301話 魔王とは……
当分、王国に行くことはないだろう。
わたしが行けば、また被害を出すかもしれない。
そこまでして行こうとは思わない。
わたしにとって、王国は故郷でもなんでもない。
行かなくても、どうということはない。
せっかくのお祭りだったのに、最後にあんなことになってしまった……
少しでもいい思い出のまま、魔王国に戻りたかった。
皆の表情は暗い。
わたしはどうすればいいんだろう?
「お、おやつでも食べましょう」
微妙に高い変な声が出てしまった。
あんなことがあって、何か食べるのはないかもしれない。
喉を通らないかもしれない。
わたしは……微妙に通りそうである。
「そうでした。用意させております。ぜひ、皆様でお召し上がりくださいませ」
ドリーがわたし達を案内してくれる。
大きなテーブルのある部屋だ。初めて入る部屋だった。
豪華な部屋ではないけど、大きな窓のある明るい雰囲気の部屋だ。
「魔王様、ゆっくりお寛ぎくださいませ。私は失礼させていただきます」
ドリーだけ部屋を出て行った。
静まり返った部屋で、ふと考えてしまう。
魔王は死なない、という話は本当のことじゃないか?
だから、本当の目的は死なない魔王を殺すこと。
厄介な存在だから、王とか神とか言って、満足させておく。
なんだか、筋が通っている。
それは、かなり怖いことだ。
わたしが魔力を供給しているというのも実感できない。
それなら、そもそもそれが嘘かもしれない。
何が嘘なのか、わからない。
全てが嘘かもしれない。
魔王はただ厄介なだけで、何の役にも立ってないのかもしれない。
魔王はこの世界の異物。
だから、排除したいのかもしれない。
魔獣を創った魔王はむしろ、悪影響しかない。
魔王自体が毒みたいなものを放出しているのかもしれない。
じゃあ、これまでの魔王はどうなったのか?
時間を掛けて、魔王を弱体化しているとか?
ありえるかもしれない。
メルヴァイナやライナスは何か知っているんだろうか?
もしかして、知らないのはわたしだけということもありえる。
嫌な考えばかり浮かんでくる。
下を向いていると、わたしは孤独に思えてくる。
皆、嘘を吐いていて、わたしは独りで……
そんなこと、考えちゃいけない。
わたしが信じないと、信じてもらえない。
騙されていても、幸せならいいじゃない。
それに、何の確証もないことだ。
おやつが運ばれてきた。
おいしそうな凝ったケーキだ。
食べると、甘くておいしい。
今すぐ、状況が変わるわけでもない。
ドリーは約束通り、このケーキを用意しておいてくれた。
目の前にいる皆が嘘を吐いているとは思えない。
なんて声を掛けていいかわからないけど。
「せっかくおいしいケーキがあるんだから、楽しくしましょう。暗すぎるわよ。魔王さまが気にされるでしょう?」
そう言うメルヴァイナのお皿はもう空っぽだ。
わたしのお皿にも後一口しかないけど。
その時、ドアが勢いよく開く。
部屋に押し入ってきたのは、シャーロットだ。
その後ろに、しれっとマデレーンとエリオットがいる。
そう言えば、彼らは魔王国に残っていたんだった。
「わたくしを置いて行くなんてひどいですの! わたくしも行きたかったんですの!」
シャーロットがかわいい声で捲し立てる。全然怖くはない。
「メルヴァイナ様からお聞きしましたのよ。私にも声を掛けていただきたかったですわ」
マデレーンが言い添える。
「私は行かなくてよかったが」
エリオットはぽつりと呟く。
急にうるさいぐらいになった。
メルヴァイナがどうにかして呼んだんだろう。
明るくはなったけど、収拾がつかない。
矢面に立っているのは、セルウィンだ。
イネスとグレンは完全に無視している。
他はわたしを含めて、成り行きを見ているだけだ。
普段通りのような気がする。




