41話 三人の旅路
正直言って、拍子抜けだ。
もしかすると、そのまま捕らえられることも覚悟していたのだ。
だから、イネスを残した。二人とも、捕まってしまったのでは、どうしようもない。
それに、収穫もなかった。
結局、扉が開くのは、扉が黒くなっている時だけということだ。
長官の話にあった鳥にしても、そんな大きな鳥が一体どこにいるのか見当がつかない。
その鳥に乗れば、扉を越えられるとは思うが、そもそも、そんなものが手懐けられるものなのか。
森の中で、イネスと合流し、長官との話を共有した。
大きな鳥の話には、珍しく食い気味に聞いていた。
「もしかして、ドラゴンなの?!」
僕も実はそう思ったが、それは言わなかった。
「はあぁ、飼ってみたい」
イネスがうっとりと呟く。
「僕達が餌になるんじゃないか。それに探すだけでどれだけ時間が掛かるか。それこそ、一生掛かるかもしれない。それでは、間に合わない」
これでふりだしに戻った。
魔王の元に行くための方法をなんとしても探し出さなくてはならない。
「正論ね。軍はそれ以上、情報を出さないでしょうし。一度、ゼールス卿の所へでも行きましょうか」
「そうだな……」
「焦っても、意味ないわよ。余計に大事な情報を取りこぼすわ」
「わかっているよ」
「そうと決まれば、すぐに出発よ。どう頑張っても、村には今日中に着かないけれど」
僕達は歩き始めた。道は通らず、道に沿うように進む。
馬車に乗せてもらってもよかったのかもしれないが、軍を無条件に信用することもできない。
このようなところで夜を過ごしたくないが、それも仕方ない。
この近くに村や町はない。
唯一、軍に感謝したことは、非常食を分けてもらえたことだ。
さすがに空腹を覚えていた。
それでも、30日経っていて、その間、何も食べていないとは思われない。30日も食べていなければ、餓死していてもおかしくない。
感覚としては、せいぜい、1日食べていないくらいに思う。
「まさか、あれから、30日も経っていたなんて、思いもしなかったわ」
イネスもまた、同じように考えていたらしい。
「そもそも、魔王は僕達を殺せばよかったはずだ。どうして、解放したのか」
「こういうのはどう? 魔法か何かで細工されていて、王都に戻ったときに、魔法が発動。辺りを吹き飛ばすとか?」
「……」
十分、あり得る話だと思った。
「考えられるでしょう? メイが言っていたじゃない。魔王が強力な広範囲魔法を使うかもしれないって」
「その強力な広範囲魔法が僕達の体に仕込まれているかもしれないと?」
「その可能性もあるというだけよ。魔王の力は計り知れないわ。ほとんど、遊ばれているようなものだった」
「僕もそう思う。魔王の実力はあんなものではないだろう」
「30日の間に、何をされていてもおかしくないわ。前途多難ね」
「ああ。それに可能性があるのなら、王都に帰るのは危険だな」
「ええ。あくまでそれは一例にすぎないけれど。わからないことだらけなんて、困ったものだわ」
僕達は話をしながらも、歩を止めない。
「コーディ様! イネス様!」
その声を聞いて、立ち止まらないわけにはいかなかった。
行く手にミアが立ちはだかっていた。
「コーディ様があの扉を調べているのを見ました。メイを助けに行くんですよね!」
ミアが目を見据えてきた。決意の見て取れる目だった。
「そのつもりだよ」
僕は正直に答えた。ミアの様子に、不誠実な回答はできない。
「ボクにも手伝わせてください。だめだと言われても、ボクだけでも、メイを助けに行きます」
拒否しても無駄なのだろう。
彼女がメイを大事に思っていることもよくわかっている。
僕と同じだ。そんな彼女を拒否することはできない。
魔王の元に行く方法が見つかっていない今、人手がほしいのも事実だった。
それに、僕達の体に何らかの処置がされているかもしれないということだ。
この件は、さすがにミアには伏せておくことにした。
「わかったよ、ミア。共に行こう」
「はい! コーディ様、イネス様。絶対に、メイを取り戻しましょう」
勢い込んだミアが鼻息荒く言う。
僕達は、ミアを加えて、再び、歩き出した。
辺りが薄暗くなってきても、どこにも灯りは見えない。
人の気配はなく、建物などの人工物もない。
「ここで野営しよう」
僕はそう二人に提案した。これ以上、暗闇の中を歩くのは危険だ。魔獣が出ないとも限らない。夜の闇の中、戦うことは圧倒的にこちらが不利になる。
イネスは頷いてくれる。ミアも渋々といった様子ではあったが、同意してくれた。
火の魔法で火をおこす。火の魔法ではグレンに遥かに及ばないが、これくらいの生活魔法なら可能だ。
グレンはどうしているだろう。
たった一人きりで――
この国は、グレンを切り捨て、生贄にした。
そんな国で……
三人で火を囲んで、座る。
誰も何も言わない。
静かだった。目を閉じれば、誰もいないのではないかと思えるほどに。
火に照らされて、イネスとミアがいるにもかかわらず。
立ち止まってしまうと、嫌な考えばかりが浮かぶ。不甲斐ない自分があぶり出されるようで嫌だった。
「コーディ、そんな辛気臭い顔しないで」
イネスが睨みつけてくる。
「すまない」
「空腹だと余計に駄目なのよ。少し、食べましょう。それに、考えるなら、いい未来を考えなさいよ。メイを助けて、思いっきり抱きしめて、キスをするとか?」
メイを抱きしめて、キス……
考えてしまうと、顔が熱くなってくる。
「い、いや、そんなことはできない……」
イネスが僕をじっと見つめてくる。
これ見よがしにため息を吐くと、
「本当にあなたは駄目ね」
「……」
僕は何も言い返せない。
「ごめんなさい、コーディ様、ボクも駄目だと思います」
ミアにまで、言われる始末だった。
僕は本当に情けない。
イネスは、僕を元気付けてくれようとしているのだろう。
僕には、イネスやミアがいる。
でも……
グレンには……
グレンは今も一人かもしれない。
本当にこれでいいのか。グレンはもう勇者で、生贄でいる必要はない。グレンがもう、魔王に関わらなくていいように、この国の犠牲にならなくていいように。
その為に、グレンを一人にした。味方のいないこの国で。
「感謝する、イネス、ミア。だが、メイを助け出すより先にグレンを捜したい」
メイは勿論心配だが、貴重な治癒術師に危害を加えたりはしないだろう。
「そうね。グレンも駄目な男だから、餓死しかねないわ」
「……わかりました。コーディ様とイネス様がそう言われるなら……」
ミアはまだ、グレンに関して、複雑そうだ。説明したとしても、実際に目で見たものの方が印象は強いから、すぐに納得はできないだろう。
「ミア、このようなことを頼むのは申し訳ないけれど、獣人の君なら、グレンがどこへ向かったかわからないだろうか?」
「グレン様も街に向かったのではないかと思います。最初に道に出た時に微かに痕跡がありました」
「グレンもゼールス卿を頼るつもりかもしれないわね。目的地も決まったし、休んでいい? 後で交代するから、見張りをよろしくお願いするわ、コーディ」
「わかった。二人は先に休むといい」
二人は、横になるとすぐに寝息を立て始めた。ずっと歩き通しで疲れていただろう。
野営は騎士学校での演習で何度か経験はある。
その時、グレンはいつも文句を言っていた。貴族である俺がどうしてこんなことをしなければならないのだと。
先に進んでいるグレンでもまだ、村や町には到底着いていないだろう。
僕はただ、燃える火を見つめていた。




