317話 わたしの不安 二
手合わせ当日の朝、特に緊張しているわけではない。
試験とか、大勢の前で発表するとかではない。
清々しい朝に伸びをする。
朝食の後、手合わせの場には迎えに来たメルヴァイナと向かった。
いつも通る廊下を並んで歩く。リーナは一緒ではなく、二人だけだ。
「メイさま」
「はい、メル姉」
「メイさまも一緒に戦いますか? 後方支援ではなく」
メルヴァイナの言葉に隠し持った短剣を意識する。
何となく持ってきてしまった。
こんなもので実際にわたしが戦えるわけない。
たぶん、相手に届きもしない。
しかも、絶対、後で怒られる。
それでも、わたしはメルヴァイナの言葉に頷いた。
わたしもできる。
やってみないとわからない。
絶対できないなんてことはない。
「ええ、魔王さま。宰相さまに一泡吹かせましょう」
「はい」
わたしは前を見据えて、胸を張って、極力、堂々と向かった。
いつもの剣術の鍛錬をしている場所に着くと、ミアが駆けよってきた。
すでに結構、人が集まっている。
見に来ているだけというような人もいる。人間とは限らないけど。
さすがに、1対100はなさそうだ。
手合わせの前に集まって、円陣を組むわけでもなく、打ち合わせるわけでもない。
魔王であるわたしが呼びかけないといけないんだろうか?
そもそも、宰相とコーディとライナスが発端だから、わたしが口を出すのもどうかと思う。
ほとんど、言い訳だけど。
宰相に勝てる作戦があるわけでもない。
卑怯なことをしても勝てる気がしない。
それを言うなら、人数がすでに卑怯だ。
1対12だから。わたしも入れて。
この12人で絶対にまとまる気がしない。
どう戦えばいいのかもよくわからない。
わたしも攻撃に参加するつもりだけど、いつ出て行けばいいのか?
とりあえず、ドリーによる開始の合図の後、後方支援らしく、身体強化の魔法を掛ける。
その直後、セルウィンとマデレーンが突撃する。
全く宰相に攻撃が当たらないまま、諦めたようだ。
宰相は全くの無傷で、疲れもない。そうだとは思った。
イネスとミア、コーディとグレンも後に続いた。
わたしも行った方がよかったんだろうか。
でも、明らかに足手まといだ。
わたしはどうすれば?
メルヴァイナとリーナ、ライナスとティムも宰相を攻撃する。
剣だけでなく、魔法も使っている。
ただ、宰相には全く効いていない。
わたしも一応、光魔法は使える。
わたしは宰相に向かって走った。
攻撃はできないけど、目くらましくらいならできる。
わたしを中心として広がるように光魔法を使った。
使った瞬間、思ったけど、わたしも見えない。
ただ、宰相は前にいるはずだ。
うっかり転んで、短剣を自分に突き刺してもわたしは死なないだろう。
わたしは目の前にいるはずの宰相に向かって短剣を投げた。
さすがに人を刺すのは抵抗がある。
本当は人に向けるべきでもない。
もちろん、投げてもだめだ。
投げた短剣の行方はわからない。
特に何の音もしない。
「魔王様、あまり危険な事はなさらないでくださいませ」
宰相の声が近くで聞こえた。怒っているような声音じゃない。けど……どうなんだろう?
「すみません」
とりあえず、謝った。
一応、作戦だけど、嘘を吐いたことには変わりない。
魔法の発動も止めた。
宰相はわたしが投げた短剣をわたしに返してくれた。
メルヴァイナ、リーナ、ライナス、ティムが思ったより近くにいた。
彼らも宰相を攻撃したのかもしれない。
ただ、宰相の服はきれいなままだ。
宰相は全くの無傷だ。
思った通りの結果だった。
宰相はやっぱり強い。
手合わせは終わりだと、宰相が言うので、宰相と少し離れた。
メルヴァイナ達もわたしの傍に来る。
これで解散ではなく、宰相は魔王について、今から話してくれるらしい。
時間を作ると言っていたけど、終わってすぐになった。
案の定、わたしがすでに知っている話だ。
元の世界に戻った魔王はいない。宰相ははっきりと言い切る。
宰相の弟のアーノルドは元の世界に戻れると言っていた。
前の魔王は元の世界に戻ったのだと。
元の世界。わたしの本当の世界。
でも、この世界も偽物ではない。
この世界に生きている人達は物語の登場人物じゃない。わたしの妄想でもない。
どれだけ寝て起きても、痛い思いをしても、夢じゃないから、覚めない。
「あの、あと一つだけ、聞いてもいいですか?」
わたしは宰相を見据えた。
一歩も引くつもりはない。
「今回の王国での魔獣騒ぎを起こしたのは、あなたですか?」
宰相からは否定が返ってくる。
王国で巻き込まれて亡くなってしまった人達がいた。
わたしは思い出さないようにしていた。
本当のことなんて、わたしにはきっとわからない。
魔王なのに。
そもそも、わたしの思う魔王と宰相の思う魔王は違うのかもしれない。
「わかりました。それと、次の機会でいいので、これまでの魔王がどんな方だったのか、教えてもらえませんか? どういう風に過ごしていたかとか」
宰相には、これまでの魔王について話をする機会をもらった。
聞くつもりで、今まで聞けていなかったことだ。
部屋に戻ろうとしたところ、
「宰相さま、私達がここにいる意味はあるのですか? 私達は出来損ないで、疎まれていましたから」
メルヴァイナが唐突にそんなことを言った。
メルヴァイナの様子は普段と変わりない。でも、一瞬、今にも泣きだしそうに思えた。
メルヴァイナは自分自身を出来損ないなんて、言わない。
わたしの中ではそんなイメージはない。
宰相もそんなことは思ってなさそうだ。
ライナスもドラゴンにはなれないのかもしれないけど、宰相の甥でもあるし、仲がかなり悪いとも思えない。
あ、でも、今回は喧嘩したのかもしれないけど。そう言えば、仲がいいわけでもなかったかもしれない。
まあ、宰相がどう思っているのかは、わからない。
わたしはメルヴァイナとその場から立ち去った。




