290話 国際親善試合 四
3戦目は相手が先に前へ出てきた。
被っていた兜を取ると、見知った顔があった。
「私の息子と娘はどうした?」
ドレイトン公爵本人だ。なぜ、公爵がこのような危険に思える場に出てきたのか。
それに王城にいなくていいのだろうか。
ドレイトン公爵は合理的で利己的な冷たい人間だと思っている。
グレンの父親だが、あまりよく思ってはいない。
ドレイトン公爵は鎧を纏っているが、騎士学校を出ている訳ではなく、剣術が優れているとは聞かない。
フィンレー・テレンス・ドレイトンとは対照的だ。
メルヴァイナが一歩踏み出す。
「あなたの息子は私が生きたまま、おいしくいただきましたわぁ。あなたには感謝しておりますよ、お義父さま。娘は、さあ、どうしたかしら?」
今のメルヴァイナの表情が見えていなくても、見えるようだ。
わざわざ、誤解を与える表現をしなくてもいいと思う。
「30年前、私の兄はどうした?」
「ふふふ」
メルヴァイナは笑い声を上げるだけだ。
「人の形をした魔獣よ。女が相手でも、容赦はしない」
ドレイトン公爵は怒るでもなく、落ち着いた声音で言うと、兜を被り直す。
その時、魔王国側の貴賓席から一人、飛び降りてきた。
高さがあるので、普通の人間なら、足の骨が砕けそうだが、そのまま何事もなかったかのように歩いてくる。
そう、グレンだ。
グレンにとって、ドレイトン公爵は実の父親だ。
まさか自ら正体を明かすつもりだろうか。
グレンはドレイトン公爵の元ではなく、メルヴァイナの元に向かった。
剣を抜き、一瞬にして、メルヴァイナの首を斬り落とした。
メルヴァイナの頭部が転がる。
血が噴き出す光景に観客から、声が漏れる。
フィンレー・テレンス・ドレイトンがメルヴァイナの頭部を拾い上げ、メルヴァイナに返す。
メルヴァイナの頭部と体が完全に繋がったのか、
「ひどいわぁ」
メルヴァイナが声を上げると、グレンの腕に抱き着く。
「ヴァンパイアの儀式なんだろう? あいつの相手は私がしよう」
グレンが当初の予定通り、戦うことになる。
グレンの言うヴァンパイアの儀式は謎だが、二人がいいなら、いいのだろう。
それより、グレンは実の父親の事を恨んでいるのだろうか。
僕は恨んでいるとまでは思っていなかった。
勇者に選ばれたのは、ドレイトン公爵のせいではない。
公爵家に生れた事や周囲の環境が影響していないとは言わないが。
ただ、会いたくはないのだと思っていた。
グレンとドレイトン公爵の仲がいいとは言えない。
実際には、ドレイトン公爵はグレンやシャーロットに関心がないように思えた。
グレンはメルヴァイナを引き剝がし、ドレイトン公爵に近づく。
グレンは冷静だ。
「こんなところに公爵がいていいのか?」
おそらく、冷静だろう。
あまり話すと、ドレイトン公爵に自分の息子だと気付かれる恐れがあることぐらいはわかっているだろう。
「こんな無意味な事はすぐに終わらせる。時間の無駄だ」
グレンがそう言い、更に近づく。
グレンとドレイトン公爵が近い距離で対峙する。
「時間の無駄ではない」
ドレイトン公爵が静かに反論する。
グレンとドレイトン公爵の剣が交差する。
力量に差があることは明らかだった。
完全にグレンは手を抜いている。
グレンは時間の無駄という割に、すぐに決着をつけない。
「その程度で?」
「兄から剣術は習っていた」
そう言うドレイトン公爵をグレンは鼻で笑う。
「もういい」と吐き捨て、グレンはドレイトン公爵の剣を弾き、その剣に向かって自分の剣を振り下ろした。
耐えられず、ドレイトン公爵は剣を手放す。
グレンは闇魔法を放つ。
黒い蛇のようなものがドレイトン公爵に巻き付き、やがて、ドレイトン公爵から力が抜けた。
黒い蛇のようなものが消えると、ドレイトン公爵が倒れた。




