43話 グレン
夜中に降り出した雨は翌朝、止んでいた。
それでも、いつまた降り出してもおかしくない曇天だった。
村人に馬車を出してもらえないか頼んでみたが、快い返事はもらえなかった。辻馬車もないという。
結局は歩いていくこととなった。
防雨のマントや外套がほしかったが、そんなものはないと村人に一蹴された。
売ってもらえたのは、古いフード付きの外衣のみだ。
ないよりましなのかどうかすらあやしい。所々に穴も開いている。
イネスとミアにはもう一日、この村での滞在を提案したが、却下された。先行するグレンに追いつけなくなると。
僕達はすぐに村を出た。
のんびり討論している暇はない。
僕達は街道に戻り、ゼールス卿のいるセイフォードの街へと続く道を歩く。
昼を過ぎた頃、雨粒が顔に当たるのを感じ、近くの大きな木の下へと避難した。
雨はすぐに本降りとなり、景色も雨に霞む。
葉を伝う大粒の水滴がぼたぼたと落ちてきていて、服を濡らす。
続く雨音が止む気配はしない。
ここで足を止めていては、村まで辿り着かない。
「イネス、ミア」
僕は二人に呼びかけた。
「ええ、わかっているわ。仕方ないわね。こんな雨の中を歩いたことはないけれど」
イネスにしては、弱気な言葉だ。
イネスは騎士を目指していたとしても侯爵令嬢。
移動はほとんど馬車や馬を使う。
剣の技術はあったとしても、体力、持久力では僕や獣人のミアに劣る。
「大丈夫よ。歩けるわ」
イネスはフードを被り、木の下から出ていこうとする。
「待ってください! 誰かが来ます。すみません。雨で気付くのが遅れました」
ミアが慌てて訴える。獣人であるミアは探知能力が高い。だからこそ、勇者の従者として加えられていた。
「複数なのか?」
「いいえ、おそらく一人です」
僕達はできる限り、身を隠した。できるなら、見つかりたくない。
こんなところを通る者は限られている。軍人が僕達を追ってくる可能性もある。
木の陰から覗くと、一人の人影を確認できた。
降りしきる雨の中を覚束ない足取りで、歩いてくる。
布を頭から被っていて、顔は確認できない。その布は雨避けの用途は果たしてはいない。すっかり濡れて張り付いている。
軍人ではないように思う。軍人なら、馬を使うだろう。それに、一人で歩いているというのも妙だ。
それなら、立ち寄った村の村人かその関係者がこの雨で体調を崩したのだろうか。
どの道、放ってはおけないだろう。
「イネス、ミア、声を掛けてくる」
「ええ、そうね」
「は、はい。お気をつけて」
二人の賛同を受け、フードを目深に被ると、歩いてくる人物の元へと向かった。
「具合が悪いのですか?」
声を掛けるが、返事はない。そればかりでなく、見向きもせず、歩みも止めない。
「あの――」
通り過ぎようとする男の肩を掴もうとしたが、振り払われた。その時、その男の顔が目に入る。
歩き去ろうとする男の背が見える。
「グレン……」
僕は……
すぐに追うことができなかった。
掛けるべき言葉が出てこない。
明らかに様子のおかしな友、放っておいていいわけがないにもかかわらず。
グレンは先行しているものとばかり思っていた。
見つければ、いつものように文句を言ってくるのかと思っていた。
僕もまた、ミアと同じように感じていたのだろうか?
メイを奪われたのは、グレンのせいだと。
本当に、情けない……
全てを知っていて、それにもかかわらず、友を責めようというのか?
僕は……
本当に悪いのは僕だ。
グレンが責められる謂れはない。
「グレン!」
僕は叫ぶように友の名を呼んでいた。
グレンは振り向いてすらくれない。僅かな反応もない。
僕の心を見透かしているようだ。
グレンを追い、その腕を掴んだ。
「グレン!」
漸く、グレンは僕を見た。その表情にいつもの覇気はない。
グレンはすぐに視線を逸らせた。
僕のことはわかっていそうだ。
それでも、グレンは、体を捻り、僕から逃れようとする。
このままではいずれ……
グレンに嫌がられても、このまま一人で行かせるわけにはいかない。
「グレン、来るんだ!」
強い口調で言うが、グレンは無言を貫いたままだ。
「強情など何の意味もない。魔王に殺されなかったから、代わりに行き倒れるのか!? グレン、それなら、僕達に協力してほしい。魔王からメイを取り戻す」
イネスは僕を立ち直らせてくれた。
僕に同じことができるかはわからない。それでも、グレンをこんなところで死なせはしない。




