280話 魔王国での再会
「魔王様、宰相にお気を付けを」
すれ違う瞬間、男性の声が聞こえた。
死んだはずのルカの声のような気がした。
振り向くと、その姿はすでになかった。
白い薄布を被ったその人は最初、女性かと思った。
まるで幽霊だったような。
それにしては声は、はっきり聞こえた。
わたしが魔王国に戻ってきたその日の夕方のことだった。
魔王国に戻ってきてすぐ、迎えてくれた宰相とドリーに挨拶した。
聞きたいことはいっぱいあるけど、結局何も聞けなかった。
宰相が教えてくれなかったんじゃなくて、わたしが何も聞かなかったからだ。
王国の王族と魔王の関係とか。
魔王国での勉強の時、王国の話は出たけど、王族のファミリーネームについては聞いていない。
王子のこととか知っていたから、ゴホールが知らないはずはない。
その時のわたしは王族の名前まで興味はなかったし、単に必要なく言わなかっただけかもしれない。
ただ、故意に教えなかったという可能性もある。
聞いてしまって大丈夫なのかって、思ってしまう。
その場にいる全員を人質に取られているような気さえする。
わたしは魔王だけど、実質、何の権限もないように思う。
宰相とドリーとは本当に挨拶だけで、二人はその場を去ってしまった。
「皆様、ご無事で何よりですわ」
マデレーンはなぜか胸を張って言う。エリオットはその横で静かに頷いている。
この二人はルカの眷属だ。
ルカと一蓮托生なのではないのか。
ミアは間違いなく死んでいたのはルカだと言っていたけど、本当は死んでないとか?
「ああ、その通りだ。それに、ここは中々いい。私は満足している」
セルウィンはやっぱり、無事だった。もう王太子ではなくなって、今はただの人間? ヴァンパイアの眷属? わからないけど、もう王国には帰れない。
「フィニアス様、お会いできてうれしいですの」
シャーロットも魔王国に連れて来られていたらしい。
コーディもいるとか、唆されたんじゃないかと思う。
シャーロットはわたしと目を合わそうとしない。コーディしか見ていない。
シャーロットまで魔王国にいるとは思っていなかった。
ドレイトン公爵家で閉じ籠っているのかと思っていた。
とりあえず、元気そうでよかった。
コーディは無反応だけど。
「女神よ。やはりお美しい。フィニアスではなく、私を選ばないか?」
セルウィンはわたしに両手を差し出す。
「コーディともう婚約しています」
「そうか、残念だ。気が変われば、いつでも私の元へ来るといい」
彼らは全然、変わってない。
魔王国に連れて来られても、変わってない。
「それより、まだ、ここの王と会っていない。それに国名もないそうじゃないか。国名は付けるべきだ。同じ王族として、会談してみるのもいい」
セルウィンの言葉から、わたしが魔王だということは伝わってないようだ。
その内わかると思うけど。
今日はもう、自分の部屋に帰りたい。
わたしがそう思っている時、ドリーが一人でゆったりと引き返してきた。
「魔王様」
そう穏やかな口調で声を掛けてくる。ちょっと、わざとかと思った。
絶妙に嫌なタイミングだ。
わざとじゃなくて、タイミングが悪かっただけだと思う。
わたしには彼女の方が女神だと思うから。
「先程、お伝えするのを忘れておりまして」
それでわざわざ戻ってきてくれたんだろう。
「魔王?」
セルウィンはわたしを見ながら小首を傾げる。
「この方は私達の魔王国の女王、つまり、魔王様であらせられます」
ドリーはまるで式典でも始まるのかというような仰々しい調子で言う。
「も、もしかして、それは仮の姿で、実際にはおどろおどろしい姿をしているのでは……ああ、その姿で安心させて、殺すつもりじゃあ……」
エリオットは冗談で言っているわけではなさそうで、恐怖なのか、顔が引きつっている。
せめて、わたしのいない所でしてほしい。
「エリオットお兄様、失礼ですわよ。いい加減にして下さいませ」
前と同じように妹のマデレーンがエリオットを窘めている。
その時に、遅れて、メルヴァイナ達四人が姿を見せた。
王国から到着したばかりだろう。




