307話 シンリー村の行方
「本当にここであっているのか……?」
ティムが呟く。
ティムの目にも、やはり何も映っていない。
シンリー村は事実、ない。
この場所自体は見覚えがある。ただ、村がないだけだ。
転移先は間違っていないはずだ。
村が移動できるなら、村がなくなっていても、不思議ではない。
転移魔法は生き物だけを転移させる訳ではない。
ただ、無意識に家や地面は転移しないと思い込んでいた。
だから、僕が転移した時も、一緒に地面まで転移してはいない。
勿論、服や荷物は転移できているから、生き物だけという訳ではない。
理屈としては、僕でも地面ごと転移させる事ができるのだろう。
余りこの辺りの事を考えていると、逆に失敗しそうだ。
周りの建物ごと転移させてしまえば、元の場所も転移先も破壊される。
生き物だけを転移させれば、服や荷物を置いていく事になる。それだけで済めば、恥を掻くぐらいだ。
転移魔法を気軽に使えるのは、再生能力があればこそだ。
ルカ・メレディスが忠告していたように、転移魔法は危険な魔法でもあると再認識する。
それに、僕が転移魔法を使ったばかりに、メイが宰相の弟に連れ去られた。
僕の転移魔法は、宰相の弟の魔法にかなり劣るという事だろう。簡単に介入されたのだ。
メイを連れて、転移魔法を使うべきではない。
それに……
服を置いていくなんてことになれば……
そんな事を考えてはいけない。
僕は必死で打ち消そうとした。
「兄貴?」
ティムに声を掛けられる。僕が余程、挙動不審だったんだろう。
ティムから顔を背けるように、景色を眺めていた。
僕が魔王国のシンリー村へ来てからそれ程、日は経っていない。
ライナスと共にここへ来た。
その時は確かに、シンリー村があった。
まるで幻だったかのようだ。
だが、村人とは会話もしていた。
メイと親しかったデリアという女性とはその時、会えなかった。
彼女や他の村人はどこへ行ったのか?
ティムと共に、シンリー村のあった場所へ足を踏み入れた。
やはり、何もない。
ただの荒野だ。
いくつか考えられる。
1つは、最初から亡命させる気がなく、処分するつもりだった。
2つは、シンリー村の村人全てが、魔王国の者だった。
3つは、僕の転移魔法が干渉を受け、全くの別の場所に来ている、もしくは、この場所自体が魔法で作られた空間という可能性だ。
シンリー村がなかった時点で、魔王国が何かを隠しているという事だ。
「ティム、何か魔法が使われている痕跡があるだろうか?」
「何もないです」
ティムの返答を聞き、僕とティムは転移し、城に戻った。
待ち伏せされてはいなかった。
ティムとは別れた。
その後、宰相と会った時、宰相は何も言ってこなかった。
気付いていない訳はないだろう。
ティムから漏れる可能性もある。
実際のところ、ティムの立場もわからない。
ただ、僕としては、ティムは何も知らないのではないかと思う。知らされていないのではないかと思う。
城の中の転移する部屋を監視していない訳がない。
宰相がどういう行動に出るのかを見ていたが、昨日と何ら変わらない。
だが、メイには会うべきではない。
あくまで僕の独断だ。
その日の夜、宰相から僕に接触してきた。
僕の部屋に戻ろうとしていた時だ。
今、宰相と二人だけで、他に誰もいない。
音がしない。
明らかにおかしい。
場所は見覚えのある廊下だが、切り離されたかのようだ。
何度か経験がある。
魔法で作られた空間だ。




