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魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ②
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39話 コーディの後悔

どんなに後悔してももう遅い。

僕は、彼女を護ることができなかった。

そればかりか、彼女を犠牲にして、生き残ってしまった。


僕はようやく、気付いた。

彼女を失ってから。

僕は彼女のことが、メイのことが……


魔王に貫かれたメイの姿が離れない。

魔王はメイを貫いたまま、遠ざかっていく。

手を伸ばしても、届かない。

なすすべなく、その場で膝をつくしかなかった。

弱く、無力な自分が許せない。

誰も護れていない。

それで騎士になりたいなんて、よく言えたものだ。

大切な一人すら、護れなかった。

やがて、闇が取り囲み、意識が刈り取られていく。

闇に飲み込まれていく。


鳥の鳴き声が聞こえた。

手に触れる土の感触。

目を開け、体を仰向けにする。

木漏れ日の差し込む森の中だった。

木の間からは高い壁が見えている。王国との境界だ。

ここはおそらく、王国側。

情けなくて、悔しくて、悲しくて。

色々な感情が綯い交ぜになって。

顔を両手で覆う。

「コーディ」

すぐ近くで僕を呼ぶイネスの声がした。

気付いていたが、気付かない振りをした。

イネスはそれ以上、声を掛けてこず、離れていった。


どれくらいの時間そうしていただろう。

ただ、何もせず、地面に転がっているだけ。

無意味なことは理解している。

それでも、何もする気になれなかった。

死と同じような、敗北。

誰かを犠牲にして、自分が助かる、そんなことは許せることではなかった。

こんなに辛く、苦しい。

いっそ、殺してくれた方がよかった。

どうして、僕は生きているのか。

惨めだった。

それとは反対に、世界は穏やかだった。

木の間から覗く青空、青々とした木々、楽し気な鳥の鳴き声。

ただ、空しかった。

メイの犠牲で王国は30年の平和を約束されたのだろう。

もう僕には意味がない。

もう起き上がれる気がしない。

このまま、永遠に眠ってしまえたら――

「コーディ、いい加減にしなさい」

冷たく、突き刺さるようなイネスの声。

イネスは仁王立ちで、僕を見下ろしていた。

「立ちなさい。怪我はないでしょう」

厳しい、有無を言わせぬ口調だ。

「何もわからず、このままずっと、そうしている気なの? 本当に、情けない。メイが見たら、幻滅するわよ」

そんなことくらい、わかっている。

こうしていることこそ、意味がない。

そんなのはわかっている。

幻滅すると言っても、そのメイはもういない。

情けないのは、自分が一番よくわかっている。

「メイが好きだったんでしょう?」

イネスが何でもないように言ってくる。

僕は驚いて、反射的に上体を起こした。

「もしかして、隠しているつもりだった?」

隠しているも何も、先ほど、気付いたところだ。

「……」

「周りは皆気付いていたと思うけれど。明らかに、メイに対して態度が違ったし、第一、家族とでさえ抱き合ったりなんてしなかったじゃない」

あまりそういうことを指摘されたくない。

「コーディ、メイは貴重な治癒術師よ。魔王は知っていたわ。それでメイを狙ったんだとしたら――」

「メイは生きている可能性がある」

「そうよ」

「感謝するよ、イネス」

僕は立ち上がり、イネスと向き合った。

「このままでは、情けないままだ。僕は、メイを助けに行く」

「そう」

イネスは素っ気ない。

「イネス……」

「もちろん、一緒に行くわ」

「え、いや、しかし、危険が」

「あなたみたいな腑抜けに言われる筋合いはないわ。メイには剣を教えていたの。勝手に死んでもらっては困るわ」

「……」

その通りで、僕は何も言えなかった。

「メイを助け出したら、メイにあなたがどれだけ腑抜けていたかを教えてあげるわ」

「えっ、それは――」

「嘘よ。メイには黙っていてあげるわよ」

イネスはくるりと踵を返す。

「イネス、グレンとミアは?」

イネスはフーッと息を吐き出す。

「怪我は一切ないわ。ついてきて」

僕はイネスに従い、後をついていく。

ここは、本当に、境界の近くにもかかわらず、美しい森だった。

「イネス様、コーディ様……」

消え入りそうな、かすれた声が聞こえた。ミアの声だとわかる。

木の陰から姿を見せたミアの目は赤く腫れている。

今はもう涙はないが、泣いていたことはすぐにわかった。

ミアはすぐに俯いてしまった。僅かに後ずさる。

思い直したように、ぱっと顔を上げた。

何も言わず、こちらをじっと見つめている。

ミアの目が鋭くなる。

「ボク……ボクは許せません、グレン様のしたこと」

一瞬、ミアが何のことを言っているのか、わからなかった。

すぐに思い至る。

あの時、メイが魔王に貫かれた時だ。

グレンがメイを突き飛ばした。そのメイを魔王が貫いたのだ。

ミアには、グレンが自分の身を護る為にメイを盾にしたように見えたのだろう。

だが、真実は違う。

グレンは、傲慢なところはあるが、卑怯なことはしない。

自分が助かる為に、メイを犠牲にしたりしない。

「ミア、違うんだ」

「どう、違うのですか、コーディ様。ボクは確かに見ました。グレン様がメイを殺したんです! コーディ様はグレン様のご友人だから、庇っているだけです!」

「ミア、話を聞いてほしい」

「コーディ様は憎くないのですか! 好きな人を殺されて! ボクは許すことなんて、できません!」

ミアは顔を真っ赤にして、喚き立てる。

「ミア! 落ち着きなさい」

僕は、多少、威圧的に言葉を発した。

ミアに動揺が見て取れる。

「ミア、話を聞きなさい」

「はい……」

ミアが項垂れる。その耳も力なく、折れている。

「あの時――」

僕は、自分の見ていたことをミアに話した。

あの時、メイのいた場所を魔王の尾が狙っていた。僕にはそれが見えていた。

それでも、僕のいた位置からではメイを助けることはできなかった。

近くにいたグレンが気付いて、メイを突き飛ばしたのだ。

だが、その先にも魔王の尾が伸び、メイを貫いた。

結局、どうしたとしても、メイを助けることはできなかった。

僕達の力が圧倒的に足りなかった。

責められるべきは、グレンではなく、僕なのだ。

境界までの同行を許可してしまった僕のせいだ。

僕がメイといたいと思ってしまったから。

僕達の力では、生贄以外の何者でもなかった。何も望んではいけなかった。

それなのに、魔王の元でメイに会い、うれしいと思ってしまった。

魔王さえも、倒せるのではないかと、錯覚するほどに。

魔王にとって、僕達は何の価値もなかったのだろう。

弱く、取るに足らない存在だった。最終的には生贄にさえなれなかった。

ミアは大人しく耳を傾けていた。

聞き終わっても、ミアは何も言ってこなかった。俯いているだけだった。

「ミア、あなたは家族の元に戻りなさい。もう、ここに用はないはずよ」

イネスは冷淡な口調で言った。

「イネス様は、王都に戻られないのですか」

ミアは、そんなイネスに怯まない。

「帰る場所はないわ。迎えてくれる家族もいない。家族は清々していると思うわ」

「コーディ様は?」

「僕も今更、戻れない。でも、ミア、君には迎えてくれる家族がいる。きっと、心配しているだろう」

ミアはこくりと頷いた。

ミアの顔は晴れないが、納得はしてくれたらしい。

ミアは、道のある方へと走って行ってしまった。

獣人だけあって、速い。ミアの姿はすぐに見えなくなった。

「これでよかった」

僕は呟いた。ミアは家族と再会できる。本来であれば、二度と、家族には会えなかったのだ。

「そうね」

「イネス、グレンは?」

「いなくなったわ」

「そうか」

それで全て、よかったと思う。グレンとミアは、来なくていい。

グレンがどうしているかは気になるが、今は、メイを助け出すことだけを考えたい。

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