表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の裁定  作者: 有野 仁
第5章 ⑦
278/316

278話 魔王国へ戻る前に

結局、わたしが感じたのは、無力感だけだ。

わたしは特別なんかじゃない。

わたしはかっこよく戦えないし、賢く立ち回れるわけでもない……

「皆、そうよ。ほんの少し、魔法が前より使えるようになっただけ」

珍しく気落ちしたイネスの声が傍で聞こえた。

考えていた事を、わたしは口に出してしまっていたらしい。

それまで、わたしは一人、ここにいた。

夕食を済ませ、後は寝るだけだ。

月が明るい夜だった。

たまに、このバルコニーでぼーっとしている。

特にすることもないから。

わたしは振り返る。

そこにいたのはイネスだけじゃなかった。

コーディとミアとグレンもいる。

四人で集まっていたのかもしれない。

わたしだけ仲間外れでちょっと寂しい。

「メイ、力になれなくてすみません」

コーディが言う。

わたしはそんなこと思ってない。

イネスが言うように全員が無力感を感じていたのかもしれない。

ドラゴニュートやヴァンパイアと比較してもどうしようもない。

わかってはいるけど、あまりの実力差に、いやになってしまう。

「わたし、皆がいてくれるから、頑張れます」

わたしが気落ちしているわけにはいかない。

「ボクもメイがいるから、頑張れるよ」

ミアがわたしに引っ付いてくる。

これで全てが終わったわけじゃないんじゃない?

まだ、全て諦めてしまう必要なんてない。

だって、わたしはまだ、魔王だ。

「わたしは魔王だから。諦めません」

力がなくても、頭で、と言いたいところだけど、残念ながら、わたしは知恵が回るわけでもない。

でも、わたしは結構、頑固だと思う。

「偽りを申してはおりません」

私は嘘を吐いていない――

あの時の神官長の声が今でも耳に残っている。

「え? メイ?」

ミアは不思議そうな顔をする。

「一番信じられない言葉だと思うの」

そう、信じられない。

それをわざわざ言うなんて。

神官長の言葉が頭の中で反響する。あの時の神官長の姿が浮かぶ。

神官長はそんなに悪い人には見えなかった。危害を加えられたわけでもない。

まあ、連れ去られはしたけど。

どうしても気になる。

宰相はどうしてすぐに彼を殺したのか。

状況的にはそうだった。神官長が犯人のようだったけど。

「アーノルド・セシル・デル・フィーレスの言葉?」

コーディが呟くように言う。

「こんなことを言うのは、どうかとも思うんですが、本当にわたしに言ったことは全部、本当のことだったんじゃないかと……もちろん、証明はできませんし、間違ってるかもしれません。単にわたしがそう思うだけで」

「そうかもしれませんし、今の状態では判断できません。ですが、魔王国は既に元聖騎士を見つけていたのではないかと思っております」

「修道院で戦った時は、魔王国の誰かが操っていたかもしれないということですよね」

わたし達に倒させるため、そう思えた。

前にも思った。決着をつけさせられている。

そう思っているのは、わたしだけじゃない。

メルヴァイナやライナス達がどこまで知っているのかはわからない。

ここにいるコーディ達はわたしと同じで何も知らされていないだろう。

こういうのって、深入りすれば、消される。

「それは考えてもわからないですね。余計なことを言いました。おやすみなさい」

誰もそれ以上、話そうとはしなかった。

わたしは自分の部屋に戻った。


魔王国へと引き渡される前日。

それまで、何もできていない。

王都も平和だった。魔獣が出たりもしていない。

わたしの周りでも何かが起こるわけではなかった。

もう一度、この王国へ戻って来られるかわからない。

そんな時にミアから出掛けようと誘われた。

それもいいかもしれない。

でも、王国においては、多分、このフォレストレイ侯爵邸が一番安全だ。

そもそも、明日引き渡されるのに、王国としては外出は許さないだろう。

魔王国側は意外にもあっさり許可が出た。

魔王国としては解決したようなものだからかもしれない。

さすがに二人だけで出掛けられないし、メルヴァイナからリーナとコーディも連れて行くように言われた。

出掛ける用意をしてすぐに出発だ。

ミアから行先は聞いてないけど、どこかに何か食べに行くんだろう。

集合場所に行くと、コーディとミアとリーナの他に、なぜか、コーディの兄二人ウィリアムとジェロームがいる。

見送りに来た、というわけでもないだろう。

もしかして、コーディは家族水入らずで過ごすつもりだったのかもしれない。

よく考えれば、コーディは次にいつ家族と会えるかわからないのだ。

「コーディ、家族と過ごすのでしたら、メルヴァイナにお願いしておきます。無理についてくる必要はないです」

「ああ、その必要はない。私達も同行するから」

ジェロームがわたし達の間に割り込んでくる。

わたしは同行するなんて、聞いてない。ミアを見るが、その表情からしてミアが知っていたとは思えない。

それなら、元々、コーディは彼らと過ごす予定だったのだろう。

「私達の事は気にしなくていい」

ウィリアムが素っ気なく言う。

既に全員顔見知りだけど、ちょっと、ウィリアムとジェロームがいると、緊張する気がする。

「では、えーと、皆様で行きます」

ミアは少し畏まって言うと、転移魔法を使った。

着いた先は、どこかの建物の中だった。

というより、見覚えがある。王都にある魔王国の拠点の1つだ。

そんなところに、ウィリアムとジェロームを連れて来ていいんだろうか。

ちょっと、セイフォードに行くのかもしれないと思ったけど、違った。

セイフォードで楽しい気分にはなれない。

「魔王様、本日、私達が護衛を務めますよ」

ジェロームが軽い口調で言う。今日は”聖女”じゃないけど、”魔王”と言われるのも微妙だ。

ただ、その割には剣は持っていない。庶民の普段着のような服だし。コーディやウィリアムも同じだ。

「魔王になりたくてなったわけではありません」

一応、そう言っておく。言っても意味はないけど。

「メイ」

コーディがわたしのすぐ傍に来る。

コーディはわたしの婚約者になった。でも、実感があまりない。二人きりにも中々なれない。

デートにでも誘ってくれるのかとちょっと思ったけど、そうじゃなかった。

コーディをわたしに短めの白いローブを着せた。

「念の為です」

そう、コーディは言うけど、どちらかと言えば、わたしより、コーディ達がローブを着た方がいいと思う。

特にジェロームは結構有名だ。顔も知られている。

コーディがわたしを見つめてくるので、何も言えない。

恥ずかしいような、わたしもコーディを見ていたいような。

「メイ、行こう!」

ミアは元気よく、歩いていく。

前に来た時、開かなかった外へのドアは普通に開いた。

「開いた」とつい呟いてしまう。

「確かに」と理由を知っているコーディがわたしの独り言に同意してくる。

コーディと顔を見合わせた。

あの時は色々あったけど。

建物の外に出て、ミアの案内で歩く。

活気がある場所ではないけど、治安が悪いようには見えない。

「コーディといたいから、一緒に来たんですか?」

歩きながら、黙ってついて来ているウィリアムとジェロームに向けて問いかけた。

フォレストレイ家の三兄弟は仲がいい。

コーディが、わたしもだけど、逃げないように見張っているとかではないだろう。

「そうだな」

ウィリアムとジェロームはほぼ同時に同じことを言った。

もしかすると、明日、魔王国に行ってしまうと、二度と会えないかもしれない。

仲がいいのに。

でも、また会えるようにすることは、魔王であるわたしが頑張ることだ。

今日は、コーディができるだけ、ウィリアムとジェロームと一緒にいられるようにしよう。

コーディと二人きりになりたいとか、眺めていたいとか、手を繋いでみたいとか、そんなことは置いておく。

「あっ、ミア、わたし、あの店に入ってみたい」

適当に目に入った店を指差す。

「うん、いいよ」

ミアは快諾してくれる。

「三人は外で待っていて下さい」

わたしはミアとリーナを連れて、店に入った。

少しの時間だけど、コーディ達は3人で話ができる。

ちなみに入った店は仕立て屋だろうか、布も売っているようだ。

きれいな服がディスプレイされている。

ただ、貴族向けとかではない。

わたしがこの店に入っても浮かないくらいだ。

そんなに時間も潰せず、店を出て歩き出す。

コーディ達の様子を窺うけど、特に変わらない。

ミアの目的地は、食堂という方がぴったりなレストランだった。かなり庶民的だ。きっと安いに違いない。

最初の場所からは結構歩いた。

ミアはよくこんなところを知っていたものだと思う。

道順は単純だったけど。

レストランの長テーブルに6人で席に着く。

「このような所に来るのは初めてだ」

ウィリアムが珍しそうに辺りを見回しながら言う。

「ああ、私もだ」

ジェロームは楽し気にしている。

「ここ、おすすめなんだって。ボク、一度、来てみたくて」

ミアがうれしそうにわたしに言う。

「僕もメイと来られて光栄です。兄ともこのような所に来ることができるとは思っていませんでした」

コーディも楽しそうでよかった。

わたし達は食事を楽しんだ後、いくつかの店に立ち寄り、フォレストレイ侯爵邸へと戻った。

街に出ていたけど、何も起こらなかった。

襲撃ももちろん、なかった。

平和な1日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ