近に迫っている脅威だ。

軍人は村人をすぐに呼び戻し、門を閉ざすように忠告する。

軍人がもう一つの村へと出立した後、門を閉ざす準備を始める。

村の中を鐘の音が響く。非常事態の招集の為の鐘だ。

けたたましい鐘の音はいつ聞いても嫌な音だ。

村長は集めた村人に門を閉ざすことを宣言した。理由は、隣村が魔獣の襲撃を受けた為だと説明した。

僕は渋々村長の家から出てきたグレンと若い村人と共に、壁の外にいる村人を呼び戻す為に門を出た。

壁の外には、畑が広がっている。

そろそろ仕事を終え、戻ってくる時間のようだ。戻っていく村人とすれ違い、その度、簡単に説明し、残っている人がいないかを確認する。

日没時が近く、夜の気配を感じる。

残っていた一人に声を掛け、急いで村に戻るように促していると、

「向こうにもう一人います!」

一緒に来ている村人が言う。

「あいつで最後か!?」

グレンが高圧的な態度で問い詰める。

「お、おそらく」

村人がグレンに怯んでしまっている。

確かに人影が見えていて、ゆっくりと近づいてきていた。

「早く戻れ! 魔獣が出たらしい! 急げ!」

村人がその人影に大声で呼びかける。

黒い人影は女性のようだ。長いスカートが揺れている。

呼びかけられても女性は急ぐ様子はなく、のんびりとした足取りだ。

女性が走ったりするのははしたないとされるからかもしれない。

だが、今はそんなことを言っていられない。もし、複数の魔獣に囲まれたりすれば……

せめて暗くなるまでには戻りたい。

僕達は女性の元に向かった。

その女性は村人ではなかった。平民とは思えないいで立ちだった。

彼女の黒いドレスには繊細そうなレースがあしらわれている。

顔を覆うのは、質のいいヴェール。それにより、女性の顔は確認できない。

肌を全く露出していない喪に服するような姿だ。

もしかすると、隣の村の生存者かもしれない。

そう思いはするが、どう考えてもちぐはぐだ。

彼女の装いは貴族令嬢を思わせる。

僕達は言葉を発せられずにいるが、彼女もまた目の前の僕達に何も話しかけてはこない。

彼女は人形のように微動だにしない。

「女、こんなところで何をしている。何のつもりだ」

グレンが剣のある声を出す。

女性からは何の反応もない。不自然なくらい、一切ないのだ。

「どうされたのでしょうか? 困っているのでしたら――」

僕が彼女に話し掛けていると、彼女に動きがあった。

彼女の両手から黒い靄のようなものが伸びていく。

それは剣を形成した。黒く厳めしい剣が左右の手にそれぞれ一本。

女性が片手で持つにしては大きすぎる剣だった。

僕は咄嗟に剣を抜き、村人を背に庇う。

どう考えても、おかしい。あの剣は何だ!? そもそも彼女は武器を持っていなかった。取り出すような動作もしていない。

グレンも剣を抜いている。

魔法なのか!? あんなものは知らない。

極度の緊張状態にあるのがわかる。気を抜けば剣を手から落としてしまうのではないかと思うほど、言い知れぬ恐怖を感じている。

武器を出したということは攻撃の意思があるのだ。

それを向けられているのは、間違いなく僕達だ。

彼女は突然、剣を振り上げ、僕達に向かって、振り下ろしてきた。

僕とグレンでそれを受け止めようとした。

まずは受け止め、次の動作に入る。

そう考えていたが、そうはならなかった。

想像を超えた彼女の力に耐えきれなかった。

それでも剣は手放さず、彼女の足元に倒れることも避けられた。

だが、背の村人共々、弾かれ、地に着くしかなかった。

腕も痺れている。

「逃げてくれ」

村人に掠れた声で何とか声を掛けるが、村人は動けないでいた。完全に腰が引けてしまっていて、その顔には恐怖が張り付いている。

グレンが火の魔法を放つのが見えた。

火の玉は彼女にぶつかる。

彼女は――無傷だった。ドレスにさえ、燃えた跡すらない。

それを見届けたグレンは連続で火の魔法を叩き込む。

呆けているわけにはいかない。

僕はその間に立ち上がり、村人を無理やり立ち上がらせる。

恐怖で足元が覚束ない村人の頬を打ち、走れと命令する。

村人はよろけながらも走り出す。

無理な魔法攻撃を続けるグレンはもう、魔力がもたないだろう。

僕は剣を構え、風の魔法を纏わせた斬撃を放つ。

彼女に当たったように見えたが、何の痕跡もない。

攻撃は届いてすらいないということだろう。

なぜかは理解できない。まるで見えない壁でもあるかのようだ。

女性相手に2対1でも勝てる気がしない。

魔王に匹敵するのではないかとすら思える。

もしかすると、魔王が差し向けた刺客なのかもしれない。

どんなに相手が強くても逃げるわけにはいかない。

逃げれば、彼女は村を襲撃するかもしれない。

隣村を襲ったのは彼女なのかもしれないのだ。

「どうして僕達を攻撃する?」

彼女に問いかけるが、応答がない。

「無駄だ、コーディ。話の分かる女じゃない。女かどうかもあやしい」

グレンの言う通り、女性の力とは思えない。

だが、体格は間違いなく女性だ。

その細い腕でどうして僕達を凌ぐ力が出せるのかわからない。

魔法攻撃は効かない。力でも敵わない。どうすれば勝てるのか。途方に暮れる。

前にメイの指示で行ったグレンとの混合魔法も考えるが、偶々うまくいっただけだ。

それにあれだけのグレンの魔法を浴びても傷一つ付いていないことを考えると効果があるように思えない。

それに間違いなく、それでグレンの魔力は底をつく。

情けないことに、打つ手がない。

ここで死ぬのかもしれないとの考えが過る。

それを打ち消した。

弱気になってどうする!

戦うしかない!

「グレン! 彼女を拘束する」

彼女と直接剣を合わせず、剣で攻撃する。

力で敵わないなら、回避するか受け流す。傷一つ付けられずとも、腕と足を封じれば無力化できる。

女性相手に気が引けるが、そんなことを言っていては殺されるのは僕達の方だ。

もう一度、魔法を纏う斬撃を浴びせ、それを合図にする。

グレンと同時に、目の前の女性に斬りかかる。

だが、彼女の腕を振る速度は驚異的だった。人間とは思えない。

僕とグレンは同時に弾き飛ばされた。

まだ殺されていないのは、単に彼女が積極的に仕掛けてこない、それだけの理由だ。

彼女が僕の方を向く。

彼女は大きく、止めを刺すかのように右手を振り被る。

振り下ろされた彼女の剣は硬質な金属音とともに別の剣に止められた。

その剣はグレンとは反対側から差し入れられた。グレンではありえない。

一人の男が僕と彼女の間に割り込んでくる。

男は彼女の剣を完全に止めていた。彼女の力はかなりのものだが、男の方も筋骨隆々の大男ということもない。

「理由は知らないが、野蛮な行為は止めるといい」

男が彼女に向かって、言葉を発する。特に焦った様子もなく、余裕が感じられる。

彼女はその言葉にも何も返さない。

代わりにもう片方の剣を男に振り下ろす。

男は止めていた方の剣を弾き返し、そのまま、振り下ろされようとした剣ごと腕を斬り落とした。

迷いのない見事な早業だった。

彼女の腕が落ちていた。その剣は強風に吹かれた靄のように消え去った。

激痛が走りそうだが、彼女は一切声を上げない。

彼女は自分の落ちた腕を拾い上げると、風のように駆け去った。

僕は呆然とそれを眺めていた。

後には僕とグレン、そして、目の前の男が残された。

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