表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の裁定  作者: 有野 仁
第2章 ①
31/316

31話 リーナと 三

翌朝のリーナを見ると、昨日のことが嘘だったのではないかと思えた。

わたしは夢でも見ていたか、寝ぼけていたのかもしれないーー

そうに違いない……

そう思いたい……

ライナス相手には何もしていない。それどころではなかった。

剣術の稽古終了後の庭園で、

「メル姉、お願いします! 二人だけで話をさせてほしいです!」

メルヴァイナの手を掴み、庭園を少し進んだ。

ライナス、ティム、リーナの姿は見えているが、小さめの声で話せば聞こえないだろう。

三人が追って来ず、ほっとした。

「? どうしたのですか? メイさま」

メルヴァイナが訝しげに尋ねてくる。

「あ、あの、昨日の夜……その……リーナに会ったんです」

「リーナに、ですか?」

メルヴァイナは困ったような表情をしていた。

「その、いつもと雰囲気が違っていて……」

「あのリーナに会ったのですね。ですが、心配いりませんよ。ええ、少し、雰囲気が違うだけですから」

全然、”少し”ではない。

あれは確かにリーナらしい。双子の妹とか姉とかがいるわけじゃなく。夢でも幻でもなく。

それに、メルヴァイナはそんなリーナのことに気付いている。

「昼食の後、私の部屋にいらっしゃってください。それでは戻りましょうか」

わたしはメルヴァイナの言葉に頷いた。

ここではさすがに話しにくいのだろう。


「あのリーナは少しだけ変わっていますが、非のない者に手を出したりは致しません。あのリーナも私の可愛い妹ですから」

メルヴァイナはそんな風に言う。

昼食の後のメルヴァイナの部屋でのことだ。

彼女の部屋は特別区内にないが、近い位置にはある。

リーナは隣の自分の部屋にいる。後の二人は知らない。

彼女の部屋はわたしの部屋に比べると小さいが、それでも十分な広さがある。

派手な色の部屋を想像したが、落ち着いた感じのいい部屋だった。

「あれが本当のリーナなんですか?」

「それはわかりませんが、リーナは二重人格なのです。偶に、あのリーナが出てくるのです」

二重人格と言われて、どうしたらいいかわからない。

そんな人に会うのは初めてだ。

まあ、襲われないのであれば、問題ないように思う。

「襲ってはこないんですよね?」

「ええ。ですが、リーナを傷つけるようなことはなさらないでください。あのリーナはリーナを守るためにいるのかと思いますから」

「それはもちろんです」

怖くはあるが、昨日のリーナはわたしを攻撃したりはしなかった。

今のリーナと同じように接することができるかはわからないが、頑張ってみようと思う。

「リーナはどうして……何か辛いことがあったんですか?」

リーナは苛められたりしていたのだろうか。

リーナは決して弱くはないはずだ。魔力もメルヴァイナを上回るらしい。

「きっと、ヴァンパイアの洗礼の儀のせいです。古くからの悪習です。あのようなことは止めるべきだと思います」

メルヴァイナはそこで言葉を切り、少し考えるような仕草をする。

「誇るべき慣習だと考えている者も多いのですが、私にとってはヴァンパイアの恥だと思っております。残念ながら、私達の父は前者でした」

メルヴァイナは躊躇しているようだ。

恥だと考えるなら、言いたくないのだろう。

「メル姉、無理に言う必要はありません。もう、わかりましたから」

わたしはメルヴァイナを制止しようとしたが、メルヴァイナは首を左右に振る。

「いいえ、メイさま。無礼を承知で、メイさまにお願いしたいのです。ヴァンパイアに、洗礼の儀を金輪際、行わないよう命じてください」

「わかりました。わたしで役に立てるならやります。ですが、わたしはまだ、魔王としてちゃんと認められているわけではないので……聞いてもらえるかは……」

わたしは自信がない。今のわたしが言ったところで、ライナスと同様の反応をされそうだ。

「もちろん、すぐにとは申しません。洗礼の儀は10歳になると行われます。ヴァンパイアは子供が少ないので、すぐに10歳になるという子供はおりません。5年は猶予があります」

メルヴァイナは気にしなくていいと言わんばかりに、にこっと笑った。

「洗礼の儀の内容もお話しなくてはなりません。不快に思われるかもしれませんが、ご了承ください」

そう宣言し、メルヴァイナが話し始めた。

ヴァンパイアは10歳になったその日に洗礼の儀を受けるのだそうだ。

「メイさま、ヴァンパイアには高い再生能力があります。なので、怪我で死ぬことはほぼありません。これは、ドラゴニュートやダークフェアリーも同様ですし、魔王であるメイさまもそうでしょう」

「え? わたしにも!?」

ヴァンパイアなどに再生能力があることは知っていた。そして、その対処方法もゴホールから教えられている。

ただ、まさか、その再生能力がわたしにもあるというのは知らなかった。

「ええ、歴代の魔王さまがそうでしたので。心当たりはありませんか?」

わたしは考えた。

そう言えば、いつの間にか、できたはずの傷がなくなっていた気がする。

しかも、魔王だと思っていたものに腹を貫かれていた。それは痕跡すらない。

「あっ、心当たりがありました。でも、痛みはあるんですね」

「ええ、痛いですよ。いくら元通りになるといっても。元通りになっても、気の狂った者もいるくらいですから。再生能力は精神には作用しません」

治るとわかっていても、痛いものは痛いだろう。痛みはしっかりと感じるのだ。

「洗礼の儀というのは、意識を保ったまま、体を切り刻まれるという悍ましいものです。それに耐えきった者こそが、真のヴァンパイアなのだと」

「……そんなことが……だって、魔王国はこんなに近代的なのに……」

そんなのは、虐待だ。いくら伝統とか言っても、許されるわけがない。そんな古臭い悪習なら、無くすべきだ。

「ヴァンパイアは長命で、誇り高く、それを過ちだと認めません。その上、上位種ということで誰も意見ができないのです。10歳以上のヴァンパイアは皆、この洗礼の儀を受けております。リーナも、そして私も、私の両親も。あんなに辛い経験をしたはずなのに、いつしかそれは当然のことだと思えてしまうのです」

メルヴァイナの口調からはどこか後悔しているように感じる。

「私も、リーナの洗礼の儀に立ち会っていたのです。私自身がおかしいことだと思っていなかったのです。リーナもようやく認められると、むしろ、姉として誇らしくもありました。洗礼の儀の後には、両親も含めて一族全員が祝福してくれましたから」

「メル姉……」

わたしは何といえばいいかわからなかった。

「私達のことはもう終わったことです。メイさまが気になさる必要はありません」

起こってしまったことはなかったことにはできない。

「……わかりました。洗礼の儀はわたしが止めさせます」

「ありがとうございます、メイさま。リーナとは、変わらず接していただけると幸いです」

「はい、メル姉」

リーナとは年も近いので、できれば、もっと仲良くしたいと思っている。

「では、この話は終わりです。さあ、後は、気兼ねなく、ライナスに一撃をお見舞いしてくださいね」

いつもの明るいメルヴァイナの口調だ。

メルヴァイナは部屋を出ようとする。

「え? ちょっと待ってください! メル姉! どうすればいいか、壁にぶち当たっているんですけど」

わたしの言葉に、メルヴァイナがドアの前で立ち止まり、振り返る。

「気軽にすればいいのですよ。ほんのお遊びなのですから。ああ、それでしたら、ティムに手伝わせてはどうですか? ティムは闇魔法が得意で、それに関しては、ライナスより上手ですよ。偶に失敗するのは愛嬌です。後は、そうですねぇ。ライナスは、リーナには弱いのですよ」

ティムとリーナに協力させるように、ということだ。

なんだか、うまくメルヴァイナに乗せられている気がする。おそらく、ライナスも。実質、あの四人のトップはライナスではなく、メルヴァイナだ。ひそかに牛耳っていると思う。

闇魔法とはどういうものか?

裏リーナにも協力してもらった方がいいのだろうか?

昨日の夜に会ったあのリーナをわかりやすいよう、裏リーナと呼ぶことにした。

メルヴァイナにそれ以上聞けず、わたしは彼女の部屋から連れ出された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ