284話 女神の微笑み
あまりに誰もいないから、また、異空間に閉じ込められたんじゃないかと考えたくらいだ。
さすがにそんなことはなかった。
「魔王様、このような所にいらっしゃったのですね。もうすぐ、お食事ですよ」
ドリーに声を掛けられた。
「すみません。すぐに戻ります」
「いえ、魔王様。ミア様以外の他の方々にお会いになるつもりでしたら、それぐらいのお時間はございます」
「あ、では、少しだけ会ってきます」
「かしこまりました。ああ、魔王様、ドレイトン様より伝言を預かっております。これまで通り、朝に来るように、とのことでございます」
「は、はい……」
ドレイトン先生からだ。
剣術は全然、上達していない。たまにサボっていたことを怒られそうだ。
「メレディス家の娘から聞きましたが、再び王国に行かれると。くれぐれもお気をつけ下さいませ。本当は、こちらの方が安全ですし、こちらにいていただきたいのですが」
「大丈夫です。すぐに戻ります」
「ええ。それがよろしいかと思います。魔王様にはお好きなように過ごしていただきたいのですが、外では警備も完全ではございません。もし、捕まりでもすれば……できましたら、魔王国に留まっていただきますようお願い致します」
ドリーはすごく心配してくれている。
そもそも、王国の街を堂々と歩くことはもう、できない。
ロイやフィーナにも会えない。
「本当にすぐに戻って来ます」
「王国に行かれる日は、美味しいお菓子でもご用意してお待ちしております。それでは失礼致します」
ドリーは踵を返し、歩き出す。
「あの、ドリーさん」
わたしはとっさにドリーの背に呼び掛けた。
さっきのルカのことを聞いてみたいと思った。
王国で死んだことになっているわたし達と同じように、ルカも死んだことになっているだけかもしれない。
呼び掛けてから、ドリーにもさっきの話はしない方がいいのではないかと思えてきた。
ドリーに言えば、宰相にも知られるかもしれない。
まあ、ここで話していたことが本当に誰にも聞かれていないのかはわからない。
ドリーは足を止めて振り向く。
「あの、また」
「ええ、魔王様。では、また」
ドリーが女神のように微笑んだ。
ドリーがいなくなって、わたしはまだミアと二人だ。
「ボクも明日の朝、呼ばれてるよ。一緒に頑張ろう、メイ」
「うん。きっと、かなり厳しいと思う。また、ドレイトン先生に怒られそう」
「ボクも、剣術はうまくできないから」
「メル姉も剣術は投げ出したって。向いてなければ、止めていいと思うよ。わたしは護身の為だから、向いてなくても多少はしておこうと思ってるんだけど」
「ボクももう少し続けるよ」
「じゃあ、明日頑張ろう。夕食の前に皆に会いて行ってみる。皆は部屋にはいた?」
「わからなかったよ。ここではあまり感覚が働かないの」
ミアがしゅんと項垂れる。しっぽまで項垂れている。
「大丈夫。ここはたぶん、安全だから」
ミアと連れ立って、コーディやイネスの部屋に向かう。
コーディの部屋のドアもイネスの部屋のドアもノックしたけど、応答がない。
ミアと同じようにどこかへ出かけたのかもしれない。
グレンも不在のようだった。




