310話 シンリー村の行方 四
「そう言えば、もう、王国貴族のご子息ではないのよね。あたしも王国民じゃないし。丁寧な言葉遣いは疲れるわ。それにしても、こうなるとは思わなかったわ。一生、あそこにいると思っていたから。あたし達は王国では亡霊ね。それで、ここに来て、何を探ろうとしているのよ」
デリアは急に砕けた物言いになった。
確かに僕には何の後ろ盾もない。むしろ、彼女の方が年上だ。
「事情は知らないけど、メイはここでそれなりの立場よね。何となくわかるわ。だから、安心したわ。メルヴァイナさんとリーナが傍にいるそうだし」
「僕は魔王国について、何も知りません。それでは、メイを護れない。なので、疑問に思う事を明らかにしたいのです」
「残念だけど、あたしじゃあ、助けにはなれない。話した事以上の魔王国に関わりそうな話はないわ。あたしはただ、あの村で生きていただけだから」
「あなたの弟は元気なのですか?」
「ええ。この下の階に住んでいるわ。むしろ、あなたが大丈夫なの? 村人を助けてくれた事は今でも感謝しているわ。ここで暮らしてもいいのよ。面倒見てあげるわ」
メルヴァイナのように、子供扱いされている気がする。
それほど、頼りなく見えるだろうか?
それより、このままでは、結局何もわからない。
彼女の言う事が本当だという確証もない。
村人は巻き込まれただけで、何も知らないのか?
世代交代が進み、伝わっていないだけか?
彼女は既にここに馴染んでいる気もする。
始めから、魔王国の人間だったかのように。
僕達の会話に加わらないが、ここにはコリンナもいる。
僕を監視しているかのように思える。
「不要です。僕はメイと婚約しました」
「そう…………それは、おめでとう」
かなり間があった。あまり祝福されていない気がする。
彼女によく思われていない事はわかっている。
それなら、本気でなくても、ここで暮らすよう誘わないでほしい。
「ただ、あたしは、魔王国に来られてよかったと思っているわ。魔王様の国で暮らせるなんて思ってもみなかったから。この魔王国の人達とも分かり合える。あなたよりもずっと。あたしは王国には馴染めないと思っていたわ。王国の貴族が嫌いだった」
貴族からの理不尽な目にあったのだろうか。
あの村で貴族と関わる事があるのか?
「なぜ、貴族が嫌いなのですか? 会う機会はないのでは?」
「そうね。あんな小さな村だから。街道からも外れているし。でも、貴族の関係者が来ていたのよ。現にあなたも来た訳だし」
僕は貴族ではないが、それに近い。兄や、アーロ・ゼールスや、聖騎士達は貴族だ。
わざわざ行かなくては行く事がないような村にしては訪れる貴族や貴族の関係者が多いことになる。
そう仕向けられたようだ。
シンリー村の村長は貴族について悪くは言っていなかった。
僕は村人から貴族の子息だと思われていたはずだ。村人が攫われるという状況が状況だったが、僕を歓待してくれた。
村人が攫われた事すら、魔王国関係の誰かが指示していた可能性もある。
「誤解しないで。貴族や貴族の関係者に何かされた訳ではないわ。言い方は気に食わなかったけれどね。村にとっては利益になったから。それでも、いい気はしなかったわ。さも自分は優しいと言うように、それを押し付けてくるようだった」
「慈善事業の一環として訪ねて来ていたのですか?」
「そうだと思うわ。あたしはよく知らないけど、昔、村人に世話になったことがあるって話だったと思うわね」
恩があるなら、あり得なくはない話だ。ただ、シンリー村はゼールス領だ。
ゼールス卿を介した支援ではなく、直接、支援を行っている。
むしろ、シンリー村ではなく、実際に支援を行っていたのは、地下の研究施設だった可能性がある。
貴族の関係者については、はっきりしない。
ドレイトン公爵の名が村長から出ていたが、ドレイトン公爵が魔王国に関わっている事はない。
勇者となったグレンを逃がそうとしたという事はあるのかもしれないが。
元々、真相究明の期待はしていない。
これ以上、女性一人の家に長居する訳にもいかない。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
「いいのよ」
デリアと別れ、彼女の家を出ると、コリンナと二人きりだ。
コリンナは何も話し掛けてはこない。
気が重くなる。
結局、デリアを訪ねてわかったのは、宰相の弟か宰相が怪しいのではないかというこれまでの推測と同様の事だ。
それも確証がある訳ではない。
しかも、コリンナと通して、宰相には知られるだろう。
「まだどこかに参りますか?」
デリアの住む建物を出ると、コリンナが尋ねてきた。
どうせ無駄だとでも言いたげに聞こえる。
その通りだとは思う。
他の村人に聞いても同じだろう。言い伝えや歌の内容しか知らないと思える。
ただ、会えるのであれば、村長にも話は聞いておきたい。
「村長に会えますか?」
「シンリー村の元村長ですか。かしこまりました。お連れ致します」
無言のまま、僕はコリンナについて行く。




