表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ②
44/316

44話 グレン 二

「治癒術師のメイは必ず、生きている。だから、もう一度、僕達と共に――」

「行かない」

呟くような小さな低い声がした。雨音にかき消されてしまいそうな声だった。

「わかった。僕達に協力しなくていい。だが、街までは行ってもらう」

「放せ。お前達と行く気はない」

「僕を振り切る力もないのに? 勇者の役目も果たせず、こんなところで死ぬ気か?」

僕の頭に助けられなかった女性の姿が浮かんだ。名前も知らない女性だった。墓には何も刻まれなかった。

そして、僕が手に掛けた男。僕は貴族で、あの男は犯罪者だった。僕には何のお咎めもなかった。むしろ、感謝された。

それでも、人殺しには違いない。

必死に考えないようにした。忘れようとした。

それはできなかった。今でも覚えている。こうして、甦ってくる。

魔王の生贄となる使命も勿論あった。そこに、メイの存在も、共に生贄となるグレン、イネス、ミアの存在も。

死ぬわけにはいかないと思えた。

グレンにも、そう思えるものがあればいい。

傲慢かもしれない。

僕もイネスがいなければ、今頃は死んでいたかもしれない。

それでも、引くわけにはいかない。

「グレン、君はどこに向かっている? 誰かに慰めてほしいのか? ゼールス卿やアリシア嬢に?」

「……」

「言い返すこともできないのか?」

グレンに少しでも感情を出してほしいと煽ってみるが、何の効果もない。

こんなグレンを見るのは、初めてだった。いつも自信に満ち溢れていた。

グレンがこうなったのは、グレン自身がメイを殺したと思っているのではないかと推測する。

グレンがメイを突き飛ばし、グレンの目の前で、メイは魔王に体を貫かれたのだ。

グレンは人を殺したことなどない。

僕と同じなのではないかと思った。

こんな友を見ているのは辛い。

悲しんでいるかのように、雨は降り続いている。

グレンはおそらく、何も食べていない。ちゃんと眠れてもいない。それにこの雨だ。

衰弱して当然だ。何より、貴族であるグレンにはこんな環境は初めてのはずだ。

今のぼろぼろの汚れた布を纏って、ずぶ濡れの様は貴族には到底見えない。

「その様子ではこのまま行っても、誰にも知られず、朽ち果てるだけだ」

「……」

「わかった。僕がグレン、君をここで終わらせてやろう」

僕はゆっくりとした動作で剣を抜いた。

剣先をグレンに向ける。

グレンが一瞬、怯んだように見えた。

「僕は既に人を殺したことがある」

淡々と告げた。

あの時のことをグレンやイネスやミアには話していない。

「死にたくないなら、剣を抜け」

グレンと共にいるときは、よくグレンと手合わせしていた。

僕達の剣の腕は拮抗していた。

今のグレンでは、勝負にならないのは明白だった。

こんな方法は間違っていると思う。

だが、他に見つからないのだ。

少しでも、生きる意志を見せてほしい。

僕は過去の自分を見るような情けない男を睨みつけた。

「僕は騎士を志していた。武器を持たない者を斬れない。やはり、命が惜しいか?」

僕は剣をグレンの鼻先に合わせた。

グレンが剣に手を掛ける。

グレンが今、何を考えているのか、僕にはわからない。ずっと友として傍にいたにもかかわらず。

「コーディ様! だめです! 生き恥を晒すぐらいなら、殺すなんて! ボクの父はよく言っていましたけど」

勢い込んだミアが僕とグレンの間に割り込んできた。

あまりに突然で、予想しておらず、呆気にとられた。

打って変わって、間抜けな顔をしていたかもしれない。

「ミア、いや、そんなつもりは……」

思わず、ミアに言い訳しようとしていた。

その時、グレンの体がぐらりと揺れ、そのまま、倒れた。

「! グレン!」

グレンを抱き起すと、すぐに呼吸を確かめた。

幸い、呼吸はある。まだ、生きている。

それでも、意識がなく、いい状態とは言えない。

「コーディ! グレンは大丈夫なの?」

イネスが駆け寄ってきた。

「生きてはいるが、早くこの先の村に運ばないといけない」

「そうね」

「イネス、ミアはここで待っていてほしい。僕が村に行って馬車を借りてくる。一度、訪れているから、何とかなると思う」

「わかったわ。その方が速いものね。後は任せて」

「頼む」

僕はグレンを木の下まで移動させてから、村へと駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ