262話 迫る魔獣 五
ルカ・メレディスがあのドラゴン像を王太子に渡していたのか?
全く同じ物であるかは僕にはわからない。
ルカ・メレディスを見てみるが、その表情からは読み取れない。
「あれは私が用意した物ではありません」
僕が考えている事をわかってか、ルカ・メレディスはそう言った。
それはルカ・メレディスにとっても想定外という事なのか?
メイも警戒していた。
王太子を止めるべきだ。
どこで手に入れたのか、王太子に確認しなくてはならない。
王太子を止めようとする僕はルカ・メレディスに引き留められた。
その直後、ドラゴン像からは黒い靄が溢れ出て、王太子を包み込んでいく。
黒い靄は初級の闇魔法だ。
王太子自身の魔法なのか、ドラゴン像から発生したのか。
王太子を包み込んだ黒い靄は魔獣の2倍程の大きさのドラゴンの姿を形作る。
「フィニアス殿下、騎士団に退避の命令を」
ルカ・メレディスが僕に言う。
ドラゴンとの距離が近過ぎる。こちらにも被害が及ぶ可能性がある。
「全員、退避だ! 急げ!」
僕は現れたドラゴンと騎士達の間に入り、退避を促す。
僕は王族だと認識されている。だから、僕が命令する方がいい。
兄である第一騎士団団長も意を汲んで団員に退避を促している。
第三騎士団も退避する。
ドラゴンとはある程度の距離ができた。
完全な形となったドラゴンは魔獣を威嚇するかのように翼を広げる。
王太子の姿は見えず、王太子はドラゴンと一体となったように見えた。
闇魔法で作成した鎧を纏うようなものかもしれない。
あくまで魔法の為か、咆哮なども聞こえない。
魔獣の向かって来る音だけが響いている。
ドラゴンが羽ばたき、静かに空に舞い上がる。
王太子がどうなっているかは不明だ。
そもそもあの王太子が何者なのかもわからないのだ。
あれが本物の王太子でないことぐらいは最初からわかっている。
特に影響はないと思われるので、黙っているだけだ。
今、この場にいる人間の視線の先はドラゴンだ。
ドラゴンは前方にいる魔獣に向かって魔法を放った。
息吹のような闇魔法が魔獣に浴びせられる。
それを浴びた魔獣は消し炭のようになり、倒れた。
僕達に被害はない。
とりあえず、騎士達に被害が出なければそれでいい。
ドラゴンは空から幾度となく魔獣に息吹を浴びせる。
魔獣は十程に減っていた。
ドラゴンが地上に降り立った。
残っている魔獣は既に倒れた魔獣とは少し姿が異なる。
その残りの魔獣全てが突然、魔法を放ってきた。
狙いはドラゴンだけではなく、僕達へも向かう。
僕は風魔法に偽装して闇魔法の壁を作る。
魔獣の魔法はそれで防ぐことができた。ルカ・メレディスの支援もあったかもしれないが。
ただ、ドラゴンは防御することなく、魔法が直撃した。
ドラゴンの損傷の具合はわからないが、倒れてはいない。
ドラゴンは怒り狂ったかのように、残りの魔獣に息吹を吹きかける。
すぐさま、翼を広げ、魔獣に突っ込むかのように、水平に飛ぶ。
立っている魔獣は三匹だけになっていた。
ドラゴンはそこへ本当に突っ込んだ。
ドラゴンの体が爆ぜるかのように爆発が起こった。
衝撃波が僕達の元にも届く。
爆発が収まっても、巻き上げられた土砂で視界が悪い。
王太子がどうなったかわからない。




