30話 リーナと 二
まだ、2日目だ。
頑張るぞ。
朝日を眺めながら、拳を握り締める。
迎えに来たライナスに、わたしはいきなり仕掛けた。メルヴァイナから遠慮しなくていいと言われたし。
借りていたモップと濡らしたタオルを投げつけた。モップは細長く掴みづらいかと思って、濡らしたタオルは水が滴りこれも掴みづらいかと考えたのだ。
投げつけた直後、貰った短剣で突き刺しにかかった。
ライナスは片手で器用にモップとタオルを掴み、わたしの短剣を躱した。瞬間移動したかのように、わたしの短剣の先にライナスはいなかった。
ライナスは何も言わず、横からモップとタオルをわたしに押し付けてくる。
まあ、これくらい、むしろ、できないと困る。わたしの護衛なのだから。
後、こんなことに高価な短剣を使ってしまって、ごめんなさい。
わたしは剣術の稽古中、勉強中、食事中を除いて、時間があれば、攻撃していた。
そのたびに何事もないように、避けられる。
わたしも何でもないように振舞う。
うん、これくらい、できないと困る。
と言い訳じみたことを心の中で言いながら。
彼らはずっとわたしに張り付いて、他の仕事はいいのだろうか。自分の時間も削られてしまうのではないだろうか。
確かに、わたしの護衛とのことだが、特別区まで護衛は不要だと思う。
結局、この日、ライナスには全ての攻撃を躱された。動揺させることすらできない。
彼は全て見切っているように、ただ、避けるだけだ。
そして、何事もなく、仕事を続けるのだ。
明日もひたすら、これを続けるべきなのか?
結果は同じように思う。
やはり、決定的な隙を作らないと勝てない。
まだ、リーナにもらった3色の石は使っていない。実質、使えるのは一回きりだろう。一回使えば、警戒されるだろうから。
夜もすっかり更けた頃、何かアイデアはないかと、部屋を出た。
勿論、特別区から出るつもりはない。
夜遅くても、ここはしっかりと警備がされている。
窓を覘くと、街の明かりが見えている。
夜でも明るい。王国はもっと暗かった。街の明かりは日本に近い。
こうして見ていると、あれは、あそこだけは、日本の街の明かりなのではないかと思えてくる。
しばらく、眺めていると、
「魔王様」
と、女性の声がした。落ち着いた澄んだ声音だ。
彼女が近づいてくる。桃色の長い髪の美少女だ。
それは間違いなく、リーナだ。
ただ、雰囲気がどことなくいつもと違う。その声も大きくはないが、はっきりと聞こえた。
それにいつも一緒にいるはずのメルヴァイナも傍にいないようだ。
「このようなところでどうされました?」
とわたしに笑顔を向けてくる。その笑みは可愛らしい笑みではない。
嘲るような、誘惑するような、意地の悪いような、何とも言えない嫌な笑みだった。
「……」
わたしは答えられなかった。彼女はあまりにもいつもと違う。
「どうされたのです?」
はっきりとした声で彼女が言う。
「リーナなの?」
「ええ、どう見てもそうでしょう?」
リーナがそう言った次の瞬間、わたしの目の前にリーナがいた。
彼女の赤い瞳が鋭く光る。
彼女もヴァンパイアなのだと、認識する。
ただ、彼女の姿は、わたしの世界の吸血鬼のように思えた。
わたしの想像の中で、牙を生やしたリーナが生き血を吸おうと襲ってくるのだ。
「そのように怯えないでくださいませ。傷つきます」
彼女がわたしを見据えている。
わたしは射竦められた。
どの道、逃げられないだろう。身体能力は明らかにリーナの方が上だ。
体は動かなくても、冷静にそう思った。
リーナはどういうつもりなのか?
本当は、わたしが魔王だということが許せないのだろうか?
「ですが、他の者が苦しむのを見るのは好きなのですよ。特に、首を絞めたときの苦しむ顔など、ほんとうにーー」
彼女はうっとりといやらしく笑む。
「……」
「本当のことですが、怯えないでくださいませ。いくら私でも魔王様を襲ったり、首を絞めたりいたしません」
「リーナ……」
これが本当のリーナなのだろうか?
可愛くて優しいリーナは演技なのだろうか?
「ライナスお兄様を虐めたいのでしょう? 協力いたします」
「い、いいえ、わたし一人でいいから」
声が少し震えてしまった。
リーナが怒ってしまうかもしれない。そうすれば、わたしに襲い掛かってくるかもしれない。
「そうですか? 残念です。ですが、いつでもおっしゃってくださいませ。力をお貸しいたします」
リーナは数歩後ろに下がると、礼を執り、そのまま行ってしまった。
わたしはしばらく、呆然としていた。
あの四人の中で一番厄介なのがライナスかと思っていたが、実はリーナかもしれない。
わたしを襲わないと言っていたが、本当なのか判別できない。
襲われれば、勝てる見込みは全くない。
わたしは急いで、自分の部屋に戻った。
こ、こわかった……
わたしはベッドに潜り込んだ。




