308話 シンリー村の行方 二
僕を消すつもりなのだろうか?
宰相の顔を直視する。
宰相は何を言うつもりなのか。
その宰相から出たのはため息だった。
まるで呆れるかのようだ。
「禁止事項以外は自由にしていい」
宰相からは怒っているような雰囲気はない。
「シンリー村へ行ったそうだな。あの村の事はまだ魔王様には言っていない。失敗だったのは確かだ。既にシンリー村はない」
宰相ははっきりと村はないと言った。
「村人はどうしたのですか?」
「それぐらいの事はわかるだろう」
いや、わからない。
亡命させたのが、失敗だったという事だろうか。
それなら、村人は……
「彼らは近くの町に移らせた。村ごと移動させても、やはり環境が違う。あのままでは暮らしていけなかった」
実際に確認していないから嘘かはわからないが、理屈はわかる。
「そうですか。あの村人の祖先は元々は魔王国の住人だったのですか?」
「その通りだ。魔王様が研究の助手として連れて行かれた人間とその家族だ。魔王国の事は子孫には伝わっていなかったようだが、魔王様への信仰は残ったのだろう。私は直接、関わっていなかった。関わっていたのは私の弟だ」
「どうして話して下さるのですか?」
「私達を疑っている事ぐらいわかっている。疑っていても構わない」
「デリアという女性に会いに行ってもよろしいのですか?」
「構わない。魔王様をお連れしてもいいだろう。案内させる」
宰相の言葉を安易に信じるのは問題だろう。
「わかりました。案内をお願い致します」
話は終わったと思ったが、宰相はまだ僕の前にいて、僕達は隔絶された空間の中のままだ。
「元の場所に戻していただけませんか」
「魔王様は……いや」
元の廊下に戻った。宰相は歩き去った。
翌朝の剣術の鍛錬の後で、メイを誘った。
シンリー村の村人に会いに行くからだ。
「わたしはいいです。行きません」
メイからはきっぱり断られた。
ほんの少しの間、頭が真っ白になった。
その後、よく考えれば、僕の行動は迂闊だったかもしれないとわかった。
僕は宰相に誘導された恐れがある。
メイを誘い出す為に。
メイは警戒していた。
僕自ら危険に晒してどうするのか。
「すみません……」
メイは走って行ってしまった。
「メイ」
メイを呼ぶが、空しく響くだけだった。
メイと婚約したにもかかわらず、逆に遠くなってしまった気がする。
僕だけが置いていかれている気がする。
イネスは騎士、グレンは研究、ミアは勉強、それぞれやりたい事がある。
それに比べて、僕は騎士を諦め、何がしたいのかわからない。
僕は魔王国の事を全然わかっていない。
王代理となれるようにと、宰相は言うが、このままだとお飾りにしかならない。
今のままでは……言われた事をしているだけだ。
「お待ちしておりました」
一旦、部屋に戻る途中、ドリエス・ラーナ・デル・フィーレスがいた。
その隣には初対面の女性がいる。
「シンリー村の村人の行方が知りたいのだと聞きました。このコリンナに案内させましょう」
隣の女性はコリンナというらしい。
「コリンナです。私が案内させていただきます、魔王様のご婚約者様。では、すぐに参りましょうか」
「いえ、この後、宰相の元に――」
宰相の元に行かなければならないと僕が言い終わらない内に、
「宰相から頼まれたのです。気になる事はすぐに確認された方がよいでしょう? いってらっしゃいませ」
穏やかな微笑のドリエスだが、有無を言わせず、既に僕を送り出す姿勢だ。
宰相から頼まれていたのなら、行かなければならない。
厄介払いの口実でないことを祈る。
昨日と同じ、城の中の転移専用の部屋へとほとんど強制的に連れて来られた。
コリンナは一見、人間だが、おそらく違う。ドラゴニュートでもない。
僕よりも身体能力が高い事を直感的に感じる。
転移魔法の起動はコリンナが行った。
転移先は町の中の立派な建物の一室だった。
どちらかと言うと、公共の建物のようだ。
「この町にシンリー村の村人がいるのですか?」
「その通りです。ただ、一ヵ所で全ての村人を住まわせる場所がありませんでしたので、多少、分散しております。まずは、関心を示されていたデリアという女性のいる場所に参りましょう」
僕とコリンナは建物を出て、歩いた。
僕の隣には、メイではなく、違う女性だ。
メイに見られると、また、誤解を与えてしまいそうだ。




