266話 婚約 三
「フォレストレイ侯爵とは少しばかり話を致しました」
部屋に入り、わたしの前まで来た宰相はそう言った。
フォレストレイ侯爵と、わたし自身は全然話せてない。
わたしは明らかに嫌われているだろうし。
魔王だから、当然だけど。
やっぱり、わたしでは役に立ってない。
宰相の方がうまくやれているだろう。
よくわかってるけど……直接、それを指摘されるのもつらい……
わたしは一般人で、更に人よりコミュニケーション能力も劣る。
ちょっとましになったかなと思ったけど、やっぱり劣っている。
「魔王様、十分な成果でございます。フォレストレイ侯爵は良き協力者となるでしょう」
宰相はそんなことを言う。わたしに。
わたしに甘すぎるんじゃないだろうか。
「メイ、僕はメイに助けられてばかりだ。これからは傍にいてメイを助けたい」
コーディの顔を見つめる。
コーディにそんなことを言ってもらえる資格なんてないように思う。
でも、わたしは、うれしくて仕方ない。
表情が緩みそうになる。
コーディは片膝をつく。
「メイ、僕と結婚して下さい」
何だか色々、全て吹っ飛んだ。
「はい」
わたしは差し出されるコーディの手に手を重ねた。
体がすごく熱い気がする。
熱でもあるんじゃないかと思うくらい。
「メイ、結婚おめでとう」
ミアの弾んだ声が聞こえてきた。
まだ、結婚してないけど。
そう言えば、周りに皆がいることを思い出した。
しかも、宰相やルカまでいるのだ。
コーディがわたしの手の甲にキスをした。
わたしは、ただ、固まっていた。
わたしにこういうことは似合わないし、困ってしまう。
立ち上がったコーディに名前を呼ばれるけど、口をもごもごさせるだけで、言葉になっていない。
「魔王様、申し訳ございませんが、結婚には準備が必要な為、1年お待ち下さいませ。婚約に関してはすぐに行いましょう」
宰相は一刻も早く、婚約させようとしているようだ。
わたしも、コーディを逃がさないように、その方がいいと思う。
「人間は書面で契約を交わすことが一般的ですが、私達は魔法にて、契約を行います」
何だか、契約と言われてしまうとちょっと怖い。
おかげで、ちょっと冷静になった。
「それは、破れば、その、罰があったりするんですか?」
「破ることがなければ、知る必要はございませんでしょう」
それはそうかもしれないけど……コーディは絶対に逃がさないけど。
「では、始めましょう。既に互いに触れ合っていらっしゃいますので、そのままでいらして下さい」
えっ、結局、教えてくれないの?
というより、コーディと手を繋いでいるような状態のままだった。
「私がこの婚約を見届けます」
口を挟めないまま、宰相は続ける。
コーディと触れ合っている手が淡く光ったような気がした。
「これで、婚約は成立致しました」
宰相はそう言うけど、わたしには全く実感がない。
何か模様でも現れるのかと思ったが、全くない。
まだ、紙にサインでもする方が実感が湧くかもしれない。
「宰相さま、すぐに戻られるのですか?」
宰相に早く魔王国に戻ってほしそうなメルヴァイナ。
「一旦、戻りますが、明日、もう一度、この国を訪れる予定です。今回の経緯は、ルカ・メレディスより聞きました。おそらくは、私の弟が仕出かしたことでしょう」
宰相はわたしに顔を向けたまま、わたしに言っているように言う。というより、事実そうだろう。
「魔王様、私の弟がご迷惑をお掛けし誠に申し訳ございませんでした。私の弟の罪は私が裁きます」
「その、本当にアーノルドさんが……?」
あの神官長が、魔獣に街を襲わせたり、アリシアや聖騎士達の遺体を操ったりしていた?
確かに、わたしも神官長を疑っている。
今、この王都にいることも、疑う要因の一つだ。
「思い出したのです。もう何百年も前の事ですが、ドラゴン像を弟が保持していたと。ただ、全く同じ物であるかは確証がございません」
宰相は淡々と話しているようだけど、どことなく悲しげに見える。
やっぱり、弟が犯人ということは、間違いであってほしいのだろう。
というより、ドラゴン像!
ただ、宰相の記憶の中のドラゴン像なら、確認しようもない。
犯人が今もいくつも手元に持っているとは思えない。
「あなたの弟が関わっていると確認したのではないですか? 昨日、偽の王太子がドラゴン像を持っていました。偽の王太子があなたの弟と接触したのではないですか」
コーディが宰相に向かって、中々、強い口調で言う。
宰相は軽く息を吐き出す。
「……その通りでございます……確かに、弟と接触した事を確認致しました」
「私は聞いておりませんでした」
ルカが宰相を多少なりとも、責めるような言い方をする。コーディ程、強い口調ではないけど。
それに、わたしにとってはよくあることだ。
「伝えるべきでした」
誰に言っているのか、宰相は呟くように言う。
「偽王太子が亡くなったのは、ドラゴン像が原因なんですか?」
偽王太子はドラゴン像で操られたりしたんだろうか。
偽王太子には王城で会っている。おそらく魔法で動かしている人形だろう。命は失われていないはず。
「そうです。ただ……そのおかげで犠牲者は出ませんでした」
実際に見ていただろうコーディが答えてくれる。
「? どういうことですか?」
「偽王太子はドラゴン像により、ドラゴンを象った闇魔法に覆われ、魔獣を道連れに爆発したのです」
言っていることはわかるけど……何とも言えない。
魔獣を倒したのなら、ドラゴン像があってよかったような……
ただ、わたし達は本当のこと、王太子が生きていることを知っているけど、他の王国の人達は知らない。
コーディも、王太子が亡くなったことになったと言っていた。
それなら、やっぱり、悪い影響があるということなんだろうか?
わたしがそんなことを考えていると、
「魔王様、婚約の場にも拘らず、私の弟の事、お耳汚し失礼致しました」
宰相がわたしに頭を下げる。
そうだった。わたしはさっき、婚約したんだった。
恥ずかしさで、むしろ、話が脱線した方がいいような気がしていたからかもしれない。
実際には、そう、おめでたい、というような場なんだろう。
何だか、既に他人事のような気さえする。
このまま、皆でパーティーをするとか、コーディと二人きりで……とか。
そんな感じなんだと思う。よくわからないけど。
わたしには、ちょっと、無理かもしれない。
婚約と再び聞くことになったドラゴン像のことでわたしの頭はパンクしそう。
「魔王様、私はここで失礼致します」
宰相はその場で転移魔法を使い、姿を消した。
「魔王様、私は引き続き、この王都で、これまでの件の調査を行います。何かございましたら、お気軽にお呼び下さいませ」
ルカがびしっとした感じで、わたしに頭を下げた。
頭を下げられるのは、やっぱり、苦手だ。
「……はい」
とだけしか答えられない。
ルカが部屋を出て行くと、続いて、メルヴァイナとグレンとイネスとイネスに促されたミアまで出て行ってしまった。
わたしとコーディだけ、この部屋に取り残された。
はっきり言って、すごく困る。
いったい、どうすれば?
なにをはなせば?
わたしが頭の中でわたわたしていると、コーディに抱き締められた。
わたしもコーディに抱き着いた。
「メイ、その、申し訳ありません。婚約者とはいえ……」
「いえ、わたしも……それに、密室で異性と二人きりはだめなんでしたよね」
「その通りです」
肯定するのに、コーディはわたしを放さなかった。
もちろん、一晩中、そうしていたわけじゃなくて、その後、ちゃんと、コーディはわたしをフォレストレイ侯爵邸内のわたしの部屋まで送った。




