表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の裁定  作者: 有野 仁
最終章 ⑤
317/319

317話 わたしの不安 二

手合わせ当日の朝、特に緊張しているわけではない。

試験とか、大勢の前で発表するとかではない。

清々しい朝に伸びをする。

朝食の後、手合わせの場には迎えに来たメルヴァイナと向かった。

いつも通る廊下を並んで歩く。リーナは一緒ではなく、二人だけだ。

「メイさま」

「はい、メル姉」

「メイさまも一緒に戦いますか? 後方支援ではなく」

メルヴァイナの言葉に隠し持った短剣を意識する。

何となく持ってきてしまった。

こんなもので実際にわたしが戦えるわけない。

たぶん、相手に届きもしない。

しかも、絶対、後で怒られる。

それでも、わたしはメルヴァイナの言葉に頷いた。

わたしもできる。

やってみないとわからない。

絶対できないなんてことはない。

「ええ、魔王さま。宰相さまに一泡吹かせましょう」

「はい」

わたしは前を見据えて、胸を張って、極力、堂々と向かった。


いつもの剣術の鍛錬をしている場所に着くと、ミアが駆けよってきた。

すでに結構、人が集まっている。

見に来ているだけというような人もいる。人間とは限らないけど。

さすがに、1対100はなさそうだ。

手合わせの前に集まって、円陣を組むわけでもなく、打ち合わせるわけでもない。

魔王であるわたしが呼びかけないといけないんだろうか?

そもそも、宰相とコーディとライナスが発端だから、わたしが口を出すのもどうかと思う。

ほとんど、言い訳だけど。

宰相に勝てる作戦があるわけでもない。

卑怯なことをしても勝てる気がしない。

それを言うなら、人数がすでに卑怯だ。

1対12だから。わたしも入れて。

この12人で絶対にまとまる気がしない。

どう戦えばいいのかもよくわからない。

わたしも攻撃に参加するつもりだけど、いつ出て行けばいいのか?

とりあえず、ドリーによる開始の合図の後、後方支援らしく、身体強化の魔法を掛ける。

その直後、セルウィンとマデレーンが突撃する。

全く宰相に攻撃が当たらないまま、諦めたようだ。

宰相は全くの無傷で、疲れもない。そうだとは思った。

イネスとミア、コーディとグレンも後に続いた。

わたしも行った方がよかったんだろうか。

でも、明らかに足手まといだ。

わたしはどうすれば?

メルヴァイナとリーナ、ライナスとティムも宰相を攻撃する。

剣だけでなく、魔法も使っている。

ただ、宰相には全く効いていない。

わたしも一応、光魔法は使える。

わたしは宰相に向かって走った。

攻撃はできないけど、目くらましくらいならできる。

わたしを中心として広がるように光魔法を使った。

使った瞬間、思ったけど、わたしも見えない。

ただ、宰相は前にいるはずだ。

うっかり転んで、短剣を自分に突き刺してもわたしは死なないだろう。

わたしは目の前にいるはずの宰相に向かって短剣を投げた。

さすがに人を刺すのは抵抗がある。

本当は人に向けるべきでもない。

もちろん、投げてもだめだ。

投げた短剣の行方はわからない。

特に何の音もしない。

「魔王様、あまり危険な事はなさらないでくださいませ」

宰相の声が近くで聞こえた。怒っているような声音じゃない。けど……どうなんだろう?

「すみません」

とりあえず、謝った。

一応、作戦だけど、嘘を吐いたことには変わりない。

魔法の発動も止めた。

宰相はわたしが投げた短剣をわたしに返してくれた。

メルヴァイナ、リーナ、ライナス、ティムが思ったより近くにいた。

彼らも宰相を攻撃したのかもしれない。

ただ、宰相の服はきれいなままだ。

宰相は全くの無傷だ。

思った通りの結果だった。

宰相はやっぱり強い。

手合わせは終わりだと、宰相が言うので、宰相と少し離れた。

メルヴァイナ達もわたしの傍に来る。

これで解散ではなく、宰相は魔王について、今から話してくれるらしい。

時間を作ると言っていたけど、終わってすぐになった。

案の定、わたしがすでに知っている話だ。

元の世界に戻った魔王はいない。宰相ははっきりと言い切る。

宰相の弟のアーノルドは元の世界に戻れると言っていた。

前の魔王は元の世界に戻ったのだと。

元の世界。わたしの本当の世界。

でも、この世界も偽物ではない。

この世界に生きている人達は物語の登場人物じゃない。わたしの妄想でもない。

どれだけ寝て起きても、痛い思いをしても、夢じゃないから、覚めない。

「あの、あと一つだけ、聞いてもいいですか?」

わたしは宰相を見据えた。

一歩も引くつもりはない。

「今回の王国での魔獣騒ぎを起こしたのは、あなたですか?」

宰相からは否定が返ってくる。

王国で巻き込まれて亡くなってしまった人達がいた。

わたしは思い出さないようにしていた。

本当のことなんて、わたしにはきっとわからない。

魔王なのに。

そもそも、わたしの思う魔王と宰相の思う魔王は違うのかもしれない。

「わかりました。それと、次の機会でいいので、これまでの魔王がどんな方だったのか、教えてもらえませんか? どういう風に過ごしていたかとか」

宰相には、これまでの魔王について話をする機会をもらった。

聞くつもりで、今まで聞けていなかったことだ。

部屋に戻ろうとしたところ、

「宰相さま、私達がここにいる意味はあるのですか? 私達は出来損ないで、疎まれていましたから」

メルヴァイナが唐突にそんなことを言った。

メルヴァイナの様子は普段と変わりない。でも、一瞬、今にも泣きだしそうに思えた。

メルヴァイナは自分自身を出来損ないなんて、言わない。

わたしの中ではそんなイメージはない。

宰相もそんなことは思ってなさそうだ。

ライナスもドラゴンにはなれないのかもしれないけど、宰相の甥でもあるし、仲がかなり悪いとも思えない。

あ、でも、今回は喧嘩したのかもしれないけど。そう言えば、仲がいいわけでもなかったかもしれない。

まあ、宰相がどう思っているのかは、わからない。

わたしはメルヴァイナとその場から立ち去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ