263話 迫る魔獣 六
あの爆発に巻き込まれれば、通常、吹き飛んでいるだろう。
ルカ・メレディスの行動は、王太子に活躍させて、次期国王の立場を盤石にするという意図だと踏んでいる。
そもそも、直系の王族は僕を含めて3人だけになっている。
公にはされていないが、魔王国に引き渡される僕は王位に就けない。レックスは緑の瞳ではない。
必然的に、王太子が王位に就くこととなる。
今更、王太子の目立った活躍がなかったところで、王位は揺るがないようには思える。
ただ、王太子を王にとの機運が高まり、王位に就く時期は早まるかもしれない。
視界は中々、晴れない。
何かが動く気配はない。
王太子が颯爽と現れるかと思っていたが、その気配もない。
それに、あのドラゴン像が想定外の事なら、今の事態も想定外の事なのかもしれない。
今でも、やはりルカ・メレディスの表情に変化はない。
「捜しに行きますか?」
僕はルカ・メレディスに声を掛けてみた。
「仕方ありません」
ルカ・メレディスはそう言うと、魔法を放った。
風魔法なのか、吹き飛ばすように、視界を晴らしていく。
動いているものはなかった。
地面は窪んで、ばらばらになった魔獣の死骸があるだけだ。
王太子の姿がどこにも見えない。
常識で考えれば、この光景を見て、王太子が生きているとは思われない。
「あの場に魔獣と王太子殿下の反応はありません」
ルカ・メレディスはあっさりとそう言う。
所詮、あの王太子は本物ではない。
ただ、騎士達はその事を知らない。もしかすると、兄は気付いているかもしれないが。
王太子を死んだことにするつもりなのか?
さすがにこの場でルカ・メレディスを問い詰める事はできない。
暫くした後、騎士達により王太子の捜索が始まった。
王太子が持っていた剣のみが見つかった。
王太子は見つからなかった。
王都は護られたものの、重苦しい雰囲気に包まれていた。
王太子を死なせてしまったから当然だろう。
団長や副団長は責任を取らされるかもしれない。
王太子が死ぬことは魔王国によって決められていたのかもしれない。
ルカ・メレディスは確かに王太子のことは死なせないとは言っていなかった。
ルカ・メレディスと魔王国にとっては、想定外の事が起ころうと、望んだ結末となったのだろう。
僕は、今はこの国の王子の立場で参加したが、既に魔王国の一員だ。
王子として、騎士団からの報告を聞く。
新たな魔獣が現れる気配もない。
ここにこれ以上、いる必要もないだろう。
それよりも、王都内に異常がないか気になる。
いなくなった王太子の代わりに、僕が帰還を指示する。
王都内に入り、大通りを行く。通常より、人通りは少ない。
それでも、王都内は平穏だった。
避難指示も出ていないからだろう。
避難指示を出したところで、到底、間に合わなかっただろうから、余計な混乱を招くだけだったはずだ。
特に騒ぎが起こっている様子もない。
第二騎士団の担当した場所では魔獣は現れなかったとのことだ。
今回の唯一の犠牲が王太子だった。
王太子の死は伏せられるという事はなく、間もなく公表された。
王太子の死だけでなく、王都を護った英雄として称える内容だった。
騎士団へのお咎めはなかった。
どういう経緯かはわからない。
国王はやはり姿を現さなかった。
これでは本当に生きているのかも怪しい。
王太子の死を伝えられた城内は忙しなく、喪に服する準備がされた。
更に、レックスの立太子のこともある。
その日、屋敷に戻れたのは、夜になってからだった。




