295話 王城にて 三
ロイが消えたのは、転移魔法のせいだ。
ロイの護衛の人達が慌てて捜している。見つかるとは思えないけど。
ロイ自身が転移魔法を使ったということはないだろう。
「リーナ、ロイがどこに行ったか、わからない?」
魔法なら、リーナが一番詳しいと思う。
「今でしたら、追えると思います。追いますか?」
「お願い、リーナ」
「わかりました」
そう言えば、皆に許可を取ってない。
勝手にロイを追うことにしてしまった。
ロイが消えたところまで移動しないといけないかと思ったけど、そんなことはなかった。
もう遅くて、リーナが転移魔法をこの場で使用する。
急に攻撃を受けたらどうしようと思ったが、それはなかった。
転移先もおそらく王城の中だ。
窓からたぶん王都と思われる街が見えている。
結構高いところだから、塔の上の方とかかもしれない。
広くはないけど、この人数がいてもぎゅうぎゅうということはない。
それよりもそこにいたのは、ロイとドリーだった。
ドリーはわたし達を迎えるように笑顔でわたし達の方を向いていた。
「こちらにいらっしゃると思っておりました。傍にいらっしゃることは存じておりましたから」
ドリーがわたし達に声を掛けてくる。
ロイもわたし達を見ている。その状態で声を出すことは躊躇う。
声でわかってしまいそうだ。
ここに来るのはまずかったかもしれない。
「もしかすると、そこにいるのは、私の弟か!?」
セルウィンが突然、大きな声を出すから、びっくりしてしまう。
しかも、その内容はまずい気がする。
今すぐ、セルウィンの口を塞ぐべきなんだろうか。
「レックスだったな。お前も魔王国に来るのか? それなら、このお兄様に頼って構わない」
セルウィンも魔王国に来てそれほど、日は経ってないと思う。
セルウィンの言うように、ドリーはロイを魔王国に勧誘するつもりなんだろうか。
セルウィン達のように、すでにそういうことになってるのかもしれない。
でも、ロイを見ると、そんなことはないと思えた。
ロイも驚いたような顔をしていた。
「あなた方は先程、闘技場にいらした方々ですね」
それでも、ロイは落ち着いた口調だった。
まあ、ドリーと会っている時点で、すでに関わりはあるんだろう。
「私に、あなたのような兄はおりませんが」
ロイにぴしゃりと言われ、若干、セルウィンがショックを受けてそうだ。
「彼とは大事な話があります。静かにしていてくださいますか」
ドリーは穏やかな口調だけど、逆に怖い。
セルウィンも何も言わなくなった。
「失礼致しました。話を戻しましょう」
「その前によろしいでしょうか。あなた方は、この国に対して不可侵という話では?」
ロイはわたし達に目を向ける。
そう言えば、認識阻害の魔法が効いてない。
でも、わたしやコーディのことは気付いてないようだ。たぶん、セルウィンのことも。
「ええ、その通りです。まだ若い彼らはあなたの事が気になるようなので、同席を許可したのです。彼らが手出しする事はございません。いないものと思って下されば幸いです」
わたし達には口も手も出すなということだ。元々、手は出さないけど。
「この方々はあなたの国の中でも強い戦士なのですか?」
「まだ未熟な者達です。これから、より強くなるでしょう」
「そう、ですか……」
「それよりも、私としてはあなたにこの国の王となっていただきたいのです。現在の王は話し合いすらできませんから。とても対等な関係は築けません」
そもそも対等な関係なんてなれるんだろうか。
絶対、むりだと思う。
ドリーの言葉ははっきり言って、脅しに聞こえる。
「私はこの国の第7王子です。私が王となります」
ロイが力強く言う。
「期待しております。それと、もう生贄の勇者を送ってくる必要はございません。不要ですから。基本的には私達はこの国に不干渉です。今回は、私達の国の者が迷惑をお掛けしましたので、出て来たまでの事です」
「不要だと言うのなら、どうして、今回の勇者達は返せないのですか? もう返せない状態だから、ですか?」
「ええ、返せない状態です」
「どうしてそのような酷い事ができるのですか?」
「酷いのは生贄としたこの王国の方々でしょう? ですから、誰もこの国に戻りたいと言わないのです。皆、魔王国の民に望んでなりましたよ。あなたが王となり、この国を変えればいいのです」
「魔王国の民に、ですか?」
「ええ、あなたの兄や姉も」
「ですが、食べられたと……」
「私達は人間など食しません。魔王国には人間も多くおります。その者達も、魔王国の大切な民ですから」
「それでは、先程の――」
ロイがセルウィンに視線を向ける。
「ええ、あなたの兄、元王太子の、セルウィンです」
セルウィンのことは誤魔化せたと思うけど、ドリーは本当のことを言った。
そんなことを話してしまっていいのだろうか。
後で、宰相に怒られないんだろうか。
というより、宰相は知っているのか?
それとも、宰相の指示?
「王族の兄達は全員亡くなったはずです。セルウィンは魔獣から王都を護って亡くなったと聞きました」
「亡くなった王子もいますが、セルウィン王子、エリオット王子、フィニアス王子、それに、マデレーン王女は、魔王国に亡命しました。彼らは王国に戻る事を拒否したのですから、返す事はできません」
これでは、ロイに次期国王を押し付けたようだ。
わたしのせいでもある。
「ロイ……」
わたしはほとんど無意識に呟いていた。
本当に小さな声だったはずだ。
「メイさん! メイさんなのですか!?」
名前を呼ばれて、体がビクッとする。
わたしの声が聞こえていたんだろう。
名前を呼ばれた時点で、もうバレている。今更、どうにもできない。
さっきのセルウィンに何も言えない。
わたしは、観念した。
もう、仕方ない。
「ロイ」
ドリーもわたしを止めない。
「メイさん、本当に、ご自分の意思で魔王国にいるのですか?」
「はい。他に行くところもないので」
「他の方々も無事なのですか?」
「はい、無事です」
わたしはそう言うと、コーディを見る。
「レックス王子、僕達は既に魔王国の民となりました。僕達は死んだものと思ってください」
コーディが顔を見せる。
「……わかりました。無事が確認できてよかったです」
ロイは優しい笑顔を向けてくれていた。
ロイはわたし達に怒っても当然だと思う。
「元の場所にお戻し致します。国王となられることをお待ちしております」
ロイがドリーに転移させられ、わたし達とドリーだけになった。




