303話 魔王とは…… 三
「メルヴァイナ」
先導するメルヴァイナの前にライナスが立ちはだかった。
確か、メルヴァイナとライナスは喧嘩していたはずだ。
「何かしら?」
メルヴァイナはライナスに目を合わせず、そっけない。
無視はしてないから、ちょっとましだけど。
やっぱり、喧嘩と言ってもいつものことだったんだろう。
要は、普段通りだ。
ただ、ライナスから話し掛けてきたのに、ライナスは黙った。
「長く生きたとしても時間は貴重なのよ。私達には大事な用があるんだから」
「くだらない用だろう」
二人はやっぱり目を合わせない。
「私は私の信念に従って行動するわ。あなたもそうすれば?」
「魔王国は基本的には王国にこれまで干渉しなかった。そうあるべきだった。魔王国と人間の国は違う。相容れない。あの裏切り者のせいではあるのだろう。王国の王族の殺害は、伯父の指示だ」
「そう」
ライナスの言葉にメルヴァイナはたった一言返すだけだ。
わたしは、一瞬だけライナスと目が合った。
メルヴァイナはライナスを避けて歩き出す。
わたしとリーナはメルヴァイナの後に続いた。
えっと、これでいいの!? 詳しく聞かなくていいの!?
わたしは心の中で叫んでいた。
まあ、聞いてもどうしようもないとは思う。
これは、知らなくていいことなんだと思う。
メルヴァイナは無言で歩いていく。
メルヴァイナも同じように思っているんじゃないかと感じた。
空気が重い。
初めて魔王国に来た時に戻ったみたいに。
わたしも引きこもりそうだ。
メルヴァイナが口を開いたのは、コーディの部屋の前だった。
「ここからはお部屋に戻る事ができると思いますが、私達も残りましょうか?」
メルヴァイナがわたしを連れて来たのはやっぱり、コーディの部屋だった。
まあ、来たことがあるからすでにわかっていたけど。
「わたし一人で大丈夫です。ありがとうございます」
わたしがそう言うと、メルヴァイナとリーナは歩いて行ってしまった。
そう言えば、コーディはもう部屋に戻ってるんだろうか?
部屋にいないかもしれない。
しかも、さっきまで一緒にいたのに。
すぐに部屋に訪ねて行くって……
わたしはコーディの部屋をノックしようとしたまま、固まっていた。
すると、部屋のドアが開いた。
さすがに倒れこんだりはしなかったけど、心臓が止まりそうなほど驚いた。
出て来たのは、コーディじゃなくて、イネスだった。
コーディと婚約したのって、わたしの妄想だった?
コーディに抱き着く妄想なら、してるけど。
いやいや、そんなはずない。確かに、コーディと、その、キスした。
恥ずかしすぎて、あまり覚えてないけど。
「メイ、少しだけコーディと話があったのよ」
イネスはわたしをコーディの部屋に押し込むと、外からドアを閉めてしまった。
えぇぇ……行かないでよ、イネス。
わたしは勝手に入ってきた感じになっている。
「メイ」
コーディが部屋にいるわたしに気付かないはずがない。
コーディの表情はどことなく険しい気がする。
やっぱり、婚約したのは、わたしの妄想かもしれない……
「すみません。すぐ、出ていきます」
わたしはドアを開けようとするけど、こんな時に限って、滑ってうまく開けられない。
「待って下さい!」
コーディの声がすぐ傍で聞こえた。
わたしはドアとコーディに挟まれた。
「何度も誤解させてしまい、申し訳ございません。イネスから宰相の動向を注視するように言われていただけです。僕としてもそのつもりです」
コーディの必死さが伝わってくる。
「いえ、わかっています」
コーディと距離がすごく近い。
抱き着いてもいいかな?
いや、だめだ。鬱陶しいとか思われたら……
「その、やはり、異性と二人きりというのは……」
至近距離でそんなこと、言わないでほしい。
「でも、イネスとは一緒でした」
「……イネスとは違います」
「わたし、イネスの言うことはわかります。宰相は信じていいのかわかりません。最初からそう思っていました。いきなり、魔王だと言われて」
「魔王国はわからない事だらけです。僕達自身で情報を集めていくしかありません」
「魔王は何なのでしょうか? 王? 神? 単なる魔力供給源でしょうか? それとも、何かよくないもの? それもよくわかりません」
「魔王国の国民は、少なくとも、魔王は王で神だという認識だと思います。現に、国民は魔王の再来を望んでいました」
「そうかもしれません。ただ、宰相は何か隠していると思います。殺せないわたしを殺すため、かもしれません。わたしに長く生きてほしいようですが、本当は逆じゃないのかって、思うんです」
「メイ、僕がずっと傍にいます。メイを必ず、護ります。だから、一人で悩まないで下さい。宰相の考えはまだわかりません。ですが、僕達もいます。一人より多くの情報を得られると思います」
「わかりました。確かに何もしないで悩んでいても仕方ないですね。わたしも、これまでの魔王のこととか、もっと調べてみます。ドリーさんも知っていると思いますし、聞いてみます」
「はい、ただ、宰相に直接、聞きに行ったりはしないで下さい。心配なので」
「さすがにそれは大丈夫です」
わたしのとりあえずの目標は魔王国と魔王について、知ることだ。
そう言えば、トレントのゴホールとは全然会っていない。ということは全然、授業を受けられていないということだ。
わたしの勉強は全く進んでない。
「あの、それと、さっき、ライナスが言っていたんですが、王国の王族の殺害は宰相の指示だと。確証はないですけど」
コーディも元王族だけど、他の王族とはほとんど交流がなかったらしいから、言っても問題はないと思う。
コーディが殺された王族と仲が良かったら躊躇っただろう。
「そうですか。一部の王族を殺されなかった理由はわかりませんが。御しやすいと思われたのかもしれません」
口には出さなかったけど、そんな気がする。
それは、わたしもそう思われているんだろう。
「王国から戻ったところですし、休んで下さい。あまりここにいるのは……」
わたしはやんわりコーディに追い出されて、コーディの部屋の外だ。
あれ? せっかく二人きりだったのに、相談で終わってしまった気がする。
婚約者という気が全然しない。恋人という気も全然しない。
わたしは仕方なく、そのまま自分の部屋へと戻った。




