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魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ②
40/316

40話 扉の監視施設にて

僕は一人、境界の扉へと向かった。イネスには近くで待っていてもらった。

魔王の元へ向かうのに、通った扉。

あの巨大で、禍々しい雰囲気の扉。

それ以外に魔王の元へ行く術は今のところ、わからない。

海や空からは入れるのかもしれないが、そのような話は聞かない。

その扉の前。

前に来た時とはあまりに雰囲気が違う。

その大きさから随分前から扉は見えていた。

様子が違うことは認識していた。

扉からは禍々しいような雰囲気がない。

黒かった扉は、輝くように白い。

それに関しては、聞いてはいた。

30年毎、生贄を求める時の扉は黒く、それ以外の時は白いのだと。

扉が白いということは、生贄は既に得られたということ。

今は生贄を求めてはいない。

この扉を通った時、扉は自動的に開いた。

今、扉が開く気配はない。

扉に触れても、何も起こらない。

押しても、勿論、びくともしない。

ここまで近いと、もはや、扉というより、頑強な壁だ。

扉は開かない。

扉が黒い時にしか開かないのかもしれない。

だが、ここを通るのが一番手っ取り早い。

中々、諦められるものではない。

「フォレストレイ様」

家名を呼ばれ、振り向くと、軍人が二人いた。

近づいてくるのに、全く気付いていなかった。

ここに詰めている軍人だろう。

「ご無事で何よりでございます」

軍人達はそう言っているが、特に喜んでくれているわけではない。むしろ、複雑そうな表情を浮かべている。

それはそうだろう。

僕達は生贄で、二度と、ここに戻ることはないはずだったのだから。

ただ、複雑そうな顔をしてはいるが、驚いてもいないし、慌ててもいない。

「僕達の前に誰かと会いましたか?」

「ドレイトン様がいらっしゃいました。お連れの獣人も見かけました」

彼らはあっさりと答える。

「グレンが!? グレンはどうしましたか!?」

「何もおっしゃらず、立ち去られました。貴族様ですから、我々も御止めすることはできませんでした」

「そうですか。では、長官にお会いできますか?」

「畏まりました。いらしてくださいませ」

軍人達の後に続く。

少しでも、魔王の元に行くための手掛かりを得たい。

この扉を監視している施設の長官なら、何か知っているかもしれない。

ただ、これは賭けでもある。

これまで、戻ってきた勇者はいないとされていた。

戻ってきたとなると、勇者の処遇はどうなるのか。

もしかすると、捕らえられる恐れもあるのだ。

グレンが既に捕らえられている可能性も捨てきれない。

既に、軍には僕達が戻っていることが知られている。王都に届くのも時間の問題だろう。

施設に着くと、案内してくれた軍人達がすぐに面会の手筈を整えてくれた。

向こうもそれを望んでいたのだろう。

そもそも、あの軍人達が来た時点で既に手筈は整っていたのかもしれない。

面会はすぐに実現した。

扉を通る前に立ち寄っているので、長官の顔は覚えている。

50歳は過ぎていると思われる白髪交じりの男で、軍人にしては、体格は細身だ。

その長官が目の前に座る。

「お忙しい中、面会の時間を割いていただき、感謝致します」

「フォレストレイ様、滅相もございません。それよりも、無事のお戻り、大変、喜ばしく存じます。実を申しますと、我々も、今回のようなことは初めてにございますので、お話をお伺いしたいと思っておりました」

やはりと思う。

魔王の元から戻ってきた勇者など、聞いたことがない。戻ってきていたとしても、秘匿されている可能性はあるが。

長官は魔王に関する情報がほしいのだ。

手柄を立てて、王都にでも返り咲く気なのかもしれない。ここは、重要な拠点ではあるが、これまで何も起こっていないことも事実だ。

要は、彼は、左遷されたのだ。

「わかりました。ですが、僕達からもお訪ねしたいことがあります。早速で申し訳ありませんが、魔王の元へ行く方法をご存じでしょうか。もしくは、扉の開く条件など、知っていることがあれば、全てお話しいただきたい」

「魔王の元へ、ですか? 生きて戻られたのですから、そのようなことを気にされる必要はないかと存じますが? 扉は御覧の通り、既に白くなっております。30年は安泰でありましょう」

「知っていることをお話しいただけませんか」

極力、穏やかな口調は崩さず、長官を睨んだ。

長官はまっすぐに僕の目を見てくる。

「かまわないでしょう。知っていることをお話ししましょう。最初に断っておきますが、有用な情報は期待しないでいただきたく存じます。これは、隠しているのではなく、情報を得られる機会が無かった為です」

長官は、長い溜息を吐くと、自分の太ももにバンと手を置いた。

「私が赴任したきたのは、今から15年前です。それから、30日前まで扉が開いたところを見たことがございませんでした――」

「待ってください。30日前? 僕達が扉を通って、まだ1日しか経っていないと思いますが、それ以前に扉が開いたのですか?」

「いいえ。最近、扉が開いたのは、あなた方が通られた1回きりです。あれから、既に30日が経過しております」

30日が過ぎている……

長官が嘘を言っているようには見えないし、嘘を言う意味もないだろう。

事実、30日が過ぎているのだ。

「あなた方の認識では、1日しか経過していないというわけですね」

僕は黙って、頷いた。

「それは、興味深い。見たところ、あなた方は30日前と変わっておりません。衰弱している様子もありませんし、一体、どうしたのやら」

長官は再度、バンと自分の太ももを打った。

「いや、失礼致しました。続きをお話致しましょう。私が扉の開くところを見たのは、あなた方が通った時の1回きりです。それまで、人が前に立とうが何をしようが扉は開きませんでした。前回、扉が開いたのも、記録に因れば、30年前の勇者が通った時のみです」

「扉が黒く、勇者が通る時にしか開かないということですか?」

「そうなります。残っている記録は全て、目を通しておりますが、例外はありません」

あっさり話してくれるとは思ったが、案の定の内容だ。

「他の所から、例えば、あの扉以外にも扉があるとか、通路があるということはありませんか?」

長官はただ、首を横に振る。

「何か、それ以外に変わったことなど、少しでもありませんか?」

「そういえば、どうでもいいことかもしれませんが、扉の向こう側から鳥が飛んでくるのを見たという報告がありました。私は直接見てはいませんが、5年ほど前のことです」

「鳥……」

「ええ、鳥だそうです。それもかなりの大きさの。他に特に興味を引く報告はありません。扉の向こうには魔王がいるというのに、ここは本当に、平和そのものですから」

僕は、扉を通る前、馬車の中でのグレンとイネスの言い合いを思い出していた。

メイにドラゴンが実在するのかと問われた。

僕は、そんなものいないと思っていた。

子供に語るおとぎ話や神話の中の存在で、実在しないと思っていた。

だが、もし、存在するとしたら……

「さて、では、次は、こちらが話をお聞かせ願えますか」

「わかりました」

僕は、扉の先の様子と、魔王の特徴などを簡単に話した。

向こうであったことを詳細に語る気はなかった。

無論、どうやってこちらに戻ってきたのかなどは知る由もない。

「もっと詳しくわかりませんか」

長官が言ってくるが、

「申し訳ありません。朧げにしか覚えておりません。なにせ、僕達は1日だと思っていたぐらいですから」

「なるほど。それと、そうですね。あの治癒術師の女性、彼女は魔王に取られましたか」

「その通りです」

僕は努めて、冷静に言った。

メイのことは、聖騎士にでも聞いたのだろう。僕達からは、メイのことを話してはいない。

「貴重な治癒術師でしたが、仕方がありません」

僕は気付くと、強く拳を握っていた。

仕方のないことなどではない。

それで済ませたくなんてない。

「僕達をどうなさるおつもりですか? 隠匿するには遅い気もしますが」

「我々でどうこうはできますまい。基本的には貴族に手を出すことはできませんから。まして、あなた様のお立場は理解しております。伝令の鳥が王都に着くのも、もうしばらく時間が掛かることでしょう」

「では、僕のことも何事もなく見送ってくださるということですね」

「ええ。よろしければ、馬車でお送りいたします」

「遠慮します」

「そうですか」

長官は言葉通り、その後、すぐに出発するという僕をただ、見送るだけだった。

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