42話 三人の旅路 二
今日には村に着けるだろう。
この時期の気候は穏やかで、晴れる日が多い。それでも、今日は日が差さず、空は厚い雲に覆われている。
木々の緑も精彩を欠き、くすんだように見える。
話すこともなく、黙々と道を進むだけである。
イネスは元々、無駄なことはあまり話さない。ミアもどこか貴族である僕達とは距離を置いているのがわかる。
元々、楽しい旅などではない。
グレンが勇者に選ばれ、共に生贄として死出の旅に出た。
それでも、一時でも、メイと出会い、僕の最期の日々は色付いていた。
それが……命は助かったが、メイを奪われ、グレンも離れていった。
取り戻せるなら、僕は魔王に魂を売ってもいい。
大切な人を失うことが……
考えただけでも、胸が苦しい。
締め付けれるように、辛い。
僕は悪となってもいい……この国の敵となってもいい……
鬱屈とした気持ちは消えない。
思ってはいけないことだとは思う。
僕はこの国の貴族で、この国を護らないといけない立場だ。
それが僕の責務だ。この国の為に生贄となることも受け入れたはずだった。
それでも、どうしようもない……
国の為にとは、考えられない。
僕は、弱い……
どうしようもなく……
「コーディ」
イネスの声にはっとする。
「イネス……」
「あなたがもっと駄目になってしまいそうだから」
「……大丈夫だ。僕はメイを助けに行く。それは揺るがない」
「それならいいけれど。あなたらしくないから。もっと、堂々としていたわ」
「そうだな……」
「言ったでしょ。うじうじしていたら、メイにばらすって」
「い、いや、そんなこと言っていたか?」
「白々しい」
イネスはそう言い捨てて、そっぽを向く。
僕はもっと、強くならなくてはならない。イネスに頼られるぐらいには。心配されているようではいけない。
僕だけが辛いわけではない。
イネスも、ミアも、そして、グレンも。
これではいけない。
僕達は休憩を挟みながらも歩き、夕刻に小さな村へと辿り着いた。
街道からは外れている為、往時には立ち寄っておらず、初めて訪れる。
小さな村ながら、周りを石造りの壁で囲まれている。
村の中には塔が建てられており、かつては見張りの役目があったのだろう。
日が落ちると、入口を閉じてしまうのだろうから、それまでには辿り着け、安堵した。
徒歩での道程だった為、できれば、ましなところで休みたい。
それに、これまで降っていなかった雨が、いつ降り出すかわからない。
村人に頼み、村の端にある納屋を借りた。
実は、警戒され、中々、泊るところを見つけられなかったが、多少の金銭を握らせ、ようやく借りることができた。
警戒されるのは当然のことだろう。
この先と言えば、軍事施設しかないのだ。
まだ、先に町や村があれば、そこに行く前に立ち寄ったということが言えたかもしれない。
素性などを話すわけにはいかないので、どうしても怪しく見えるだろう。
狭い納屋の中、寛げるとは言い難く、辛うじて、雨風が凌げるといったところだ。
外で寝ることを思えば、ましと思うしかない。
小さな明かりの元、わずかな食事を取る。
グレンはどうしているだろう。
食事もないのではないかと思う。
グレンにとって、耐えられる状況ではないはずだ。これまでのように何不自由なく過ごすことはできない。
食事に困り、泊るところも確保できない。
持っている金銭もいつまで保つかわからない。
これまであまり考えてこなかった。全て任せていたからだ。相場も判然としない。
「コーディ、怖い顔で考え込まないで」
イネスがぎろりと睨んでくる。
「すまない」
「あなた一人で全てしなければいけないわけじゃないわ。なめないでよ。そういうことが嫌いなのは知っているでしょう?」
「ボクも頑張ります!」
耳をぴんと立てて、ミアが前のめりになる。
「ああ」
二人に言い返すようなことはしない。
これまで自重していたイネスは、身分など関係ないとばかりに言い募る。
確かにもう、貴族だとは考えない方がいいのかもしれない。
平民として生きていかなくてはならないかもしれない。
「コーディ、これをあげるわ」
イネスが小さな袋のようなものを差し出してきた。
「? これは?」
イネスからそれを受け取った。感触から、中に何か柔らかいものが入ってそうだ。
「”おまもり”というそうよ。メイから聞いたの」
「これの中の物が?」
袋を開けようとした僕をイネスが制止する。
「それを開けてはだめよ。開ければ、災厄が降りかかるわ」
「え!?」
「呪いとかではないわよ。ずっと身に着けておくと、あなたを守ってくれるの。その代わり、絶対に開けてはだめよ」
「イネス様、そんなことを言われると、むしろ、開けたくなると思います」
ミアがもっともなことを言う。好奇心に満ちた目で僕の持つ袋を見つめている。
「そこを耐えるのよ。それと、もう一つ、あなたの夢というか、目標ね、それをやり遂げることを誓うの。それまで絶対に肌身離さず、持っているの」
「そういうものなのか?」
「ええ、そんなところよ」
イネスの言葉には懐疑的だが、悪くはないと思う。イネスの想いもわかる。騎士を目指していたイネスもまた、人の犠牲で助かることを良しとはしない。
「僕の目標は、グレンを見つけ、話をする、そして、メイを助け出す。必ず、やり遂げる」
「ええ、どんなことでも乗り越えていけるわ。そもそも、死ぬはずだったのだし」
「ああ」
僕は”おまもり”をぎゅっと握りしめて、改めて、誓った。




