33話 ティムと闇魔法
すでにこのゲーム?を始めて4日目になる。
メルヴァイナはちょっとした助言だけで、実際に手出しはしてくれない。
昼はリーナが、夜は裏リーナが協力してくれる。
これまで、全く太刀打ちできていない。
今日は……正直言って、苦手で、正直、話し掛けたくないライナスとティムにも、頑張って声を掛けよう!
ライナスはわたしに悪感情を持っている。ティムは何の興味もないのだろう。
ただ、危険はないだろう。悪くて、より嫌われるだけである。
たった二人に嫌われるくらいなんなのだろう!
いくしかないのだ。
問題は、なんて声を掛ければいいのか? 迷う。
剣術の稽古へと向かう途中、
「ライナス、あの、闇魔法はどういうことができるのですか?」
わたしはいきなり間違えた。これは、闇魔法が得意だというティムに聞こうと思っていた。
いまさら、取り消すことはできない。
頭の中で、もう一人のわたしがあああーと唸っている。そんなそぶりは見せないが。ポーカーフェイスは得意だ。
「初歩的なものでは視界遮断。代表的なものは、精神干渉、闇傀儡の生成。闇魔法の影響範囲は広くないが、最も習得が困難で、危険だとされる。闇を凝縮しての遠距離攻撃も可能だが、それにわざわざ闇魔法を使用する者は少ない。こんなことも魔力の根源である魔王と名乗る者が知らないのか」
ライナスは意外にも、普通に答えてくれた。余計な一言があったのは気にしないことにする。
あの偽魔王は闇魔法で作られていたんだ。誰が作ったのだろう?
それにしても、闇魔法は怖い魔法らしい。ティムはそれが得意ということだ。
メルヴァイナが以前にちらっと怖いことを言っていた気がする。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず、お礼は言う。
ライナスはわたしが魔王を名乗ることに嫌悪感があるのであって、名乗らなければ、普通に接してくれそうだ。
「それで、その精神干渉というのは、どの程度できるものなんですか?」
「魔力量、経験、才能による。その手法も多岐に亘る。それでも精神を崩壊させるまでは中々できない。よほど時間を掛ければ別だがな。もしくは、本物の魔王なら可能だろう。より詳しく学びたければ教師をつけろ。実際に闇魔法を使えなくても、知識は武器になる」
「はい、そうですね」
今は、この魔王国のこともよく知らない状態だ。もう少し、今の勉強が進めば、ぜひ、魔法の勉強はしてみたい。宰相にお願いしなければならない。
「ティムも闇傀儡の生成ができるの?」
そう、わたしが聞いても、何も返ってこない。
わたしが振り向いて、ティムを見ても、は?という顔をされた。
絶対聞いていなかったに違いない。
「ティ~ム~? 注意力散漫よね?」
メルヴァイナがじとっとした目でティムを見ている。
「……」
「ティムも闇傀儡の生成ができるの?」
わたしはもう一度、繰り返した。思えば、ティムの声をほとんど聞いていない。最初の一回きりのような気がする。
「ああ、できる」
ぶっきらぼうに返ってきた。
彼はわたしより2歳年下の14歳だ。はっきり言って、わたしより子供だ。
こんな子供に護衛の仕事なんていいのだろうかと思う。
わたしの世界ではありえない。
もちろん、15歳のリーナも。
そもそも世界は違うし、種族も違う。そういうものだと思うしかない。
「やってみて。見てみたい」
わたしは期待の眼差しをティムに送る。
「……」
ティムがちらりと視線を別の方向へ向ける。
そこには睨みを効かせるメルヴァイナがいた。
「……わかった。庭園に着けば、やる」
彼はメルヴァイナには逆らえないらしい。かなり渋々といった雰囲気だ。
ただ、わたしは見たいなんて言ったことを後悔する羽目になった。
庭園に着くと、いつものようにドレイトン先生がいる。
わたしが少しだけ、闇魔法が見たいから時間を取ってほしいと言うと、
「闇魔法ですか。私では闇魔法は使えませんから、私もぜひ見てみたいものです。構わないでしょう」
ドレイトン先生も乗り気で、許可をもらえた。
闇傀儡の生成は、あの偽魔王を作り出したものだ。どんな形でも可能なのだろうか。
「ドラゴンの形にできる?」
わくわくして聞く。近くにいるが、結局、まだ一度も巨大なドラゴンを見たことがない。
「ああ」
ティムは、そう短く答え、集中するように目を閉じた。
「闇傀儡はイメージが大事なのですよ、メイさま。イメージがしっかりできていないと、なんだかよくわからないものになりますし、形を保てません」
そう説明してくれたのはメルヴァイナだ。
やがて、ティムの前に闇が集まりだし、急速にそれが大きくなっていく。
次第に形作られ、わたしの思い描くドラゴンの姿が現れる。
巨大な漆黒のドラゴンだ。本当にすごい。
10メートルほどの高さがあるのではないかと思う。迫力がすごい。
わたしも闇魔法が使いたいと益々思う。
懸念は、わたしは美術が得意ではない。
下手な絵のようなものが出現すれば、敵にすら笑われかねない。
ドラゴンは、座ったような状態で微動だにしない。突然現れた巨大なオブジェのようだ。
「これ、動かないの?」
わたしの言葉に若干、がっかりした感じが出ていたのか、
「動かせるに決まっている」
ムキになったティムがドラゴンを立ち上がらせた。
ドラゴンが翼を軽く広げ、威嚇するように睨みつけてくる。
実際に動くと、さらに迫力が増した。
「すごいじゃないの、ティム。闇魔法に関してはさすがだわ」
メルヴァイナがティムを称賛している。
その時だった。
大きな音が聞こえた。嫌な予感がした。
窓ガラスが割れる音、鈍い破壊音。
その方向を見るのに、勇気が要った。
見ないわけにもいかず、視線を向けると、城の壁面にドラゴンの尾が当たり、一部屋分ほどの壁が崩落していた。
次の瞬間、ドラゴンは霧散し、跡形もなく消えた。
残されたのは、無残に崩れた壁面だった。
幸い、巻き込まれた人はいないようだ。それは本当によかった。
こんなところで、あんな巨大なものを出現させるべきではないとよく学んだ。
うん、これは、どうすればいいんだろう。絶対ヤバい。怒られる。
誰もが無言だった。
見たいと言ったのはわたしだ。わたしが一番悪い気がする。
ドレイトン先生やメルヴァイナやライナスでさえ、呆然としていた。
これは本当にまずい。
最悪、犯罪者として捕らえられるかもしれない。
もし、近くに人がいれば、死なせてしまったかもしれない。
そろそろ、城の兵が来てもおかしくないと思うのだが、誰かが駆けつけてくる様子がない。
かなり派手な音がしたはずだが、誰も来ないのだ。
どういうことだろう?
よく考えれば、巨大なドラゴンが現れたときも何の反応もなかった。
あんなものが突然現れて、無反応ということがあるのか?
「魔王様」
と声を掛けられ、我に返った。
声で誰かわかる。心臓が止まるかと思った。
声を掛けてきたのは、宰相だった。隣には、ドリーの姿もある。
宰相とドリーは普段と変わらない。特に怒っている様子はない。ただ、それが逆に怖い。
わたしがすることは一つしかない。
「すみませんでした。全てわたしが悪いんです」
わたしは頭を下げたのだった。
「魔王様が謝罪することはございません。この城は言わば、魔王様のものでございます。ただ、もう少し、思慮分別のある言動をお願い致します」
硬質な声が響く。
「はい」
「それに、実際には城に被害はございません」
宰相がそう言うと、わずかに景色が歪んだ。
その後には、崩れた壁面はすっかり元通りに戻っていた。
やはり別空間か何かだったのだろう。今思うと、これまでの剣術の稽古中、わたし達以外の人の気配がなかった。
「これは、空間魔法ですか?」
わたしが初めて、魔王国に入ったときに、転移させられ、別空間を彷徨ったのだ。
「その通りでございます」
「こんな別空間を作るような空間魔法が使える方どれくらいいるのですか?」
「国内では百人にも満たないかと存じます」
「そんなに高度な魔法なんですか!?」
「はい、基本的な転移などは上位種族であれば扱えます。しかし、それ以上となると習得は困難なのです」
宰相はもちろんのこと、ドリーもその中に入ってそうだ。
「そうなんですね。教えてもらってありがとうございます。次からはこんなことをしないように気を付けます」
「実際に試すことは悪いことではありませんよ。そこから学ぶべきことも多いのです。ただ、どうなるのかを見極め、危険のないようにお願いいたします」
そう言うドリーは、女神のように慈悲深く微笑んでいる。
ドリーが怒っていなくてよかった。多分、怒っていない。
「その通りでございます。後は、魔王様の裁量次第でございます」
宰相は、始終、全く表情を変えずに言う。
宰相とドリーは礼を執り、城の中に戻っていった。
怒られなくてよかった~
しかも、立派な城を傷付けてなくてよかった~
抑えるような笑い声が聞こえた。
「メイさまは宰相が苦手なのですね。声に出ておりますよ」
メルヴァイナだ。
「うっ……宰相が苦手というか……」
「それより、申し訳ありませんでした。このような場所で動かす前に止めておくべきでした」
メルヴァイナが頭を下げ、ついでに、ティムの頭も抑えて、下げさせた。
リーナまで一緒に頭を下げている。
「私からも申し訳ございませんでした、魔王様。闇魔法を見たいという我を通すために、許可を与えた私にも非がございます」
ドレイトン先生まで頭を下げてくる。
わたしはそんなことを求めていない。
それに悪いのは、やっぱりわたしだ。
確かに、建物の側であんな巨大なものは危険だ。まして、動かすなんて、するべきじゃなかった。好奇心を抑えられず、考えが足りていなかった。
「止めてください。悪いのはわたしなので。それに、一応、今のところ、お咎めはありませんし」
わたしは慌てて、彼らに頭を上げてもらう。
「やってしまったことは仕方ないですし、今後はもっと気を付けるということでいいと思います。ドリーさんも悪いことではないと言っていましたし。ティムも見せてくれて、ありがとう」
お礼を言ったが、ティムにはそっぽ向かれた。
このことは、これで終わりだ。
あのどさくさに紛れてライナスを攻撃することはできたと思うが、そんな余裕はなかったし、そもそもそんなことを考えられなかった。
それくらいしないと、ライナスに勝てないかもしれないとは思った。
その後は、剣術の稽古をしっかり行った。
ドレイトン先生の指導は相変わらずだった。
今日も心労が……
今日はもう、ライナスに勝つことは置いておこうとしそうになる自分を叱る。
「ティム!」
わたしはずいとティムに迫った。
わたしの部屋の前、彼らと別れるときだ。
ティムには強気に出る必要がある。
「なんだ!?」
ティムが嫌そうな顔をする。
「ライナスに精神干渉はできるの?」
「……きびしい。時間が掛かるし、警戒している相手にはやりにくい。普通は拷問や尋問の為に弱らせてからやる」
ティムは、嫌々ながら、メルヴァイナに睨まれていなくても、答えてくれた。
なんか怖いことを言っているが今は無視だ。
「じゃあ、視界遮断!」
「それなら、できる。ただ、ライナスは感覚が鋭い。他にも気を逸らせる必要がある」
「なるほど。じゃあ、それで協力して、お願い」
ティムはわたしをじっと見て、ため息を吐いた。
「……それくらいなら、やってやる」
なんと、意外とあっさりとティムの協力も取り付けられた。
少し、浮かばれた。この心労の分くらいには。




