265話 婚約 二
コーディと会えたのは、外が暗くなってからだった。
今日はメルヴァイナによる体術の訓練とか、ダンスのレッスンでくたくただ。
ダンスはほんの少しはましになったと思う。もちろん、イネスと比べると全然だという自覚はある。
どうして、魔王なのに身体能力が向上しないのかと、つい、文句を言いたくなる。
コーディに疲れ切ったような顔は見せたくない。
コーディの顔を見ると、やっぱり、ニヤニヤしそうになる。
そんな顔ももちろん、見せる気はない。
「被害は出ませんでした。ただ、王太子は魔獣討伐で亡くなったことになりました」
コーディがそう告げる。
コーディに抱き締められるとか、そんなことはなかった。
いや、この場には、メルヴァイナもイネスもミアも、それに、グレンもいる。
そんなことをされても困ってしまう。
それに、王都の危機だったのだ。
魔王国が動かなければ、多くの人達が亡くなっていたかもしれない状況だった。
まあ、魔王国がなければ、そもそも、こんな事態は起きてないという話だけど。
「ロイが次期国王だと聞きました……」
「その通りです。押し付ける形になってしまい、弟には申し訳なく思います」
コーディはそう答えるが、本当にそう思っているかは、微妙だ。
「それは仕方ないと思います。わたしのせいでもありますし」
「その話はいいでしょう? レックス王子なら、立派な国王になりますよ。魔王国も全力で支えるはずです」
メルヴァイナが話に割って入ってくる。
「それよりも、まだ正式な婚約もされていませんでしょう? 実は、この後、宰相さまがこちらに来ます。婚約されるなら、早い方がいいとのことで」
「今日ですか?」
いきなり、今日と言われても、何の準備もしていない。何の準備があるかはわからないけど。
「はい、今日です。宰相さまが魔王国を出られるなんて、メイさまの為以外にはありません。それとも、やはり、相手があの子ではお嫌ですか?」
「そうではありません」
「それなら、いいではありませんか」
「そうなんですけど。そう、それに、コーディは? コーディは今日でもいいんですか?」
「僕はいつでも構いません」
わたしは何だか、変な気分だ。わたしがこ、こんやくとか……
さすがにトイレに行きたいということはない。けど、何とも言えない感じがする。
その時、部屋のドアがノックされる。
部屋に入ってきたのは、宰相ではなく、フォレストレイ侯爵だった。コーディのお父さんだ。
フォレストレイ侯爵には何も言っていなかった。
もしかすると、コーディから聞いていたのかもしれない。
わたしの顔は多少、強張っていると思う。
正直言って、ちょっと怖いし、苦手だ。きついことしか言われなさそうだ。
しかも、わたしはコーディを魔王国に連れて行こうとしているのだ。
それに、わたしは魔王だ。そのこともフォレストレイ侯爵は知っている。
フォレストレイ侯爵から見て、わたしのいい印象が全くない。
「魔王国へ引き渡す為、それまでの期間、私の息子共々、この屋敷で預かることとなった。これまでと変わらないが」
フォレストレイ侯爵は淡々と述べる。
やっぱり、怖い。わたしのことをどう思っているのか、全くわからない。
はっきり言って、何も話したくない。
でも、コーディのお父さんだし。
わたしの中での葛藤がすごい。
「わかりました。それと、僕はメイと婚約します」
コーディがわたしの前に立ち、フォレストレイ侯爵に言う。
「そうか。魔王国へ引き渡すまで、ここで大人しくしているといい」
たったそれだけ言うと、フォレストレイ侯爵は去って行こうとする。
「あの」
わたしは咄嗟に、去ろうとするフォレストレイ侯爵に声を掛ける。
特に言うことを考えていたわけではない。
でも、何か言わないといけない気がして。
フォレストレイ侯爵は立ち止まり、振り返る。
無視されることはなかった。
ちょっと、無視してくれてもよかったと思わなくはない。
「あ、あの……」
何を言えばいいのか、わからない。
なぜ、呼び止めたの、わたし。
でも、結婚するなら、ちゃんと挨拶をしないといけないと思う。
「あの、息子さんを下さい」
すでに言っておいてなんだけど、ちょっと違う気がした。
焦り過ぎて、何を言ってるのか、自分でもわからない。
考えなしと焦り過ぎは最悪だった。
「息子がいいと言うならば、好きにするといい」
フォレストレイ侯爵はそう言うと、今度こそ、去って行った。
怒られなくてよかった……
一応、挨拶?はしたと思う。微妙だけど。
入れ替わるように、部屋に来たのは、ルカと、そして、宰相だった。




