296話 王城にて 四
「魔王様」
真剣な表情のドリーがわたしを呼ぶ。
「私は誰よりも魔王様の身を案じております」
ドリーがわたしを見つめ、しばらく何も言わない。
今日はお祭りで、まだ街は盛り上がってるはずだけど、何も聞こえない。
この場所のせいか、ドリーの魔法でかはわからない。
「私は謝らなければなりません。本当はレックス王子に用はございませんでした。彼は既に次期国王となることが決まっております。王国にいる魔王国の民が彼を支えるでしょう。ですから、彼の事はご安心くださいませ」
ドリーは口を開くと、そんなことを言った。
魔王国はロイをバックアップするらしい。それって、すでに干渉している気がする。
でも、その方がロイは安全だろう。
「魔王様にこの場にいらっしゃっていただきたかったのです。この場は私がご用意致しました。こちらでしたら、誰にも聞かれる恐れはございません。魔王国内では私の魔法も破られる恐れがございました。勿論、そのような事ができる者は限られております」
それはそうなんだろう。ドリーはドラゴニュートで、おそらく、かなり長く生きていると思う。
だから、かなり強いはずだ。
そのドリーの魔法を破るのは、同じドラゴニュートのライナスでもできるものなんだろうか?
「魔王国も王国と変わりません。魔王国は、魔王様なしでは成り立ちません。魔王様の魔力を利用しているのですから。魔王様はお怒りになりますでしょうか?」
ドリーが不安そうな面持ちでわたしを見ている。
でも、そんなことはすでにわかってる。
いつだったか忘れたけど、宰相自身から言われた。ドリーもその場にいたと思う。
「いえ、特に何とも思っていないので、気にしなくてかまいません」
「感謝しております、魔王様。ただ、宰相は前回のようなことを極度に恐れております。魔王様が早くに亡くなってしまう事を……魔王様がいらっしゃるまで、魔力供給はかなり逼迫していたのです。魔王国が維持できなくなるのも時間の問題というような状況だったのです」
ドリーが捲し立てるように言ってくる。
だから、わたしは快適な生活をさせてもらってるし、頼めば王国にも連れて来てくれている。
わたしは見返りをもらっている。
「魔王様には安全に、そして、できるだけ、魔王様の望みに沿うように過ごしていただきたいと思っております」
何度もそう言われている気がする。
「前の魔王様は魔王様のいらした元の世界へ戻る事をお望みでした。それ以前にも戻りたいとおっしゃる魔王様はいらっしゃいました。アーノルドはその望みを叶えようと、これまでの魔王様と共に研究していたのです。その過程で生み出されたものが、魔獣なのです。ただ、結局は成功せず、元の世界に戻す事ができないという事実を突き付けられたようなものだったのです。既にお聞きしていらっしゃるように、絶望した魔王様は自ら命を絶ちました。それはきっと、アーノルドも変えてしまったのでしょう。彼は魔獣と同じように、人間を使った研究を始めてしまったようなのです」
宰相が前に言っていたことと大体同じことだ。
違うことと言えば――
「それが、アリシアさんや聖騎士達なんですか!?」
ドリーが静かに頷く。
人体実験を行ったということだ。
誰かが故意にしたことだとはわかっていた。
何かに偶々噛まれたとか、ありえない。
やっぱり、全てアーノルドがしたことなんだろうか?
ただ、アーノルドは元の世界に戻れると言っていた。
わたしには何が正しいのか、さっぱりわからない。
アーノルドの言っていたことを信じる方が、わたしには一番都合がいいことはわかる。
「どこの国でも変わらないようだ。私の兄弟も死んだ。ここでは宰相の弟か。宰相とその弟による権力争いでもあったのか?」
セルウィンは心の底から実感しているように言う。
「100年程前まではアーノルドもここで過ごしておりました。その頃は、争っているという事はございませんでした。私達は常に魔王様の為を思っております」
アーノルドは魔王のために行動している。
その考えは正しいんだろう。
宰相はアーノルドが魔王の為に新しい魔王国を作ろうとしていると言っていたし、
ドリーはアーノルドが魔王の望みを叶えようとしたということを言っていたし、
アーノルド自身は魔王の狂信者だ。
そのアーノルドがわたしに嘘を吐いた? それとも、わたしを死ぬように仕向けたいとか?
アーノルドが聖騎士の一人を連れていたこと、変な屋敷に閉じ込めたことは確かだ。
これ以上は混乱させないでほしい。




