314話 宰相との手合わせ 三
グレンは剣を構えておらず、鞘からも抜いていない。
僕も同様だ。
剣で斬りかかっても、セルウィンやマデレーンと同じ結果だろう。
多少、剣術ができただけでどうにかなる訳ではないだろう。宰相の動きが速すぎる。
聞いたところによれば、魔王を除くと、宰相は魔王国で最強らしい。
セルウィンの武器は相変わらずの大剣で、マデレーンは小ぶりの斧を使っていた。
エリオットは剣を持っていたが、特に何もしていない。
付け焼き刃でどうにかなるものではないが、あの速さでは僕達でもどうにもならない。
グレンは闇魔法で宰相の足元を狙う。
その直後、僕は宰相の真上から大きめの闇魔法の円盤を落とす。
王国にいた頃は、絶対にしない戦い方だ。
イネスとミアの攻撃は宰相に避けられた。
僕とグレンの闇魔法が霧散した直後に、僕とグレンは剣で宰相に同時に斬りかかった。
僕は本気だった。
手を抜いて勝てる相手ではない。
そもそも、僕達には再生能力があるから、斬られても死にはしない。
それでも通用しなかった。
宰相は避けずに、僕達の剣を止めた。
しかも、僕達への宰相からの攻撃はない状態だ。
「宰相さま、次は私達も行きます」
宣言してから、メルヴァイナが飛び出してくる。
「リーナ、行くわよ!」
僕とグレンは後ろに下がる。
巻き込まれない為だ。
メルヴァイナとリーナは宰相の真正面から、素手で攻撃する。
僕達よりもメルヴァイナとリーナは強い。
その二人でも、宰相には傷一つ付けられない。
宰相の背後に回ったライナスとティムが闇魔法を連続で多量に宰相に打ち込む。
僕ではこの猛攻を防ぐ事はできないだろう。
ただ、宰相に攻撃が効いているようには思えない。
どのように防いでいるのか、僕にはわからない。
僕達の知らない魔法なのかもしれない。
十分に強い彼ら4人が太刀打ちできていない。
この状況を見ると、宰相の格の違いを実感する。
僕達では宰相には勝てない。
僕達から反抗の意思を失くす事が目的だろうか。
この宰相の考えている事は特にわからない。
ライナスとティムは攻撃を止めた。
宰相は何事もなかったかのように佇んでいる。
心が折れそうだ。
強いとは思っていた。ただ、ここまでだとは思わなかった。
ライナスやメルヴァイナでもそう思った。
今回は手合わせだ。
宰相も僕達を殺す気はなさそうだ。今は。
敵対した時は歯が立たない事を思い知らされた。
気付くと、メイが宰相に向かって走っている。
メイは直接戦わないはずだ。
メイを中心として強烈な光が広がった。
おそらく、メイの魔法だ。
宰相とメイの姿が見えなくなり、どうなっているのか、全くわからない。
そんな状況で、そこに入って行く気にはなれない。
「魔王様、あまり危険な事はなさらないでくださいませ」
宰相の声だけが聞こえてくる。
「すみません」
メイがそう言った瞬間、光が消えた。
宰相の周りには、メイだけでなく、ライナス、メルヴァイナ、リーナ、ティムもいた。
宰相は相変わらず、悠然と佇んでいた。
「魔王さまも協力してくれたのに」
メルヴァイナは、不服そうな表情を隠していない。
「魔王様を巻き込むなど許されません。護衛する対象をより危険にさらしてどうするつもりですか?」
宰相は怒った表情をしておらず、声も落ち着いたものだが、どこかぞっとする。
「手合わせはこれで終わりです」
宰相がそう宣言した。
結局、宰相は攻撃らしい攻撃をしていない。
僕達の完敗だ。




