315話 宰相との手合わせ 四
「魔王様の事を聞きたいのだな」
宰相は余裕の表情で僕に話しかけてきた。
セルウィンとマデレーンとエリオットもなぜか、そのような表情だ。
「僕達は傷一つ付けられませんでした」
「特に条件は指定していなかったはずだ。まだまだ未熟なのは確かだ。励むように」
宰相は僕の他、ライナス達にも視線を向ける。
「ここで話してもいいのですか?」
「隠している事でもないと言ったはずだ」
その時、メイが僕の傍に来た。
「魔王様、本日はお休みになられてはいかがでしょうか」
「いえ、大丈夫です。それより、わたしも聞いていてかまいませんか?」
「勿論でございます、魔王様」
メイの腕と僕の腕が当たった。
メイを護る為に僕はどうすればいいのか?
宰相には勝てない。
このまま、魔王国にいるしかない。
そんな中で……
僕達に再生能力があるのはわかる。
魔力や身体能力も向上している。
年を取らないというのは今、実感はないが。
僕達は形はそのままだが、もう人間ではないのだろう。
「早速ですが、魔王は魔王国に魔力を供給しているだけなのですか?」
僕は改めて宰相に尋ねた。
「基本的にはその通りです。これまでの魔王様の中には、自ら統治に関わりたいとおっしゃる方もいらっしゃいましたし、研究開発を行いたいとおっしゃる方もいらっしゃいました。私達は出来得る限り、魔王様のご要望に応えたいと考えております。魔王様が望まれるのであれば、何でもなさっていただいて差し支えございません」
宰相の答えは僕が既に知っているものだ。
メイの言う事が本当なのだとしても、この場でそんなことは言えないだろう。
殺せない魔王を殺す。
本当だとしても、すぐに殺せる訳ではない。
魔王の魔力を吸収して徐々に弱らせるとしても、数百年掛かるという事なのかもしれない。
それがわかったとして、どうするのか?
「これまでの魔王について教えていただけますか?」
「私の知るこれまでの魔王様は5名です。魔王様は必ず、異世界からいらっしゃいます。魔王様ご自身にはご自覚はないようでしたが、いずれも、膨大な魔力を持っていらっしゃいました。どうしていらっしゃるのかはわかりかねます」
「元の世界に戻った魔王はいたのですか?」
「いいえ。それだけはできません」
宰相の口調は変わらないが、それだけは強く聞こえた気がした。
魔王を元の世界に戻すつもりはないと。
殺せない魔王にいなくなってほしいなら、元の世界に戻した方がいい。
元の世界に戻す方法がわからないならどうしようもないが、どちらかと言えば、方法がわかっていたとしても、魔王を元の世界に戻す気はなさそうだ。
宰相が魔王を殺したいと思っているとは僕には思えない。
僕の考えが甘いだけなのかもしれないが。
ただ、メイは元の世界に戻りたいのかもしれない。
すぐに触れ合える距離にいるメイを抱き寄せようとして、止めた。
宰相の弟は対照的に元の世界に戻れるのだとメイに言ったらしい。
まだ、時間はある。
焦って、不利な状況になってはいけない。
「承知致しました。ありがとうございました」
僕は話を打ち切った。
「あの、あと一つだけ、聞いてもいいですか?」
メイが宰相に話しかける。
「どうぞ」
「今回の王国での魔獣騒ぎを起こしたのは、あなたですか?」
メイはそんな事を宰相に直接、尋ねた。
「いいえ、誓って、私ではございません。命じてもおりません」
宰相は否定する。
こういう場で、「私です」とは中々言わないだろう。
ただ、宰相の場合は、僕達より圧倒的に強い。それを見せつけられたばかりだ。
肯定したとしても、僕達に何かできる訳ではない。
この宰相の場合、ここで嘘は吐かないのではないかと思う。
「わかりました。それと、次の機会でいいので、これまでの魔王がどんな方だったのか、教えてもらえませんか? どういう風に過ごしていたかとか」
メイもいつもと調子は変わらない。
宰相に気軽に尋ねている。
「それは勿論でございます、魔王様。必ず、お時間を取りましょう」
一見、和やかな宰相とメイの会話の後、メルヴァイナが口を開いた。
「宰相さま、私達がここにいる意味はあるのですか? 私達は出来損ないで、疎まれていましたから」
明るい口調のメルヴァイナだが、その目は真剣そのものだ。
「少なくとも、お前達をここに置いているのは私の判断だ。ここにいる自信がないなら、出て行っても構わない。私の見込み違いだっただけの事だ。そもそも、ヴァンパイアは100歳以上で漸く成熟とされるはずだろう」
「聞いてみただけです。出て行ったりしません。私は魔王さまの傍におります。それでは、魔王さま、参りましょう」
メルヴァイナは、メイと、それに、リーナとティムも連れて、城の中に戻って行った。
僕は一度、部屋に戻った後、仕事の為、再度、宰相とライナスに会うことになった。




